ルーと呼ばれる男。
リトカサル王国シバス公爵家ーーーリトル5世の弟君が自ら王位継承権を放棄した際与えられた爵位ーーー歴史を辿ればその功績には目を見張るものがありーーーそして目の前にいらっしゃる赤子様は……その素晴らしすぎる血の集大成……。
はっ!
いかん、正気を保つ為に歴史をさらってみたが余計に混乱するところだった。
眼下でアルベルト様の弟君セバスチャン様が、こちらを見て笑っている。そう、天井裏に潜み、気配も全て消したオレを、間違いなく視て、笑っているのだ。
まだ首も座らない赤子だから、視野の外に出れば視線は外れるが………。
オレは意を決して部屋へと降り立った。
アルベルト様付きとして5年、アルベルト様念願の弟君がお生まれになり、お顔を拝見しようと来たのだ。目的を前にして逃亡は許されない!
ベッドの上にいるセバスチャン様に見えるよう、失礼ながら上からご挨拶する。……まぁ、初のコンタクトも上からで、セバスチャン様も笑っておられたのだから大丈夫だろう。
「お初にお目にかかります、セバスチャン様。私はアルベルト様の従者をしておりますルース・サズ・パルクルトと申します。以後、お見知りおきを。」
自分でもよく解らなかったが、赤子に通じるわけがないと思いながらも真面目に挨拶する。するとセバスチャン様は笑われたのだ。
目をしっかり私に合わせて。
あぁ、この方は……。
アルベルト様は、悲しまれるだろう。アルベルト様が思い描いていらっしゃるのは、普通の赤子、普通の弟君なのだ。
オレは複雑な気持ちのまま、懐から仕事道具の魔具を取り出す。
そしてそれをセバスチャン様にそっと握らせた。
「セバスチャン様、今お渡ししましたのは魔法具の鈴。
心で鳴れと命じると音が出る品でございます。ご理解頂けたなら一度だけ鳴らして下さいますか?」
ーーーチリンッ。
綺麗な音が、部屋の中に響いた。