ヒュー、ただいまお仕事中につき。
太陽が沈み始める。
街灯がポツポツと点きはじめ、人々の喧騒が昼間のそれとは変化していく。
薄暗い街の中を物音一つ立てずに走る人影が陰から陰に移動している。
気づく者はいない。
ヒュースガルディーのもっとも得意なこと。
それは気配を消すこと。
自分を殺すこと。
昼食後に充分身支度を整えたヒュースガルディーは仕事を始めた。
長い金髪も碧眼の瞳も目立たない黒装束を身に纏っている。
(主セバスが見たら全身黒タイツ!と大笑いしたかもしれない。)
暗闇に溶け込み、王城近くまで一気に走る影に、誰も気が付かない。
気が付けない。
ヒュースガルディーは息も切らさず走り続け、城門を跳び越える。
常人には無理な高さを軽々と跳び越え、城内に侵入する。
城内でも陰から陰へ。
すれ違う城の人々もヒュースガルディーには全く気が付かない。
気づかれないままヒュースガルディーは執務室までたどり着く。
廊下にかすかに漏れ出る光で中にまだ人がいることが確認できた。
静寂の中に突如、響き渡る声が一つ。
「父上っ!!何故私を王太子に任命下さらないのですかっ?!」
(あ~、これがバカ兄貴か・・・メンドクサイとこに来ちゃったな~。)
ヒュースガルディーがため息一つついたところで後ろからもう一つのため息が・・・。
「あぅ~。」
(メンドクサイ兄貴だな、ホントに。ヒュー、どうする?)
凍りついたのは一瞬。
ヒュースガルディーは後ろも見ずに手を伸ばし、ソレの首根っこを掴む。
「な・ん・で・セバス様がこ・こ・に・いるのかな~、あれ~他人の空似かな~、ヤッチャオウカナ~。
」
ヒュースガルディーの声は氷よりも冷たかった。
いるはずのない主がまさに敵陣の真っただ中にいると思いたく無かった。
しかしそんなことよりも仕事中に背後を取られたことにショックを受けていた。
(あ~、みんな寝ちゃってさ、暇だから様子を見に来た。ヒューのこと心配だったし。)
セバスは気づかなかった。
ヒュースガルディーがいつもと違う雰囲気を纏っていることに。
だからやってしまった。予想通りに・・・。
(ってかヒュー、何その恰好!!全身黒タイツってないわ~www)
室温がさらに下がった。