俺の知らないところで。
シバス公爵家の薄暗いある一室で、二人の男がテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。
カーテンも窓も閉めておらず、薄曇りの空が見える。
ぼんやりとした月明かりに照らし出される二人の姿は、まるで正反対であった。
一人は、漆黒の髪と目を持つ、やや厳しい顔つきの青年。
もう一人は、輝く金髪を緩く束ねた碧眼の人好きのする顔の少年だ。
黒髪の男は公爵家嫡男アルベルト付きルース・サズ・パルクルト。
金髪の男は公爵家次男セバスチャン付きヒュースガルディー・サズ・パルクルト。
二人に血の繋がりはないが、同族としての姓を名乗っていた。
深い息を吐き、ルースが口を開く。
「もう半年か……。早いものだな、ヒュー。今日はどうだった?」
同じく深い溜め息をついて、ヒュースガルディーが答えた。
「…どうもこうもないよ。あの方はいつも通りさ。……今日はせっかく僕が招き入れた隣国の奴を弄って追い出した。泳がせてから黒幕を探ろうと思ってたのにね…。最近やけに隣国の御偉方がイロイロしてくるからね。毒だのスパイだの。…まぁ、あの方のおかげで黒幕自体も掴めたけどさ。本当に無茶苦茶だよ。何であんなことが出来るんだか……。」
うつむいてブツブツと愚痴り始めたヒュースガルディーを見つめ、ふっと笑うと、ルースは厳しい顔を一瞬だけ緩めた。
いつもヘラヘラして何事にも頓着しないこの男が愚痴るなど、半年前まで誰が予想できたであろう。
「あの方についていくのは並大抵の覚悟では出来ない、とお前が自分で言ったんだぞ、ヒュー。
……半年で諦めるのか?
大体お前があの方に忠誠を誓うと言ったとき、オレは自分の耳を疑ったがな。自分にも他人にも興味を持たず、公爵様や頭領にさえ忠誠を誓わないお前が、生後半年の赤子に忠誠を誓うなど。
…オレは……ただの付人として、お前をあの方の前に連れていったんだ。無理に忠誠を誓わせたかったわけじゃない……。」
最後の声音に苦い響きを聞き取り、ヒュースガルディーが顔を上げる。そしてルースを見て軽く首を横に振り、少しだけ困った様に微笑んだ。
いつも浮かべているヘラヘラとした笑い方ではなく、ごく自然な笑みだった。
「違うんだよルー。僕はあの時、知りたかっただけなんだ。
僕の知らない世界の、知らない知識を。
あの膨大な魔力の意味と、未知の魔法を。
そして、成長したあの方がどう生きて行くのかを。
ただ知りたいと思った。
そう思ったら、自然と言葉が出てきたんだ。
無理矢理なんかじゃない。
……ただ、オムツオムツと躍起になって騒いでいたあの方に対して、僕が本当に忠誠を誓っているのかは僕自身にも未だに解らない。
忠誠心とか、そんなこと、考えたこともなかったからね。」
ふふふとヒュースガルディーが笑うとルースもつられて笑った。
薄暗かった部屋が少しだけ明るくなった。
月が顔を出したらしい。
ルースは自分の主がセバスチャンだったらと想像しようとして途中でやめた。そんなことに意味がないからだ。
「まぁ、お前の気持ちは少しだけ解る。オレもあの方には興味があるからな。……この半年、我が主の教育も本格的に入った。近隣諸国の動きも大分騒がしいと思っていたところであの方の働き。幸か不幸か。今はいいように動いている。」
そう言ってルースはおもむろにテーブルの上のナイフを掴み、そのまま流れるように窓に投射した。
そこには、ナイフを胸に倒れかける男がいた。
ヒュースガルディーが呟く。
「…ご同業かな。あんまり腕は良くないようだけど。
ルー。僕はセバス様のところに戻るよ。
……全く心配の必要もないけど、結界のまま持ち去られると後で面倒が増えるからね。」
ルースは事切れた男を調べながら答える。
「あぁ、了解した。アルベルト様には2、3人ついてるから大丈夫だろうし、セバス様は……お前のいう通り、連れていった方が大変だな。しかしオレ達を盗聴しようなど……。狙いはアルベルト様かセバス様か。ま、十中八九セバス様か。」
「ルー。詳しく調べておいて。」
ヒュースガルディーの冷たい声が静かに響いた。