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第六話  炎天下の娯楽 前篇


一話で完結、出来なかった……。

 


 ザッカルディアに娯楽品は少ない。

 魔法という日本には無かった超常現象が浸透したこの世界では、それを利用した劇や曲芸などが大衆娯楽として知られている。だが、そういった物は祭り事や記念日と言った特別な時にしかやって来ず、一般娯楽とは言えない。

 子供たちが日常的に遊ぶ一般娯楽に分類されるものは、かつての日本で流行ったかるた風のカードゲームや鬼事などの、一人では出来ない身体を張った遊びばかりだ。

 フランチェスカ自身はそう言った遊びは得意では無い。前世むかしからでは無いが、どちらかというと部屋に籠って本でも読んでいたいというインドア派なフランチェスカ。

 だが、たまには――身体を動かしたいときだってあるのだ。



     ♢♦



 季節は夏。薄手の長袖から半袖へと服装が変わってから既に一月。つい数日前までは湿気多き陽気だったが、現在では空に昇る太陽に焼き殺されんばかりの陽射しが照り付けていた。

 フランチェスカは、ゼレンカ第一が存在する第七区画に同じく居を構える第三精霊工学研究所に居た。

 精霊工学研究所はそれぞれ第一から第三まで存在しており、各研究所で研究するモノは違う。

 軍施設など、国家の機密に近い場所に居を構える第一研究所では軍備施設を。様々な人が出入りする第三区画にある第二研究所は精霊たちに関する研究を。そして第三研究所は、人々の生活に役立つ物を研究している。

 だが人々の生活に役立つ物といっても、日常的に使用する生活用品からあっても無くても構わない娯楽品まで、その数は多種多様だ。故に、規模は第三研究所が一番広く、部署が七つに分けられているらしい。(らしいというのは、それをフランチェスカが人伝で聞いたからだ。)

 フランチェスカがアドバイザーとして籍を置いている第七部署――通称『マドギワ』。由来は神話時代に存在していた言葉で、役立たずや降格など左遷された人たちが集まる所だと言われている。

 暑さ厳しい中『マドギワ』に属している研究者とフランチェスカは、研究所の中庭に居た。


「それでは――第三回! チキチキ、ウォーターガン大会ぃ――――!!」

「いぇーい!!」


 マドギワの研究員アルバロ・フォートレンの開会宣言に、クラウスとフランチェスカを除いた全員が右腕を空へと突き上げた。

 普段は研究室に籠りがちで、尚且つ窓際であるため嫌味を言われることが多い彼らだ。今日はそういった重圧から解放されているため、テンションが異常に高い。フランチェスカは、そんな彼らを一歩引いたところから眺めていると、右後ろから自分を呼ぶ小さな声が聞こえて来た。


「あ、クラウスさん」

「ど、どうも……」


 フランチェスカにとって、第三研究所の所長であり神話言語翻訳のアルバイトを振ってくれたクラウスは、忘れじ亭のビオーニ夫婦。ゼレンカ第一の司書ダニエルと並んで恩人と声高々に呼べる人だ。

 彼が居なければ、フランチェスカはこの世界に日本があったという事を知らずに、新たな生を溝に捨てている所だった。また忘れじ亭のメニューに関しても、日本を思い出すような品物を作ることは無かっただろう。

 自分と話すときに目を合わせてくれなかったり、必要以上の事柄を話してくれないドライな関係であっても、フランチェスカはクラウスの事が好きだった。


「今日はこのような会に呼んで頂いて、ありがとうございます」

「え!? あ、ああ、いえ、フランチェスカ、さんが居たから、彼らも、此処までやって来れた、と言っていましたから、お呼びするのは、その……彼らのモチベーションを高めるためにも必要でして……」

「それでも、ですよ」


 そう言って、アルバロを始めとする研究員たちが持っている物へと目を向けた。

 蛍光色の透明な拳銃。一見すると第三研究所に有るのがおかしいと思われる物だが、あれはそういった物では無い。日本では夏によく使われるものであり、使った事は無くても一度は目にしたこのある代物――水鉄砲だ。

 神話時代にかつて存在した拳銃型の玩具を発見した研究員ヨナ・エルスが考案し、マドギワ職員一丸となって作り上げられた代物だ。

 これの開発には神話言語に詳しい(とされている)フランチェスカも参加し、おぼろげな記憶の中で水鉄砲の形状を伝えたりなどしていた。決して楽な道のりでは無かったし、伝わらない苛立ちで口論にまで発展した。

 そうして苦楽を乗り越えて来た成果が此処にある。


「本当に……ありがとうございます」


 今の自分に出来る最高の笑顔を、クラウスに向ける。自分の笑顔を向けられても何にも嬉しくは無いだろうが、それでも最大限の感謝と嬉しさを伝えたかった。


「……ッ!」


 フイッと、顔を背けられてしまう。その行為はクラウスの会話終了の合図であり、何時もなら一末の寂しさをフランチェスカに残していく。だが、今のフランチェスカには残念な気持ちはあれど、寂しいなどの感情は一切湧き上がって来なかった。



♢♦



 そんなフランチェスカとクラウスを見つめる幾つかの影と、小さな声。


「ちょ、所長! なんでそこで顔背けちゃうんですか! そこは『こちらこそ』とか言って、会話を続けるもんでしょう!」

「しかも妙に隙間空いてるし! もちょっと近づいたってフランさん怒らないから!」

「ああ、ほら! フランさん苦笑で誤魔化してるし!」


 時折視線を二人の方へと投げかけたり、大海のルール説明で誤魔化しながらクラウスについてダメ出しの声を上げているのはアルバロを始めとした此処に居る全研究員たちだった。

 その中で、フランチェスカと最も仲が良い事が自慢の研究員マリアナ・リンクとメーテル・モルジェントは、小さな声でより過激化ことを言い始めた。


「あーもう、もどかしいわね! 今すぐ所長の背後に回ってフランさんの方へとその背中、蹴飛ばしてやろうかしら!」

「流石にそれはダメでしょ。というか、なんで毎回目合わせないんですか! 忘れじ亭の時とかはちゃんと目向けるのに、どうして此処となるとそんなに他人行儀なんですか! もう四年近く顔合わせてるじゃないですか! ……やっぱりマリアナの言う通り、蹴っ飛ばした方が良いのでしょうか……」

「それダメだって言ったの、アンタっしょ」


 あまり大きな声で話をするとフランチェスカに聞こえてしまうし、何よりこういった事に関して物凄く感が働くクラウスに怒られる。それだけは、何としても避けたい。


「ホント、じれったいわぁー」

「かれこれ何年目でしたっけ? 所長の片思い歴」

「確か……四年目?」

「一途だわぁー」


 そう言って、全員でチラリとフランチェスカたちを見やる。そこには仲睦まじくとまではいかないが、普段は滅多に見せない柔らかい笑みを浮かべながらフランチェスカとぎこちなく会話を続けているクラウスの姿がある。


「うちらとしては、プロヴェンツァーレの次男坊よりは、所長とくっついてくれた方がありがたいって言うか、何というか……」


 マリアナの言葉に、メーテルを始めとした全員が頷いた。理由としては、今のクラウスの方が好きだからという単純明快なものしか答える事が出来ない。


 そも、彼らがフランチェスカの特技である神話言語の翻訳について知ったのは、クラウスの恩師とも呼べる存在であり、ゼレンカ第一図書室司書のダニエルから教えてもらったのだ。

 当時(といってもまだ六年前)、まだフランチェスカの生活自体が安定していなかった時期の話だ。

 日常生活品や衣服・家賃など様々な物を賄う金を、フランチェスカは持ち合わせていなかった。忘れじ亭のウェイトレスとして雇われはしたが、まだ幼いと言っても過言では無かったため、客とのトラブルが多い夜の部にだけは出させてもらえなかった。

 かといって、忘れじ亭だけの給料で子供が学校に通いながら食べていけるかと問われると、頷くことは出来ない。フランチェスカがそういった苦汁を舐めている事を知っていたダニエルは、彼女が神話言語に長けている事を知り、クラウスに掛け合い翻訳のバイトを進めたという経緯だ。

 無論、いくら恩師の頼みであっても受けれるものと、そうで無いものがある事はダニエルも理解していた。だが、その時はフランチェスカレベルで神話言語を取り扱う専門家がおらず、見極めも兼ねて比較的簡単とされているものを課題とした。

 簡単といっても、一か月は掛かる代物だ。子供という事を考慮してフランチェスカに与えられた期間は二か月。クラウスもそして子供が神話言語の翻訳を行うという噂を掴んだマリアナ達も、こんな短期間では無理だろうと高を括っていた。

 だが――。

 結果として、フランチェスカは二週間も経たないうちに神話言語の翻訳を完璧にして見せた。今まで頼んでいた翻訳者たちの中でもその完成度と正確さはトップレベルであり、何故商家貴族の次女が此処までの言語力を有しているのかと、一時期は騒然となった。


「あの時はホント、びっくりしたよねぇ」

「重要なものでは無かったと言えど、個人の日記……しかも、甘ったるい砂糖だらけの文章だったとはな……」

「で、でも! あの後フランさんが本格的に翻訳の仕事を始めて、そこから私たちの方に来たじゃないですか!」


 そう、マリアナやアルバロを始めとする『マドギワ』の職員たちが感謝しているのは、そこでは無い。

 

「フランさんが来てからですよね? あんな風に、所長が笑うようになったのって」


 『マドギワ』の中で、最も若い研究者のヨナ・エルスが誰に問う訳でも無くそう呟くと、その声が聞こえていた全員が小さくうなずいた。


 フランチェスカが翻訳の仕事を始めたからと言って、クラウスの態度や研究者たちの待遇が変わる訳でも無い。寧ろ、翻訳が進んだことにより、より沢山の実験が行えるようになった。それは研究者としては大変喜ばしいことではあったが、『マドギワ』に関してはそうでは無い。

 降りる研究費も依然と変わらず、他の部署の研究員たちが死に物狂いでしかし楽しそうに研究を続けているのを黙って見ているしかなかった。

 そんな自分たちに掬いの手とも呼べる助言をしてくれたのが、フランチェスカだった。彼女の些細な一言で生まれた娯楽品である「トランプカード」はたちまち世間の話題を呼び、今では国外輸出もされるくらいの物へと発展した。

 そして――最下層と陰で噂が立つほどの部署『マドギワ』に、光が差した。


 後はもう、流れ落ちる滝の如く怒涛の勢いでフランチェスカを精霊工学アドバイザーとして雇い、彼女に無理の掛からない範囲でアドバイスを求めていった。無論、彼女の類い稀なるアイディアは他の部署へと直ぐに噂が掛かり、今では全部署のアドバイザーへと昇格してしまった。

 だが、忙しくなってしまった今でもフランチェスカは自分たちの方へとやって来てくれるし、アドバイスも回数は減ってしまったが、その発想にまだ底は見えない。

 そして何より、いつも眉間に皺を寄せていたクラウスの顔から険しさが消えリラックスして誰かと会話をしている所は、フランチェスカの側でしか見たことが無い。

 もしも、フランチェスカが誰かと付き合う事になるのなら、出来ればクラウスが良い。そうマリアナ達は思うようになった。


「あーあ、早くくっつかないかなぁ……」

「マリアナさん『急がば回れ』ですよ!」

「なにそれ」

「確か神話言語で、急いで危ない場所へ行くよりも、遠回りでいいから堅実で安全な道を選べ……って意味だったような?」

「えー! まだなのぉ!」

「ほら、よく言うじゃないですか! 周りの人間が御節介焼き過ぎると、上手くいく恋もいかなくなるって!」

「うっ……」


 メーテルとアルバロの言葉に、マリアナは口を閉ざす。


「おい! まだ始めないのか!」

「はーい! 今から始めまーす!」


 クラウスの急かしにアルバロが声を上げ、マリアナもメーテルと一緒にフランチェスカの方へと駆けて行く。

 大丈夫。まだ、時間はあるのだと言い聞かせながら。







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