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第五話  予想外の逢瀬

 


 夏祭り。日本でいうなら暑さが厳しくなってきた七月終わりや、八月のお盆などに行われたりする夏行事の一つだ。ザッカルディアでは鬱陶しい暑さを乗り切るための景気付けとして行われることが多い。

 それ故、祭りが開催されるのはサルマリア周期六月下旬か、七月の頭というフランチェスカが思う夏祭りとは少しだけ違う。祭りに出店する露店も、夏祭り特有の焼きそばやたこ焼きなどは一切存在せず、精々が普通の飲食店で出されている料理をパック詰めしたようなものばかりだ。

 かつての日本を感じる事が出来る数少ない催し事ではあるが、フランチェスカにとっては日本の夏祭りを真似した唯の行事としてしか思えなかった。



   ♢♦



 ザッカルディア王国第六区画。通称『栄光への登竜』。

 国の玄関口であり、観光名所の要。この第六区画で成功した人たちは、将来大物になれるというジンクスからこういった名称が名付けられたとされている。区分けが飛び飛びになっているため、フランチェスカの住む第九区画と第一区画に挟まれた場所に位置している。

 メインストリートである『栄光の道(ロード・グローリー)』は国の入り口から、王宮の周りを走る『第一だいいち電子の馬(エレクトロ・ガーディア)』まで直結している六区の花道である。

 空は宵闇。時刻にして午後二十時前後。フランチェスカはカメリアと二人、祭が執り行われる『栄光の道』をちょっと浮き足立って歩いていた。


「いやー、やっぱり夏祭りはこんな風に夜じゃないと」

《その言い方だと、昼間に行われる夏祭りもあったってこと?》

「そうじゃないんだけど……。なんていうかな、風習? 習慣? 刷り込み?」


 話題は祭りに関して。フランチェスカの持ち得る記憶を思い出しながら、二人は賑わいを見せている『栄光の道』を歩いていた。


《あ、アップリアキャンディー! ねえ、フラン。私、あれが食べたいわ!》

「アップリアキャンディーかぁ……いいよ」

《やったぁ!》


 カメリアが指を指す先。三つほど奥にある屋台が売り出していたのは、スティックにアップリア――小さくて赤い果実――の周囲を溶かした水飴でコーティングした棒菓子……要はあんず飴風のデザートだ。

 水と花の精霊であるカメリアにとってアップリアは大好物であり、フランチェスカと共に過ごすことで甘いもの好きへと発展した珍しい少女だ。普段はお姉さんぶろうとする所があり、彼女がこういう風に羽目を外している姿を見るのは随分と久しぶりだとフランチェスカは感じた。

 カメリアの気持ちに釣られるように気分が高揚し、空腹を訴え掛けて来た腹を満たすために、フランチェスカは浮き足立ってアップリアキャンディーが販売している屋台へと足を向ける。

 流れを断ち切るように人の間を潜って行くが、フランチェスカの右肩から決して弱くは無い衝撃が襲ってきた。


「わっ……!」


 注意力散漫。衝撃を殺しきれなかったフランチェスカはバランスを崩し、背中から倒れ込んでしまうというところで――


「……っと、大変申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

「あ……ありがとう、ございます。こちらの不注意で……って、」


 右手首を掴まれ、腰を抱かれる。転ぶ前に抱き留めてくれたようだ。

 礼を言うためにフランチェスカが顔を上げる。そこには――


「フランチェスカさん……?」


 出来れば会いたくなかった人――テオドア・アルチーデ・プロヴェンツァーレがそこに居た。



     ♢♦



 露店立ち並ぶ『栄光の道』から少し離れた路地に設置されているベンチ。そこにフランチェスカとテオドアは並んで腰を下ろしていた。

 気まずい雰囲気が二人の間を流れ、唯一の助け舟であるカメリアは、何故か妙な気を回して出てこない。


(ど、どうしよう……)


 話題を提供しようにも、何を話していいかわからない。それもそのはず、本を手渡されてから、フランチェスカは事有るごとにテオドアを避けるように生活してきたのだ。無論逃げられなかった時も存在するが、彼と真面に話をした場面は数少ない。

 故に、助けの来ないこの状況下でフランチェスカは今まで逃げていたツケを支払わされている。


「あの……」

「ひゃい!?」


 悶々と頭を悩ませていると、テオドアに声を掛けられた。返答の際に変な声が出てしまったのは、愛嬌として取ってはくれないだろうか。

 そう思っていると、目先数センチの所にイケメンが居た。


「って、近い近い!」

「すみません。何度かお声を掛けたのですが、どうも祭りの音に紛れで聞こえなかったようなので……」


 思わず仰け反り、顔を背けて距離を取る。

 前世を含めて恐らく最も異性と近い距離だったと思う。だが、恋愛経験豊富……というか、耐性が一切ないと言っても過言では無いフランチェスカにとっては余りにも辛すぎる距離だった。

 視線だけをテオドアに向けると、親が子供に向けるような優しい苦笑を浮かべていた。

 なんで? という疑問が浮かぶが、テオドアに向けていた視線がかち合った。再び視線をそらそうとするが、それをする前にテオドアの口が開いた。


「フランチェスカさん」

「は、はい!」

「その、あまり固くならずとも……」

「えっと、その……性分なものでして……」


 嘘は言ってない。前世(むかし)から初対面の人と話すときは必ずどもってしまうのが、フランチェスカの癖だ。

 照れを隠すフリをして視線を逸らし、顔を俯かせる。次の瞬間テオドアの口から発せられた言葉に、フランチェスカは今度こそ思考が停止した。


「もしよかったら、これから一緒に祭を見て回りませんか?」



     ♢♦



(一体全体、何がどうしてこうなった……!)


 叫びたくなる項垂れを、表には出さずに心の中でだけに留める。

 『栄光の道』に戻って来たフランチェスカとテオドアの二人は、流れに沿って道を歩いていた。

 途中、テオドアが食べ物の屋台を指さして声を掛けてくるが、フランチェスカは緊張のあまり先程までの空腹感が尻尾を巻いて逃げ出してしまったため、緊張感による満腹感を理由に彼の誘いを断っていた。

 断りを入れる度に申し訳ないという気持ちで胸がいっぱいになる。テオドアは気にしないで下さいと何時もの笑みでフランチェスカの謝罪を受け流してはいるが、彼の目には明らかな落胆が浮かんでいたのだ。

 罪悪感でいっぱいになる心を、この光景を目撃した女子からの報復で打ち消す。折角の善意を自らの保身のために無碍にする最低最悪の行為だが、心の安寧の為と新たなる罪悪感を殺す。

 テオドアの姿を見る事が出来ず、露店の方へと視線を向ける。


「……ぁ」


 ふと、地面に縫い付けられたようにフランチェスカの足が止まる。


「……! フランチェスカさん……?」


 少し先を行っていたテオドアがフランチェスカの隣へと戻って来る。一体どうしたのだと、心配の色を含ませた声で名を呼びかけるが、フランチェスカの視線はある一点に向いていた。

 露店とは決して呼べない風貌。ひっそりと鳴りを潜める様に腰を据えている一人の老人。深く帽子をかぶったその姿は、如何にも怪しい。老人の前に置かれた小さなテーブルの上には、水飴でコーティングされた赤い球体が数個袋詰めされていた。

 テオドアにはあれが何なのか分からない。だが、フランチェスカはふらふらと怪しげな老人のいる方へと足を進めていた。


「ちょ……!」


 テオドアが慌ててフランチェスカの後を追う。


「……いらっしゃい」


 愛嬌の無い商人は結構いるが、それでも客とは目を一瞬合せる。だが、この老人にはそれが無い。怪しげな物でも売っているのかとテオドアが警戒していると、フランチェスカが小さな声を漏らした。


「あの……これ、って……リンゴ飴ですか……?」

「リンゴアメ?」


 不思議な響きを持つ単語。老人はフランチェスカの言葉を聞くと、心底驚いたという風に話し出した。


「おや、その名を知っているのかね? ……これは驚いた。こっちでその名を聞いたのは初めてだ」

「こっち?」

「私はここより遥か西にある国からやって来た人間でね。この食べ物は、その国でリンゴ飴と呼ばれているものだ。こちらでは、アップリアキャンディー……だったかな?」

「これが、アップリアキャンディーですか?」

「使用している果実は違うが、物としてはあれと同じだよ。……さて、どうするかね?」


 問いかけに一瞬疑問符が浮かぶが、直ぐにこれを購入するかどうかと聞かれたのだと理解した。

 テオドアは思考する。老人の言う事が本当なのならば、アップリアキャンディーのように甘い菓子である事に違いない。だが、未知への物に対する若干の恐怖心が購入という選択肢を拒否する。

 フランチェスカはどうだろう、と視線を向ける。


「おじいさん。リンゴアメ、二つください」

「……へ?」

「二つだね」


 老人が土台から三本、リンゴ飴を引き抜く。


「はい、全部で六百ディアだよ」

「ありがとうございます」


 一ディアは日本円に換算して一円。――六百円だ。

 片方の指で棒を挟むようにして飴を持ち、もう片方の手はフランチェスカの右手を掴む。


「うぇ!?」

「それでは」

「今後とも、ご贔屓に」



     ♢♦



 入口にほど近く『栄光の道』からは離れた人気のない広場に二人は居た。


「どうぞ」

「ありがとうございます……」


 礼を述べながらリンゴ飴を受け取ると、フランチェスカの隣に腰を下ろして来た。

 受け取ったはいいが食べていいのか迷いながらテオドアに視線を向けると、笑顔を浮かべながらフランチェスカを見て来たので思いっきり顔を反らしてリンゴ飴にかぶりつく。味はフランチェスカがかつて××××であった時に食べたことがあるリンゴ飴そのもの。今となっては思い出す事すらままならない××××の故郷の品。――酷く、懐かしかった。

 故郷への懐かしさが胸を巣食う。湧き上がる郷愁を殺すために、かじり取った欠片を咀嚼する。


「あ、美味しい」


 水飴の甘味が少し強いが、味はかつて食べたリンゴ飴そのもの。懐かしさに自然と口角が上がる。


「……!」


 隣で息を呑む音がするが、フランチェスカはそれに気が付かない。


(そういえば……)

「あの! 私、お金払ってないんですけど!」

「ご馳走させてください」

「いや、そういう訳には……!」


 テオドアにとっては愛らしい謙虚。フランチェスカにとっては当然の主張。

 代金を支払うために腰のポーチから財布を取り出そうとするが、テオドアの柔らかい手で制された。何時かの日に捕まれたような抗えない強さは存在しない。だが、フランチェスカはその手に抗う事が出来なかった。

 そろり、と頭上にあるテオドアの顔を見やる。


「あなたの笑顔こそ、この飴に対する私への代金です。――どうか、そのままで」


 今日一番の笑顔。真正面からそれを受けたフランチェスカは、自分の全てが沸騰したように熱くなった。錆び付いたように身体は動かず、視線すら逸らすことが出来ない。恥ずかしさのあまり、殺したはずの涙が再び目尻に溜まり始める。


 ――――パーン!


「あ、花火……」


 祭りの終わりを告げる打ち上げ花火は、赤・青・緑の三色のみ。形も前世のように多種多様では無い。

 もう何度も見ている筈のそれ。だが、フランチェスカは今日の花火が一番綺麗だと思った。


(また、一緒に見たいな……)


 無意識にそう思った。






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