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間 章   結ばれる縁

 


 フランチェスカが去った菩提樹の周りには、異様とも取れる物々しい雰囲気が漂っていた。

 だが、そんな雰囲気をかっ飛ばすような陽気な声がその場に響く。


「いやー、見事な逃走だったな! アハハハハ!」

「……エリオット」


 堪え切れない笑いと共に、エリオットはテオドアの肩をバシバシと叩く。乾いた音がその場に鳴り響き、結構な力で肩を叩いている事を知らしめるが、テオドアはそれを介さず腹の底から湧き上がる私怨を抑え付けるような声を絞り出した。

 不機嫌を隠す事無く射殺さん勢いでエリオットを睨みつけるが、彼は痛くも痒くもないといった表情でテオドアの肩に腕を回す。


「まあ、そう気を落とすな! まだ完全にフラれた訳では無いんだろ?」

「確かにそうだが、それでも……」


 回された腕を振り払おうとエリオットの手首を掴む。が、テオドアは一瞬だけ身を固くしエリオットの手首を離した。

 振りほどきを受けた手は痛みを持つ事すらなかったが、フランチェスカが行った逃げの行為はテオドアに小さな痛みを残していた。


「……」


 ――振り払われてしまった。

 決して強い力では無かったが、こちらから振り払いを受けたのだ。それは明確な拒絶であり、こちらの想いを受け入れてもらえなかったという証だ。

 今更襲い来る事実に胸が押しつぶされそうになる。耳障りな歯軋りが骨格を通じて脳に届き、全身に苦い感覚が通っていく。だが、それを払拭するような明るい声がテオドアの耳に届いた。


「おいおい。御免なさいとも、無理ですとも言われた訳じゃないんだろ? なら、ちょっと間を置きたかっただけじゃないのか? ほら、神話時代からよくあっただろ? 『あなたの事、まだよく知らないから少し考えさせてください!』とか『お友達から始めましょう!』とかさ」

「お友達……」


 考え込む。

 正直に言ってしまうと、お友達宣言をされるのは少し辛い。

 元々は、何の関わりも無かった彼女と少しでも関係を持ちたいがための宣言兼そうなりたいという意思表示でもあった告白。それを無かったことにされてしまうのは、勇気を振り絞った身としてはその全てを水の泡にされてしまうようなものだからだ。


「俺は……嫌われていないだろうか」


 振り払われた手が、エリオットの言っている事を否定しているように思えて仕方がない。

 何時もなら絶対の確信が持てるはずの事柄なのに、心から想う人が関わるとなると己の判断に自信が付かなくなるのかと小さな苦笑をテオドアは吐いた。

 『恋が人を変えていく』という神話時代の歌劇の謳い文句がこの時代でも当たるのかとある種の関心すら抱いてしまうほどだ。


「大丈夫だって! フランチェスカ嬢もきっと混乱していただけさ。それに借りにフラれたとして、一度フラれて諦められるほど、お前の想いは軽いのか?」

「そんな訳……無いだろう」


 それは、身体の心肝を揺らされる言葉であった。

 脳を揺らされたような激しい眩暈に似たそれと、全身の血が滾る二律背反の感覚が同時に襲ってくる。平衡感覚を奪われたようなふ意識の中、エリオットに返せたのは掠れた声だけだった。

 そっと目を閉じて思い出すのは、初めて会ったあの時から今日までの身悶えし続けた苦節の日々。

 訳の分からない苛立ちを彼女のせいだと勘違いして、一時期は嫌いだと位置付けしてまで己の心中から追い出そうとした。

 ――それを恋だと理解したのは、一体いつ頃だっただろうか。

 気が狂いそうになったその感情に色を付けてから、己の毎日は変わったとテオドアは思う。

 目線は常に彼女を探し、特に用もないのに一般科の教室に足を運んでみたり。仲の良い友人たちと話をしている中でフランチェスカを見つけた時は大惨事だ。会話の内容が一切残らないくらいには彼女を見続け、そのせいで必要上のからかわれを受けるなど前の己では考えられなかったことだ。

 テオドアにとってそれは嬉しい変化であると同時に、今まで煩わしいとしか思えなかった自らや友に群がってくる少女たちの気持ちが少しは理解できた。

 ならさ、というエリオットの声で遠くへと飛んでいた思考が引き戻される。

 己の目線より少し上にあるその顔を見やる。こちらに視線を向け無いエリオットが見ているのは、学校の中でもあまり使われない物を仕舞い込んであるらしい物置。――フランチェスカが消えた方角だ。


「分かってるさ」


 思い続けた日々は片手で収まる年月を超えた。想いを伝えた今でも、この気持ちが変動することは無い。

 だから――。


「必ず、振り向かせて見せる」






NEXT

おまけ


「あれ? これってテオの?」


 こちらに対して疑問を投げかけるエリオットの声に、身体を半分だけ振り向かせる。その手には、今人気の恋愛小説が収まっていた。


「いや違う。それに、俺はそういうの苦手だって知ってるだろ」

「いやそうだけどさー。もしかしたらって……って、あれ? ってことはこれ、フランチェスカ嬢のとか?」

「寄越せ」

「え?」

「寄越せ。いいから寄越せ。今すぐ寄越せ」

「え、ええ? 寄越せったって、フランチェスカ嬢のじゃないかもしれないじゃ……」

「此処は彼女以外が来ることは滅多に無い。二週間前から確認済みだ。それに、昨日見た時はその本此処に無かったから、フランチェスカ嬢が置いて行ったに違いない。絶対そうに決まってる。ああ、うっかり屋なところも可愛いなぁ……!」

「ちょ、気持ちワル! ストーカーかよ!?」

「ストーカーじゃない! 彼女を知りたいという純粋な好意に基づく情報収集だ!」

「一歩間違えればストーカーと言われ兼ねない行為を、好意だなんて認めねーよ!?」


「……君たち、授業はどうしたのですか?」

「あ」

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