再会
五月二十九日。
文化祭の出し物を決める。
クラスでは、意見が飛び交っていた。最初の方は全く意見が出なかったが、一つ出ると、各々が次々と意見を出していく。
そんな様子を、俺は冷めた眼で見ていた。
文化祭なんて、自分の為にやるもんじゃないか。なのに金を取るなんて、詐欺だ。
俺はそう思った。
全国のそこらじゅうに高校がある中、わざわざこの高校の文化祭に通う者は、この高校に通っている肉親がいる人か、近所の人か、卒業生か、この高校を受験しようと思う人か、候補は色々と上げられるが、大体身内だ。
勿論、それでも売上や人気の優劣は出る。しかし、どちらにせよ、重要なのは売上を一番重要視する生徒が少ない、という事だろう。
彼ら彼女らは、ただ文化祭を楽しみたいのだ。その為に何の出し物をやるか、も悩む。悩まなければ、失敗するかもしれないからだ。
だが、たとえ楽しくなくても、客に気持ち良く帰って貰う為、気持ち良くお金を使って貰う為に自己を犠牲にするべきだと思う。しかし、彼ら彼女らにその精神は無いだろう。
分かっている。文化祭はそんな本気になってやるもんじゃない。それに、そう思うなら、口に出せば良い。ただ、別に自己犠牲の精神を皆に持って欲しいとは思わなかった。
この、客も店員も焦点が合っていないこの文化祭を、俺はどうでもいいと思っている。
俺はまだ二ヶ月しか通っていない高校を疎ましく思いながら帰宅すると、家の前には白衣を着た男と警察官がいた。
俺が近付くと、俺に「こんにちは」と白衣を着た男が声をかけてくるので、「こんちは」と返す。そのまま横を通り抜けようとするが、
「人生は、楽しいかい?」
そんな白衣を着た男の声に足を止める。
「状況に寄りますね」
俺が返すと、白衣を着た男は笑う。
気味の悪い笑みだ。
正直、不審者だと思う。しかし横に警察官がいるので、そうでは無いのだろう。あるいは、横にいる人は警察官のコスプレをしている凡人なのかもしれない。
「じゃあ、どんな状況なら楽しい?」
また問う白衣を着た男へ、即答する。
「さあ? いきなり言われても思いつきませんね。何が目的です?」
「最後の質問だ。これに答えたら君の質問に答えよう。君が、今望むモノは何かな?」
正直、これ以上構っていたくは無かったが、目的も気になるので、返す。
「人を生き返らせる力、ですかね」
たとえ、生き返る側の人間が望んでいようと望んでまいと、生き返らせられるような、そんな力。無いのは知っている。だからこそ、言ったのだ。俺の欲しいモノは、これだと。
時の流れを持ってしても唯一変わらない、一つの願い。徐々に霞みがかる彼の笑顔を、取り戻す唯一の方法。
俺のその答えに、白衣を着た男は笑う。
「……面白い」
白衣を着た男の言葉に警察官が返す。
「適性ですね」
「ああ」
意味の読み取れない会話に、俺が割り込む。
「何の話をしてるんです? 俺の質問に答えるんでしょ?」
「ああ、答えよう。我々の目的は、君を人体実験のメンバーの一人として、加える事だ」
「人体実験?」
「興味があるかい?」
「はい」
無い訳が無い。
人体実験、適性ですねという言葉、望むモノを問う意味。
分からない、ただ、聞き逃してはいけない、聞き逃したくはない。
「そりゃ良いね。詳しい話は後でするよ。茨城に来てくれないかい?」
「それは無理です」
俺は答えた。
「詳細を聞かされていませんし、親も認めないでしょう」
「詳細は、後で話す。君の親はもう承認してくれているよ」
「そうですか。明日、行けば良いですか?」
「ああ。十二時には」
俺は家に入ると、リビングへ行く。そこには母さんがいた。
「母さん。明日、学校は休む」
「わかったわ」
どうやら、俺の親が承認している、というのは本当らしい。
まぁ、この母さんも義理の母さんだし、本物の母は死んでる。父は家出して行方不明だし、こんな家なら親の承認なんて余裕なんだろう。
俺はわざわざ制服を着て、電車に乗った。
平日に一人で電車というのは、普段着では怪しまれるかもしれないからだ。
俺は千葉に住んでいるので、茨城はそう遠くなかった。乗り換えなどをして合計三時間ほどで目的の場所へ着く。
すると、白衣を着た男が「東雲禄君かい?」と俺に声をかけた。
「俺の名前、知っているんですね」
「ああ」
警察官は警察手帳を見せてくる。
本物の警察官だったのか。
白衣を着た男と警察官は歩き始める。俺はそれに合わせて歩きながら言う。「何をするのです?」俺が問うと白衣を着た男は「実験に手伝って貰えるかどうかの確認ですよ。詳しくは後で」と返した。
「分かりました」
俺がちょうどそう言った所で、白衣を着た男も警察官も歩くのを止めた。眼の前には高級そうな車がある。
警察官は車のドアを開けて「中へ」というので、俺は「はい」と返事をして車の中へ入る。白衣を着た男は運転席へ、警察官は助手席へ座った。
すると、白衣を着た男は車を発進させる。
白衣を着た男は、科学者で合っているだろう。白衣を着ているのだし。しかし、なら何故あんな怪しい方法で誘ったのだろうか? 効果覿面だったけど。
俺の名前を知っていた事からすると、二年前のあの事も知っているのかもしれない。
そんな事を車内の窓から森を眺めつつ考えていた。
日が暮れた頃、車は動きを止めた。
辺りは森で囲まれており、人気は全くない。にもかかわらず、ここまで道路はあった。コンクリートの道路で、適当に道を作った、という感じでも無かった。
そして、眼の前には白いドームがあった。大きさは横には相当あるが、縦ではそこまで高くなかった。周りの木の方が高い。
「さぁ、行こう」
「はい」
白衣を着た男はドアを開けるので、俺が入ると、ドアが閉まる。
「え?」
ドアが閉まった音に振り返ると、そこにドアは無かった。
地面には草が生い茂っており、所々には木があるが、さっきいた森のように多くは無い。
「なんだ? ここは」
俺はとりあえずドアがあった方向に走るが、ただただ進んでいく。
「どういう事だ?」
さっきまでドアがあった方向に進んでも何にもあたらない? どこかに転送されたのか? それが現代科学で可能なのか? いや、しかし。
分かっている事は、今俺が、人体実験に参加させられているという事だけだ。
考えてもしょうがないので、ドアとは逆方向に進む事にした。何故かと言うと、遠くに村が見えるからだ。
とにかく、人に会わなければ。
俺は舌打ちをする。
誰か、この状況を説明しろよ。
そう思うと、横に人が現れる。
「禄!」
「うわっ」
いきなり声をかけられ驚くと、その方向には、松永諷太がいた。
「お、お前……」
「あ、ごめん。驚かせちゃったね」
どういう事だ? 諷太は、二年前に死んだ筈だ。
何故、ここにいる。
『君が、今望むモノは何かな?』
ああ。俺が望むモノはこれだ。諷太だ。
原理は分からないが、諷太は生き返ったらしい。
「諷太。何か知っているのか?」
「うん」
「じゃあ説明してくれ」
コクリと頷くと、諷太は説明し始める。
「うん。まず、僕は守護者と呼ばれる存在なんだ」
「守護者?」
こいつはいつ中二病を患ったんだろう。
しかし、こいつは生き返っているし、ここが何処かも分からない以上、貴重な情報となりうる諷太の説明を止める訳にもいかない。
「うん。君の代わりに、戦う者だ」
「戦う? って、誰とだよ」
「君が戦うと思った者と、かな」
「なるほど」
つまり、諷太自信の意思で戦う事は無い、と。俺が戦いたいと思った者だけと戦う。いや、戦いはしないだろう。
「俺は誰とも戦わないさ」
「うーん」
諷太は困ったような顔をする。
「それに、喧嘩はそんなに強くないだろ?」
諷太は温厚な性格で、筋力も普通だから、喧嘩はそんなに強くない。
「うん。でも大丈夫だよ。喧嘩の強さは関係無いからね」
「と言うと、戦う、というのは殴り合いじゃないのか?」
「うーん。殴り合いというより、殺し合いだよ」
「え?」
殺し合いなんて、俺は絶対しない。それにこいつを殺し合いに使いたくは無いな。
ただ、殺し合いというのなら、言ってる事が食い違っている。
「ならなんで喧嘩の強さは関係無いなんだ?」
「えーとね。守護者って言うのは、プレイヤーが呼び出すモノなんだ。プレイヤーは君の事でもあるね」
その言葉に驚く。
「じゃあ、さっきお前がいきなり現れたのは……」
「うん。禄が召喚したんだよ」
「マジかよ。で、お前は俺の代わりに戦う守護者で、殺し合いをするって事か?」
「うん」
ただただ困惑する。
「正直、信用は出来ないが、話は続けてくれ。で、喧嘩の強さが関係無いってのは?」
俺の言葉に諷太は少し悲しい表情をした後、言う。
「えと、召喚の時、呼び出し方は色々決められててね。君に今、召喚数は十二あるんだけど、その十二を全て僕に使えば、僕は強い僕として召喚される。今の僕は十二の召喚数で出されているよ」
召喚数か。
「なるほど」
「他にも一人一|召喚数で十二体の守護者を出す事も出来る」
「マジか!?」
「うん。マジ」
俺は興味本意で聞く。
「へー。どうやってやるんだ?」
「今は召喚数が足りないよ」
「そっか」
「あ、ごめん」
唐突に謝る諷太に俺は首をかしげる。
「ん?」
「やっぱり喧嘩の強さも関係あるみたいだ。召喚数を上げて召喚すれば強くなるけど、それは最初の喧嘩の強さにプラスしての事だから」
「なるほどな。で、召喚数を下げて召喚しても、他の守護者は諷太のように俺と会話するだけの知能はあるのか?」
あるのなら、色々な情報を引き出せるかもしれない。
「ううん。無い。召喚数を上げれば、知能、膂力、召喚継続時間が上がる。だから下げて召喚すると、命令は聞くけど、自分で考えての考動は期待できないね」
「召喚継続時間ってのは?」
「それは召喚数を二使って召喚するより、四使って召喚する方が二倍長く召喚出来るって事」
「なるほど。お前説明上手いな」
「えへへ、ありがと」
「おう」
召喚数を上げて召喚するメリットは、とっさに独自の判断が出来るくらいの知能と膂力、召喚継続時間が上がるって事か。
膂力はそのまま喧嘩の強さって事で良いだろうし、知恵が勝利を呼ぶのも当たり前の事。召喚継続時間は長期戦で使えるって事かな。もし俺が戦うのなら。
「あ、あと、僕は守護者ではあるんだけど、協力者って言い方もされてて、守護者とは少し違うんだ」
「どう違う?」
「知能は、召喚数に関係無し。だから一で召喚しても、この会話は出来るよ」
「そうか。で、お前は後どれくらい召喚されたままでいられる?」
「それはその右手のゲージを見てよ」
俺は右手首を見る。
するとそこには手首から肘の辺りに二つのゲージがあった。上のゲージにはサモン・ポイントとあり、ゲージは全て黒い。下にはサモン・タイムとあり、ゲージのほとんどがオレンジ色で満たされている。
俺は今、召喚数がゼロらしいから、黒いと、無いという事で良いのだろう。それに下のゲージは上からオレンジ色が少しずつ黒くなっている。
「これ、減っていってるな。微妙に」
「うん。それがゼロになったら召喚終了」
「でも、まだあるな」
「そうだね」
これは聞いていいのか? しかし、聞かねばならないだろう。
そう思うと、俺は聞く。
「あと、お前は死んだらどうなる?」
「僕? 死んでもまた召喚出来るよ。痛覚は無いしね」
「そっか」
そして俺は遠くに見える村を指差す。
「じゃ、あの村に行こう」
「うん」
なんか、バトルワールドに行きまでに相当時間がかかってしまった気がします。
すみません。
次話はバトルワールドオンリーなんで、お楽しみに!
あ、流転する世界での思案も書きます!