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正太郎コンプレックスコンプレックス

 夕食が終わって、洋司くんは帰っていった。お前も帰るんだろという目で見られたけど、「たまにはお母さんにあいさつしようかな」と章太郎のお母さんが帰ってくるまで居座ることを宣言した。

 「いいけど、今さらあいさつもねーだろ」

 「いーの。いっつもしょーたにはご飯作ってもらってるし。お母さんの教育の賜物ですってね」

 からかい混じりに言うと、苦々しげに顔をしかめた。あれ、そんな反応は予想外ですけど。


 食器洗いくらいはと思って手を上げた。案の定章太郎はごねたけど、強引に台所を占拠した。洗いものを終えてリビングに戻ると、章太郎はソファに座ってテレビを見ている。バラエティー番組、嫌いじゃなかったっけ。

 「隣座ってもいい?」

 「どうしたんだよ。いつも何も言わずに座ってるだろ」

 「なに、人のことを図々しいみたいに」

 軽口を叩きながら、章太郎の隣に腰掛けた。章太郎はこちらをちらりとも見ずにテレビを眺めている。

 今かな。今しかないかな。

 洋司くんの運動会があってから、つまり私がお兄さんたちと話をしてからもう二週間くらい経ってしまっている。タイミング的にも、タイムリミット的にも、今がチャンスだ。

 おそるおそる、切り出す。口調だけは何気なさを装って。

 「…しょーた、さ」

 「ん」

 「将来、どうすんの?」

 「……なんで?」

 彼がこちらを見た気配がした。私はそちらを見ないように努める。

 「え、別に?気になっただけ」

 うまくごまかせただろうか。

 章太郎はしばらく私を見つめていたけど、やがてテレビに視線を戻した。だけどその内容を見ていないのは明白だ。

 「………俺、大学行かないどこうかな」

 「え?」

 聞き返すと、今度ははっきりと、章太郎は言った。

 「大学、行かない」

 「何言ってんの」

 思わず大きい声が出た。

 大学に行かずに何をするというんだ。

 「働く。俺いい加減三人目で金かかるし。兄貴も姉貴も私大だったから金ないし」

 私には柏木家の経済状況なんてわからないけど、そんなこと章太郎一人が決めていいことじゃないでしょ。

 「洋司の面倒も見れる。父さんも母さんも孫に金使いたいだろうし」

 大学が全てってわけじゃないのはわかってる。私だって大学で勉強したことと全く違う仕事してるし、それで別に後悔してない。

 「でも、しょーたはそれでいいの?」

 章太郎はうつむいて、けれどはっきりした口調で言った。

 「……俺は、本当のところ洋司のこと愛してるんだ。俺はもうこれからの一生あいつのために生きていいと思ってる」

 私は思わず絶句した。章太郎は何を誤解したか、

 「愛してるって、変な意味じゃないぞ。…俺、兄弟の一番下だし、何かを守り育てるなんてしたことなかったんだ。ヨウは俺のこと、兄ちゃんって言って慕ってくれる。あいつがちゃんとした人間になれば、それでいいかなって思うんだ」と言い募る。

 はあ。

 私はため息をついた。

 大人っぽい表情をするようになったなと思っていたけれど、

 「まだまだ子どもだね、しょーた」

 『子ども』という単語に最近敏感らしい章太郎は途端眉を吊り上げる。でも私はまだ何も言っていないから、それを軽くいさめて続けた。

 「あのね、聞いて」

 ぐ、と不満そうだけれど、とりあえず章太郎は口を開かず待つ。

 「ヨウくんはしょーたの子どもじゃないでしょ」

 「わかってる、そんなこと」

 「わかってないでしょ。ヨウくんはしょーたのお兄さんの子どもだよ。よその家の子どもだよ」

 章太郎が一瞬息を止めた。

 「どんなにしょーたがヨウくんのこと好きでも、ヨウくんを育てるのはお兄さんたち。しょーたは部外者なんだよ」

 章太郎は目を大きく開いて私を見ている。私もまっすぐ見つめかえした。

 「しょーた。ヨウくんに勝手にしょーたの人生を背負わせちゃダメ」

 「…背負わせてない」

 「本当に?」

 「……」

 「しょーた」

 諭すように、できるだけ正面から彼を見つめるように話す。

 「しょーたは、もう子どもじゃないって思ってるかもしれないけど、子ども扱いされているみたいでムカツクかもしれないけど、それでもしょーたはまだ十代だよ。これからまだまだ、しょーたの人生があるよ。もう少し、自分の未来のこと考えてもいいんじゃ」

 「そしたら、認めてくれんのかよ」

 いらだった声に遮られた。

 「深子は自分の将来のこと考えてんの?お前の人生、どうなる予定なんだよ?」

 「え?」

 「どうせその中に、俺はいないんだろ!?」

 一瞬頭が真っ白になった。

 それって、どう言う意味?

 「俺の人生にだって、お前がいないんなら、お前が口出す筋合いないだろ」

 「…なに、それ」

 結局、言えたのはそれだけ。

 章太郎は深いため息を吐いた。

 「…お前は、『姉』として、俺を諭そうとするんだろ。俺は、お前の弟じゃない。お前にそんなことで、口出しされたくない」

 何も言わない私に彼はなおも言い募る。

 「別に、意地張ってるわけじゃなくて、洋司のために生きたいって思ってたのは本当に俺の本心なんだ。さっきのお前の言ったことは、…ちょっと考えないと今はわかんねえけど」

 「…しょーたの人生に、私はいないの?」

 私はその部分にひどくショックを受けていた。

 表情が強張って、声が簡単に出ないくらい。

 顔中冷たくて、そのくせ目は勝手に熱くなってくるくらい。

 「なんだよ。今さらそんなこと言うのか、俺が…」

 言いかけた章太郎の声が止まる。

 「……泣くなよ。なんでお前が泣くんだよ」


 …そして私はとうとう、その疑問を彼に投げかける。





 「…ねえ、私たち、付き合ってるんだよね?」



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