逃げ出そうとしたけど……
春火は、両脇にバラの植えられている道を、セラシュと二人で歩いている。玉砂利の敷かれた道の上に、赤い絨毯が敷かれている場所である。春火は城の庭を散歩しながら、何度も辺りを見回した。
セラシュはそれを見ながらため息を吐く。
『城の構造を調べていますか……』
セラシュが考えている通り、春火はこの城から逃げ出す時のために、この城の構造を把握しようとしているのだ。
ここは植木が多い。ここは広い。ここは通れそうだ。
それらの事を調べておき、逃げるためのコースを決めておくのだ。
『こういう事はセリエア様の仕事です。私は逃げ出したら捕まえるだけです』
セラシュ自身は、春火がもし逃げ出したら捕まえるだけである。
春火がこの城に居つくように促すのはセリエアの役目である。
セラシュも、春火がこの世界に呼ばれる事になった事の一部始終は知っているのだ。
正直くだらない理由であると思う。
セリエアとエリオンの意地のはり合いに巻き込まれたのが、この春火という少年だ。運の悪い少年であった。
だが、セラシュが考えるのはそこまで。
王族の事情に巻き込まれて人生を狂わされた人間なんて、いくらでもいる。
一人づつに同情して、手を差し伸べていてもきりがない。どうしようもない事だと割り切るべきなのだ。
セラシュは、春火の件においては冷めた考えを持っていた。この仕事も、重要度としては高いが中身を見れば薄いものである。
そう考えているうちに、春火はいきなり走りだした。
『いきなりですか』
それを追っていくセラシュ。あっという間に春火はセラシュに追いつかれ、後ろから組み付かれた。
「私の目前で逃げようとするなんて、無謀といいますか、浅はかといいますか……」
体に腕を回して春火の事を捕まえているセラシュ。両手は春火の両胸を掴んでいた。
「どこをつかんでるんだよ!」
「おっぱいです」
「女の人がそんな事言わない!」
後ろから組み付いたセラシュは、遠慮なく春火の胸をまさぐった。
「こら! 手を動かすな」
「ボディチェックです」
「何をチェックしているんだ! 危ないものなんて持ってないって!」
「こんな危険なおっぱいを持っているじゃないですか」
「うるさーい!」
それからセラシュは春火を散々に弄び、春火がぐったりする頃になって、初めて周りにこの事を連絡した。