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王子様の恋  作者: 来生尚
願掛けと独占欲
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「最近やけに仕事熱心ですね」

「やるべき事をやっているだけだ」

「大体月平均2回ってとこですか。水竜の神殿通い」

「煩い。世代交代が上手くいっているかどうか、確認しているだけだ」

 部下であるギーに嫌味を言われるのを交わし、極力顔色を変えず、手元の書類へと目を通す。

 兄上に言われたからだというわけではないが、内政に関する資料の写しの幾つかで祭宮の決裁が必要な物を水竜の神殿へ行く道中読めるようにと持ってきた。

 軍属であったからというのは言い訳に過ぎないと言う事は自分でもわかっているが、この国の内政に目を向ける事が無かったのは紛れもない事実。

 まずは自分の基盤をキチンと整えるところから始めよう。

 手に入れられなかったものを嘆くよりも、いつか必要な時に動けるように。

 祭宮はその名のとおり祭事を司る。

 祭事というと漠然としてつかみ所がないが、早い話が全領土の精神的な主柱である水竜への信仰の取りまとめをするというのが祭宮の成すべき仕事の一つだ。

 だからどこそこの街で祭りを行うだとか、どこぞの村の祠を修復するのに金銭的負担を王家に求めているだとか。些末な事ではそういったものも含まれる。

 一番煌びやかで重要とされる仕事が信仰の中心である水竜の巫女と王家の橋渡しであるが。

 どんな小さな村の祭にも、王家は必ず干渉する。寄付という形で金を出す事によって。

 どういう基準でその金額を決めるかはそれぞれの領主が決裁を求めてやってくるが、最終的には判を俺が押さない限りその金額は出ない。

 本当にその金額が適正か、不正はないのか。そういったものを見据えるのも俺の仕事の一つだろう。

 以前に将軍だった時にも金を動かす仕事をしていたが、どこにでも金額に色を付けてくれと言ってくる輩はいる。

 たまたま捲っていたのは、西方の海沿いの集落から上がってきた書類だが、どこにも不備は無いように見える。

 不備が無さすぎというのは穿った見方だろうか。

「ギー」

「はっ」

「この集落の人口及び、直近五年の交付金の額を王都に戻ったら調べておいてくれ」

「畏まりました」

 真面目くさった顔のギーに書類を渡し、馬車の外を流れる風景に目を向ける。

 水竜の大祭以来だが、ちゃんとやってるか心配だな。

 頭に浮かぶのはたった一人の顔ばかり。

 はたとその事実に気付き、溜息をついて足を組み直す。

 そしてまた腹の底から沸きあがってくるイライラとは違うモヤモヤと漂うものに溜息を吐く。

 これは一体何なんだ。

 それは水竜の神殿が近づけば近づくほど、大きく膨らんでいくように思える。


「祭宮様。お久しぶりです」

 水竜の巫女になったササが、神官長である姫の執務室で俺に笑顔を向ける。

 その笑顔に自然と頬がほころぶ。

「巫女様もお元気そうで何よりです。何もお変わりございませんか」

「はい。お気に留めて頂きありがとうございます」

 緊張しているのだろう。少し言葉にたどたどしたが残っているが、それでも一生懸命巫女をやっているのが伝わってくる。

 ちゃんと巫女、やれているじゃないか。あの時辞めなくて良かっただろう。

 言いたくても言えない言葉を微笑みで隠し、彼女に座るようにと促す。

 神官長になった先の巫女であり、俺の婚約者である姫君は、いつものようにニコニコと花の様な笑顔で俺や巫女を見つめている。

 造花のような笑顔と、野に咲く花のような笑顔。

 二人を見比べ、そんな風に思う。

「今日はどうなさいましたの? お越しになられたと言う事は、何かご神託を必要とされていらっしゃるのかしら」

 切り出してきた神官長に、笑みを浮かべたまま首を左右に軽く振る。

「いいえ。巫女様と神官長様のお顔を拝見しに参りました。お二人とも慣れないお立場でご苦労されているのではないかと思いまして」

「まあ。ご心配頂きありがとうございます。わたくしも巫女もこのとおり元気にやっておりますわ。どうぞご心配なさらないで」

 おほほと声を上げて笑う神官長に軽く会釈をし、巫女である彼女へと目を移す。

 少し困ったように視線を動かす彼女は、まるで言葉を捜しているようにも見える。

 美辞麗句だらけの感情の篭らない会話に引き込むのは可哀想だな。

「そういえば神官長様。先日こちらから送りました書状に書かせていただきましたが、個人的に神官の教本をお借りしたいのですがよろしいでしょうか」

「ええ。構いませんけれど。何にお使いになられるのかしら」

「少々神殿の祭祀と外の祭りとで整合性が取れない部分がありまして、確認をしたい点が数点あるのですが」

「構いませんわ。今、用意させますわね」

 神官長が立ち上がり、壁際で待機している二人の神官のうちの一人に声を掛ける。

 あれは以前から見た事がある神官だから、神官長付の神官の「下僕」か。

 ということは、もう一人の神官が巫女付の「執事」だな。あの顔は見た事があるが、どこでだったか。ああ、大祭の日に彼女の話を聞いてくれとやってきた神官か。

 記憶の糸を手繰りよせ、書面で確認していた神官と実際の神官とを一致させる。

 神官たちから目を離して目の前に座る彼女に目を向けると、緊張しているのだろうか、こわばった顔で俯いている。

「元気だったか」

 彼女以外には聞き取れない小声で話しかけると、驚いたように目を見開いて彼女が顔を上げる。

「もう慣れた?」

 声を上げること無く、彼女は小さく首を横に振りかけてから縦に振る。

 誤魔化そうとしても誤魔化しきれない様子が可愛らしく、思わず笑みが漏れる。

 目を細めて彼女を見つめると、彼女は頬を染めて恥らうように俯いてしまう。

「あんまり頑張りすぎんなよ。弱音吐きたくなったら言えよ」

 両手をそれぞれ膝の上で握り締めている姿は、ものすごく頑張っているんだろなっていうのが伝わってくる。

 一生懸命、彼女の望む「巫女らしく」なろうとしているのだろう。

 力の入った肩の力が抜ければと思って告げると、ゆっくりと彼女が顔を上げて口を開きかける。

 何かを言おうと口を軽く開いた瞬間、弾かれたように彼女が『奥殿おくどの』と呼ばれる水竜の座す場所が見える窓のほうへと目を向ける。

 最初横目で見ていたのを、徐々にそちらに顔ごと向けて、幾度か瞬きをする。

 先の巫女である神官長もやっていた仕草だ。きっと、水竜と何やら話をしているのだろう。

 しばらくそうしているのを見ていると、徐々に彼女の手のこわばりが解けていき、最後にはふわりと零れるような笑みを浮かべる。

 ちくり。胸が痛む。

「大丈夫ですから」

 小声で告げる彼女の表情は、先ほどまでとはうって変わって明るいものに変わっている。

 溜息を飲み込み、安心したと言外に伝えるために笑みを返すと、彼女もにっこりと笑う。

「ご心配頂きありがとうございます」

 そう言った彼女の顔は巫女の顔をしている。水竜に守られ、支えられている水竜の巫女の顔を。


 教本を受け取って神殿を後にし、領地の城へと足を向ける。

 このまますぐに王宮に戻っても良かったのだが、連れてきた兵士たちも疲れているように思えたので、神殿周囲の祭宮直轄領の視察という名目の元数日間滞在する事にする。

 ごく稀にしか使う事はないが、それでも城の中は心地よく、手入れが行き届いている。

 正装を脱ぎ捨て、王宮よりもずっと狭い自室に篭り、暗闇の向こう側を見つめる。

 宵の闇の中に薪で照らされて浮かび上がる水竜の神殿が見える。

 あの中に、水竜と水竜の巫女はいる。この距離感が、祭宮との距離感なんだろうな。

 そう思った瞬間、またちくりと何かが胸を刺す。

 窓辺に寄りかかり、腕組みをしたまま外を眺め続ける。

 ここは王宮の中とは違い、監視の目も無い。

 眼下には喧騒も広がってはいない。逆に盛大に虫たちが合唱をしているのが聞こえるくらいだ。

 だけれど、一人で考え事をするにはちょうど良いように思う。

 僅かな部屋の灯りだけで、あとは月明かりが景色を照らしている。

 何がしたいのか、何が出来るのか。祭宮として、カイ・ウィズラールとして。

 手近なところにあった酒瓶を開け、グラスに酒を入れて傾ける。

「そこで運命にあうでしょう」

 頭の中にふいにあの神託が浮かぶ。

 運命、ね。

 本当にササが俺の運命だというのだろうか。あの呆れるほど不器用で生真面目な巫女が、俺の運命?

 運命って、何だよ。あらかじめ出会う事を大いなる何か、この場合は水竜にか? 決められていたと言うのか。

 遡れば俺が祭宮になることも、ササが巫女になる事も。

 全てが決定事項で、それ通りに俺は動いているというのだろうか。もしくはササを巫女に仕立て上げるのが俺の成すべき事だったというのか?

 じわりじわりと憤りが湧き上がってくる。誰かに決められた人生なんて御免だ。

「守りたいと思ったんだけどな」

 コンっと音を立ててグラスをテーブルに置いて、また水竜の神殿を眺める。

 それさえも仕立て上げられた感情なんだろうか。だとしたら、こんな感情捨て去ったほうがいい。

「どうせ水竜が守ってくれるんだから」

 昼間に自信に満ちた目で俺に微笑みかけた彼女を思い出すと、苦々しい思いが広がっていく。

 俺が守りたいのに。

 湧き上がってきた言葉に、はたと現実に引きずり戻される。

 何でそんな事……ああ、そういうことだったのか。

 くくくっと笑みが漏れ出た。

 こんな単純なことに気付いていなかったのか、俺は馬鹿か。


「それでお父様はお母様に恋していることに気付いたの?」

「結論を急ぎすぎだ」

 目をキラキラと輝かせるアンジェリンに呆れ顔を向けたけれど、アンジェリンの瞳は更に輝きを増す。

「それで、それで?」

「王都に戻る前に一度神殿に行って、自分の考察と実際の感情が伴っているかを確認した。それで行動に移すことにした」

「何したの?」

 問いかけるアンジェリンに、手首のところで昔と同じ輝きを放つ石を見せる。

「一つの石を二つに分けたんだよ。運命じゃなくて自分の手で引き寄せたくて。まじないに頼るなんて情けないだろう」

「ううん。すごく素敵。そういうの憧れちゃう」


 王宮に戻り、すぐに王都一の彫金師に二つの装飾品の作成を依頼し、兄上から頂いた石を預けた。

 水と竜との意匠をこらしたものをと、注文をつけて。

 それと時期を同じくして、ギーより例の若い近衛兵が俺への面会を求めていると聞いた。

 あの男が俺に何か言いたいことがあるというのは、彼女のこと以外ありえないだろう。

 王宮では外部の目もあるので、領地の城で夜の闇に紛れて応接間で話を聞く。同席しているのはギーだけで、最低限の機密は守れるようにと配慮して。

「申し訳ありません。祭宮殿下」

 がちがちになっている兵士に、座るように促して極力近い距離で話をするように配慮する。

 いかに自分の城とはいえ、どこに目も耳もあるかはわからない。

「単刀直入に聞くが、話と言うのは」

「はい。あの、俺の、あ、えっと、自分の幼馴染のことなんですけれど」

 一呼吸おき、兵士の顔を見据える。

 敬語もうまく操れない。さえない村娘ならば釣り合いが取れそうな男だなと思った。

「ああ。彼女のことで何か?」

 極力確信に触れないようにしつつ、男の出方を待つ。

 しばらくの空白の後、意を決したように男は顔を上げる。

「これを、彼女に渡して下さい。俺、隊長に言われて気付いたんです。独りよがりでは彼女に迷惑を掛けるだけだって」

 ちらりとギーを横目で見つめると、ギーの視線が外れる。一体どんな話をしたんだか。後で問い詰めてみよう。

「それから、こんな事を言うのは失礼ですけど、もし出来るならですが……」

 言い淀んだきり何も言おうともしない男をあえて促したりもせずにいると、上目遣いで俺の事を恨めしそうに見つめてくる。

 一体なんなんだ。俺が何かしたか?

「絶対に俺なんかには弱いところを見せないサ……彼女が、殿下には見せてたんです。もしこの先彼女が困ることがあったら助けてやってください」

「肝に銘じておこう」

 極力感情を排して返事をすると、男はふうっと息を吐き出す。

 緊張しているのか、それとも何か回答に不満があるのか。おおよそ出世とは無縁そうな男だな。

 恐らく彼女と対面した時に、俺の腕に彼女が縋りついた事のことを言っているのだろうが、彼女はあの時迷っていたから俺を頼りにしていたに過ぎない。

 そこで色恋沙汰と単純に結び付けられても、彼女も困るだろうに。

「彼女に何か伝えることはあるか? あるのならばこの手紙と共に伝えるが」

「ないです。それに全部書きましたから」

「わかった。では預かろう。話は以上か?」

「はい。よろしくお願いします」

 直角に頭を下げて出て行く男には目もくれず、手渡された手紙を見つめる。

 まあ、触った感じでは絶対に渡すと喚いていた宝石は入っていないようだから、水竜の神殿に持っていっても害は無いだろう。

 これを受け取った彼女はどうするのだろうか。

 なんにしても自分の腹積もりは決まっている。これを受け取った彼女がどうでるのかは、彼女の自由だ。


「巫女がいつまでも強くいられるように、私からのプレゼントです」

 男からの手紙を渡したついでのような形で、真実を隠したまま彼女へ二つに分けた宝石のうちの一つを手渡す。

 二つで一つであると言った瞬間、彼女が驚きの表情を浮かべたのは気のせいではない。

 一瞬、あの村での彼女との距離感が戻ってきたかのような錯覚がしたのに、あっという間に水竜によって現実に引き戻される。

 更に足繁く水竜の神殿に通っていることを咎められ、来るなと釘を刺される。

 水竜め……。

 触るなだとか、来るなだとか。本当に邪魔くさい化け物だな。ほんの少し彼女の本心を覗き見ようとすれば横槍を入れてくる。

 嫉妬か? 化け物でも嫉妬なんかするのか?

 なんにしても、うだつのあがらない一兵士よりも、よっぽど面倒な相手だ。対人間なら負ける気はしないが、化け物はどう対処したらいいんだ。現状明らかに負けてるし。

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