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王宮内に据えられている古文書が収められている書庫の司書、王国史に詳しい歴史家。神話伝承の研究をしている者。水竜の神殿の神官。
そういった者たちに今回の天変地異について、水竜の関与を尋ねてみたが答えは一様に「わからない」
わからないでは困るのだ。
特に水竜の神殿の神官たちは何を考えているのだろう。
この天変地異とご神託とが一致するものではないと考えているフシがあるようだ。外の事は一切関係ないとでも言うように。
古文書の記載内容を実際に司書から指し示されてみてみたが、有史に大河の氾濫はあっても、地が揺れるというような記述は無い。
王国史に詳しい歴史家も数人呼んだが、所謂「建国王以前」と呼ばれる国が統一される以前の歴史においてもそのような事実は無いと言う。
神話や伝承に詳しい者、はては吟遊詩人にまで問いただしたが、水竜と大地の鳴動や山が火を噴くということが結びつくような伝説などは無いと言う。
では今実際に起こっている事は、何によって齎されたものなのだろう。
それを知る「人」などいない。知るのはやはり「水竜」のみなのだろうか。
戦果は大地の鼓動と共鳴するかのように悪化の一途を辿っている。
兄上の戦線離脱が兵士の士気にも関わっているが、それよりも指揮系統の分裂が大きな敗因になっているように思われる。
現在は兄上の代わりに武勇の誉れ高い老将軍が軍の指揮を担っているが、所詮は素人。
いや、この国に戦の玄人などいないのだ。いかに武勇の誉れ高いといっても、それは陸戦に限る。
海上での戦は後手後手に回るばかりで徐々に後退を強いられ、そして沿岸の街や村が焼かれる事態になっている。
北では山が炎を噴き上げ、周辺のみならずかなり離れた土地まで被害を蒙っているという。
季節は秋。
ちょうど収穫の時期を迎えたというのにも関わらず、空から降り注ぐ砂や礫や灰によって作物は非常に重大な損害を蒙っている。
冬を越せるのかとさえ囁かれだした昨今。
せめて民を飢えさせないようにと奔走しているが、北と南とそれぞれ遠く離れた地で起こっている災いに、手の施しようが無いというか、手が回らない状態になってきている。
戦禍の犠牲になった地を領地に持たない者も、炎の山の犠牲になった地を領地に持たない者も、貴族たちは大臣を中心としてそれぞれに動いているのだが。
それでもこの国難は容易に乗り越えられそうにもない。
やはり水竜の神殿を訪れるべきではないのだろうか。その考えが頭を支配するようになって一週間あまり。
しかし兄王の許可が下りないままではどうにもならない。
その日も祭宮の執務室で現状の把握と、被害状況から算出される水竜の祠の修繕費用についてを議論していた。
ギーやルデアはもちろんのこと、文官たちや各地から被害状況を持ち帰った近衛も同席している。
執務室の中のいくつか分けられた部屋の中でも一番奥の大きい部屋に篭って話し合いをしていると、バタンとかなり大きな音で外の扉が開く音がし、入り口の一番傍にいた近衛が剣に手を掛ける。
横にいたギーもまた、机の下で剣の柄を握り締める。
バタバタバタという慌しい音と、そして「お待ち下さい」という悲鳴のような侍女たちの声。
部屋の中にいる者たち全てが身構える。
ドンっ。
激しい音と共に扉が開かれる。
「殿下っ」
同時に助けを請うような、縋るような叫び声が扉を開けた張本人の口から吐き出される。
己の身を飾る宝石や衣が乱れているのも厭わず、大臣が青褪めた顔で懇願する。
「す、すぐに玉座の間に起こし下さいっ。陛下がっ。陛下がっ」
おおよそ老獪な大臣とは思えないような慌てぶりに、兄王の身に何かが起きたのだと察した。
「……何があった」
椅子に座ったまま問いかけると、大臣は喚くように言う。
「ご乱心ですっ」
部屋中の視線が一点に集まる。
言っている言葉の意味がわからない。兄王が乱心?
しかしここに留まっているわけにもいかないだろう。
「近衛。ギー。ルデア。着いて来い」
室内にいる祭宮配下及び兄王配下の近衛、そして祭宮の両翼と呼ばれる二人の部下に声を掛けて椅子から立ち上がる。
「話は歩きながら聞く。正確に報告してくれ」
肩で息をする大臣が荒い息を吐きながら何度も頷く。
近衛たちはそれぞれ武器を手にし、ギーの指示の下、陣形を組んで俺の前後左右を囲むようにする。
大臣は右手に、ルデアが左手に、ギーが俺の背後にと、それぞれの場所を視線で確認し、祭宮の執務室を出る。
回廊に出ると、恐らく大臣が慌てて転がるようにここまで来たのを見ていた下働きの者たちが、視線を逸らせるようにしながら、でもこちらを窺うように上目遣いで見ながらそれぞれの仕事をしている。
「一体陛下に何があったんだ。お前がそんなに慌てるなんて」
大臣は青褪めたままでその手を握り締めている。
ガタガタと震えているのは、その目に映したことを思い出しているのかもしれない。
よほど恐ろしい何かを目にしたとしか思えないほど、わなわなと唇が震え、言葉が震えている。
「わ、わ、わた、わた、わたし、は」
話そうとして、そしてまたぶるっと体を震わせる。
それを見た俺が、ふうっと溜息を吐き出したことに、大臣は気が付いていない。
「落ち着け。大丈夫だ。俺が何とかするから」
何が起こったのかはわからないが、俺のところに大臣が飛び込んできたということは、即ち俺にしか解決できないと思ったからだろう。
最近、兄王を上手い具合に手の上で転がしていた。他者から見ても明らかなほどであっただろう。
兄王を支持をしていた大臣が体調不良を理由に出仕を控えるようになり--それは実際には数え切れない暴言などを吐き散らかして兄王から蟄居を命じられたのが真相だが--兄王が地の揺れに酷く怯えるようになり、傍に俺以外を置きたがらなくなったので、兄王の異変に対応できるのは俺しかいないと思われたのだろう。
ギルド製の薬は、非常によく効果を発揮してくれている。
大臣に渡したそれは、大臣の理性の箍を外し、権力欲を隠す事をやめて主に俺に対して暴言を吐き、時には無礼千万と思えるような行為をするようになった。
兄王には、地の揺れの不安を解消する為といって、中毒性のある薬を渡した。
それを飲み続けると、非常に心が不安定になって幻覚が見えることもあるらしい。神官長に渡された薬のもっと効き目がえげつないものだ。
しかもその薬を兄王に渡せるのは俺だけ。
不安定になっている時に薬を飲むと、何故か心の靄が晴れるようにすっきりして落ち着くようだ。だからこそ中毒性があるというのだろうけれど。
そんなものを俺から与えられているとも知らず、兄王は俺を傍に置き、薬を求め続ける。
「効きすぎましたかね」
ぼそっとルデアが呟く。
その可能性も否定できない。最近薬を求める間隔が短くなっていたから、もしかすると中毒症状が出て暴れたとかかもしれない。
「かもしれないな」
同意すると、ルデアがふうっと息を吐き出す。次の戦略を考えているというところだろうか。
玉座に座る者の醜聞はあまり聞こえが良くない。
国と国とで戦をしている最中に、王が乱心したなどというのは聞こえが良くない。また民への印象も悪くなる。
ルデアが違う方策を考えてくれるだろう。
「……王は」
目を瞑り、冷や汗を垂らしながら大臣が意を決したように口を開く。
「進言した方を切り捨てました」
「……進言した方?」
王に意見出来る者など限られている。上位貴族か大臣か、それとも王族か。
なんにしても切り捨てたというのは穏やかではない。文字通り剣で切ったとは考えにくいが。
「カイ・ヒュードル殿下です」
大臣が口に出した名前に近衛たちからざわめきが起こる。
王族であり、実の叔父でもあるカイを持つ者の名に、王族を守る近衛たちに動揺が走ったのだろう。
「切り捨てたというのは」
「……その言葉の通りでございます。祭宮殿下」
ざわめきは絶句となり、消える。
叔父は父の弟であり、兄上や俺に次ぐ王位継承権を持つ人物だ。そのような人物さえも切り捨てただと?
目の前に変わり果てたスージを連れて来られた時も、常軌を逸していると思ったが、まさか叔父さえも刃に掛けるとは。
足が止まってしまったのを見て、大臣がうな垂れるように頭を垂れる。
俺にもどうする事が出来ないと思ったのかもしれない。
しかし、どうにかしなくてはならない。
俺の手で必要以上に狂わせてしまったのだから、その責任は取らなくては。
玉座の間の大きな重たい扉の前で、門番をしている近衛たちは青褪めて立っていた。
俺や連なる者たちを見て、少しほっとしたような顔をしたが、問題は解決などしていない。
実の叔父で、王位継承権を持つ者さえ切り捨てる兄貴が、果たして俺の言う事など聞くのだろうか。
扉を開けさせると、まず狂ったような笑い声が耳に飛び込んでくる。
その笑い声の主が他ならぬ王であることはわかっている。同じような笑い声をスージが倒れた時に聞いた。
あの時のことを思い出すと、ぎりっと胃が痛む。
「殿下」
静かに問いかけるかのようなギーの声に頷き返す。大丈夫だと伝える為に。
「下がっていろ」
巻き込むわけにはいかない。
着いて来ようとする近衛たちを手で制し、ギーとルデアにも首を横に振ってそこで待つように伝える。
無駄な血を流すわけにはいかない。
赤い絨毯の上に、どす黒い血が流れている。
あのおびただしい量の血で、叔父は助かるのだろうか。
ゆっくりと踏みしめるように歩く俺に気が付いたようで、兄王は上機嫌に血の付いた剣を誇示するかのように振り回す。
「ここだ。来たな。祭宮」
まるで子供が遊び相手を呼ぶかのような声に嫌気がさす。
これは薬が効きすぎたのか、それとも本来兄王が持っていた残虐性の一端に過ぎないのか。
絨毯の途中で一度立ち止まって一礼をし、王に対しての敬意を払う。
「早く来いっ」
焦れたようで、イライラとした声が飛ぶ。
玉座の間にいる他の誰もが身動き一つしていない。まるで兄王と俺以外の時間が止まっているかのようだ。
そう、これは。あの時と同じ。スージを探しに来た時と。
兄王は血に酔っている。
うっとりとしたような目で刃についた血を眺め、指で掬い取る。
そしてまだ切り足りないかのような顔つきで、周囲にいる大臣や貴族たちに目を向ける。皆、その視線から目を逸らしたくても逸らせない。逸らす事によって不敬を疑われてしまえば、次に切られるのは自分だ。かといっておべんちゃらを口にする事も出来ない。何かを発する事で目立ちたくはないからだ。
歩いていき、叔父の前で足を止める。
「叔父上」
跪いて声を掛けるものの、返事は無い。
「そんなものは捨てておけ」
そんなものと言い切れる兄王の神経を疑う。
恐らく叔父は生きていたとしても虫の息といったところだ。
王が王族に手を掛けて殺すなど、しかも玉座の間において。それがどれだけ重大な事態だという事を兄王は全くわかってはいないのだろうか。
立ち上がり、兄王と対峙する。
「叔父上に何があったのでございましょうか」
状況から推測されるのは、兄王が叔父を切ったということだけだ。
いつもと変わらない口調で問いかける俺のことを兄王はどう思ったのだろう。フンっと鼻で笑ってにやりと口元を歪ませる。
「くだらない事を言うから、切ってやったわ」
ふふんとせせら笑う兄王に対し、はーっと溜息を吐き出す。
聞こえていても、見えていても構わない。それを兄王が不快に思ったとしても。
「なんだっ。お前も何か言いたいのかっ」
「はい、陛下」
「なんだとぉっ」
血塗れた剣を構えて俺に向けるのを、静かに見つめる。鍛えていないとはいえ、元は軍人。素人の振るう剣で命まで奪われるような事にはならないだろう。
見たところ叔父は無抵抗で切られている。
本気で切るとは思っていなかったのだろう。体の正面から剣を振るわれているようだ。
叔父を切ったことにより、兄王は己の剣の腕を過信している。それゆえに、いざとなったときの対処のしようがある。
「何故玉座でこのようなことをなさるのです」
「何?」
「陛下の為の玉座がこのように血で穢される事です。玉座を穢すことは即ち、王のご威光にも傷がつくというものです」
てっきり叔父を切ったことを批難されると思っていたのだろう。
思いがけない俺の言い分に、剣に篭められた力が少しだけ緩み、構えられた剣はだらりと剣先を下に向けて下ろされる。
「陛下。わたくしは血の穢れには触れてはならない者でございます。大変申し訳ございませんが、血塗れた玉座に足を運ぶ事は今後出来かねます」
「ならぬ」
「ならぬと仰せになられましても、先王陛下から賜りましたこの祭宮という職種を全うする為には致し方ありません」
「ならぬっ」
「では陛下」
「どうせ血塗れるのでしたら、わたしを将軍にお戻し下さい。陛下の御為、この戦を終えてみせましょう」
玉座の間にざわめきが走った。まさか俺がそのような事を言い出すとは誰も思ってはいなかったのだろう。
是とは言うわけがない。
俺を手許から離す訳が無い。にやりと心の中で笑ったが、顔には出さないでおいた。
これは一つの勝負だ。忠誠心を計る兄王と、兄王を絡めとろうとする俺との。
「……ならぬ」
苦虫を噛み潰したような顔で兄王が告げるのを、再び溜息をもって受け止める。それが無駄に兄王を煽るという事はわかっていても。
「祭宮か将軍。そのどちらかでなくては陛下のお力にはなれません。陛下のお力になりたいのです。誰よりも陛下を守り立てる為に、祭宮か将軍のいずれかをお命じ下さい」
しばらくの沈黙が流れる。
将軍である兄上は戦地で背後から矢を受けるというありえない状況下で大傷を追い、未だ床から上がれぬ身。
しかしそれは目の前にいる兄王が『闇』に指示を出し行わせた凶行であるということは、スージからの報告でわかっている。
刻々と悪くなっている戦況を打破する為に、俺を錦の御旗として戦場に送り出すのも一つの手であろう。
その能力はともかくとして、王の近親者が戦場の真っ只中で指揮を取るという事は、それだけ兵を鼓舞する事に繋がるからだ。
だが、そうすると祭宮は不在になる。
このような天変地異が起こっている時の祭宮交替は、民にその事実が知らされなくとも、王宮内に衝撃が走るだろう。
水竜の禍を抑えきれないために、祭宮を交替させたのかというあらぬ誤解と共に。
そうすれば現状起こる全ては水竜によってもたらされた「天罰」ということになる。
それは即ち、王の起こした戦争への水竜からの批判と捉えられ、王の権威は失墜する事になる。
そう。だから俺は将軍にはなれない。そして祭宮でいることを辞めることも出来ない。
全ては王の権威の為に。
「……祭宮」
自然と笑みがこみ上げて口元が上がるので、ゆっくりと頭を垂れて表情を隠し、ついでに王への忠誠を誓うと言わんばかりに膝を折る。
しばしの沈黙の後、必要以上に時間を掛けて顔を上げる。
「陛下の為に、祭宮としての職務を全う致すことをお誓い致します」
玉座の間の空気の緊張感が少しだけ解け、立ち上がって周囲を見回す。
幸い今日は青い衣を身につけていない。王族としての簡易的な礼装を身につけているので、祭宮の衣が間違っても血に濡れるという事にはなっていないことにほっとする。
もしも祭宮としての衣が血塗られてしまったのならば、あの水竜が神殿の敷居を跨ぐことを拒否しそうだからな。
誤魔化しなど「神」には通用しない。
立ち位置を変え、申し訳ないと思いながらも叔父から距離を取る。
「近衛」
部屋の中にいる警備の為の近衛兵に声を掛けると、青褪めた表情のままガシャガシャと剣を鳴らしてやってくる。
「叔父上を」
「かしこまりましたっ」
もう動く事さえ適わない、生きているのかさえわからない叔父であるが、もし息があるのならば早めに医者に見せて命だけでも永らえて欲しいと思う。
「王宮の侍医だけで手に負えなければ医学院に声を掛けてくれ」
「かしこまりました」
近衛兵たちが叔父の傍を囲み、止血を施したり衣を緩めたりと対処している。
それを横目で見守り、兄王と対峙する。
「……何故このような事を」
俺の批難に、兄王はふんっと鼻を鳴らす。
「俺のやり方にケチをつけたからだ」
「叔父上がですか?」
国政に口を出すような方ではなかったはずだ。カイを持つ者であるということの意味をよくご存知であり、決して父王のやり方を批判するような方ではなかったし、王弟として余計な火種にならぬよう目立たぬように暮らしておられた。
そのような方が玉座の間で居並ぶ大臣の前で何か意見をするなど、よっぽどの何かがあったとしか考えられない。
もしくは叔父上が意見をしたというのは、父上の意を汲んでの事かもしれない。
「ああ、戦を止めろと。戦をやめ、国の回復に尽くせと。馬鹿馬鹿しい。今更戦を止められるものか。ここで止めてしまっては負け戦になってしまうではないか」
苦々しそうに吐き出し、玉座に座って爪を噛む。
冷静に戦況の分析は出来ているようだ。だが叔父上の言うことにも一理ある。
大半の軍を戦に出し、残る軍も北の民への支援のために出兵している。現状王都一帯の被災地に対しては近衛に当たらせているが、それでも人手が足りない。
そもそも各村や街の男手は兵士として徴兵してしまっている。
残された女子供、そして老人だけでは復興への道はどれだけ掛かるのかわからない。
「民がいくら死のうとも構わない。この戦さえ勝てばいいのだっ」
口角から泡のような唾液を吐き出し、怒鳴り散らす兄王に一瞥をくれる。
意地になっていて戦を止めるという選択はないのだろう。それこそ国の全てが蹂躙されようとも、兄王は戦を止めない。最後には廃墟しか残らなかったとしても。
父の命により助言をしたと考えられる叔父上さえ切ってしまうのだから、恐らく誰が言っても止められないだろう。父王が言っても無理だろう。
だが、現実には一刻も早く戦をやめ、国の回復を図らなくては、民が飢え死にする可能性が非常に高い。暴動さえ起こりかねない。
南では戦により家を失って路頭に迷う者が、北では火の山の影響により家に住む事が適わなくなり流民が多く出ているという。
「この地の異変さえ納まれば戦へ兵力を集中する事が可能です。兵力を増強し、戦況をひっくり返す事も可能です」
「だからなんだというのだっ」
「水竜の神殿へ行ってまいります。これが真に水竜による禍なのか、それとも全く違う要因であるのか。もしも水竜によるものならばすぐに止めるようにと要請してまいります」
「ならぬっ」
「それには首を縦に振るわけには参りません。陛下の御世を磐石なものとし、陛下の御名を列強各国に轟かせる為にも、水竜を押さえ込む必要があります。そしてこれはわたしにしか出来ぬ事なのです」
王を止める。戦を止める。
その為には水竜の力を借りる事も厭わない。かなり不本意だが。
調べたところ、恐らくこれは水竜に関わる天変地異ではないだろう。しかし全く関与していないとも言えないだろう。
少なくともここ最近の天候の不安定さは水竜に関わるものであろう。少なくともそれだけでも止められたら民の苦しみが減る。
そして可能ならば「戦を止めろ」というご神託が欲しい。
水竜のご神託には、さすがの兄王も逆らう事は出来ないだろう。
「ならぬっ。ならぬぞ、祭宮っ」
「陛下の御為。どうか二週間ほどお時間を下さい。陛下の憂慮を取り除く為、水竜の神殿に赴く事をお許し下さい」
戦を終わらせる決断は、兄王の命令が無くては出来ない。
反対をするならば叔父さえ殺すことを厭わないほど戦に固執している現状では、もう誰の意見にも耳を貸さないだろう。
未だ完全な傀儡とすることは出来ず、凶暴性だけが表に出て、扱い難いことこの上ない。
完全に手の内に納めてしまえば戦を辞めることも可能だが、今この時点で戦をとめるためには、不本意だが水竜の威光を借りなくてはならない。
決して目を逸らさず、兄王が首を縦に振らない限り譲らないという意志を明確にする。
射殺さんばかりの視線に対し、王を思うが故に忠臣が為すかのように、決して引かずに兄王を見続ける。
「……二週間だ。それ以上王都を空ける事は許さない」
「畏まりました。では陛下、奥にお飲み物をご用意させますので、お寛ぎになられてはいかがでしょうか」
不機嫌そうだった兄王の顔が綻ぶ。
お飲み物を用意するというのは、裏で薬を用意させるという事であることをここ数ヶ月で兄王は学んでいる。
「祭宮は気が利くな」
「ありがたいお言葉でございます。どうか汚れてしまいましたお召し物をお着替えになり、ごゆっくりお休み下さい。この後始末はわたくしめにお任せ下さい」
「う、うむ。後は頼むぞ」
「畏まりました」
そわそわと落ち着きの無い様子で頷いて、そそくさと玉座を降りて王の私室へと兄王が下がる。
兄王の足音が遠ざかっていくのを確認すると、誰にというのではなく一度頷く。
すると雪崩を打ったかのように大臣や近衛が周囲に集まってくる。
「ギー。明日から水竜の神殿へ行く。ルデア、王に例のものを。近衛、叔父上の容態の確認と、下働きの者を集めて玉座の間を清めよ。大臣たち、戦況の報告と各地の情勢の報告を」
一度に言い切って、そして溜息を吐く。
早く何とかしなくては。これ以上無駄な犠牲を出さないためにも。国が荒廃していくのを止める為にも。