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王子様の恋  作者: 来生尚
運命の日
2/48

 開けられた扉の向こう側で微笑む彼女を見たら、言葉に詰まってしまった。

 こみ上げてくる様々な感情はあまりにも複雑すぎて、ただ泣き笑いのような情けない顔を彼女に向けてしまった。

「ウィズ」

 囁くような彼女の言葉に、一気に理性が瓦解した。

 青褪めた顔で微笑む彼女に、俺は何て言葉を掛ければいいのだろう。

 ただ一つだけ判るのは、愛している。ただそれだけだ。

 情けなくも彼女の横たわる寝台の横に膝を折る俺に、彼女の細い指が伸び、俺の髪を梳いていく。

「濡れてる。雨、それとも雪?」

「ゆ……」

 ぐっと喉が詰まって言葉が出てこなくなった。熱くて重たい塊が、あと一言でも口にしたら全部あふれ出してきてしまいそうだ。

「ウィズ?」

 優しい瞳が俺を見つめる。瞳の中に映った俺は、酷く情けない顔をしている。

 先日会った時よりも幾分か痩せた二本の腕が首に絡みついてくる。

 出来る限り優しく、包み込むように彼女の背に腕を回す。

「おいおい。お前仕事忘れすぎだろ」

 冗談でも言わなければ、ここでみっともなく泣き崩れてしまうかもしれない。

 一応王家の権威だとかってのもあるし、神殿史上において偉大なる存在である彼女の夫という立場もあるし。

 それなのに彼女は俺の耳元でクスクス笑い声を上げるだけだ。

「いいの。ウィズに会いたかったの。だから、いいの」

 そう囁くように言う彼女の呼吸は荒い。抱きとめた体も体温が高いのがわかる。

「無理しなくて良いから。俺はここにいる。だから少し寝ろ。な?」

「ウィズまで口煩くなるのね。もうっ」

 お互いいい年なのに、何だその言い草は。お前は自分の娘の年齢と自分の年齢を履き違えていないか。

 でも、甘えてんだろうな。甘えたいんだろうな。

 それでも今は彼女の体が最優先なので、ゆっくりと腕を解き、彼女を寝台に横たえる。

「ずっとここにいるから。安心して寝てろ」

「絶対? 起きた時にいなくなったりしないでくれる?」

 ちらっと神官たちのほうを見るけれど、誰一人口を挟もうとはしないということは、彼女の意思を最優先にするということだろう。

 祭宮が長逗留をするなど神殿の歴史に前例は無いと思うが。まあ、彼女には前例などというものは通用するわけもないな。

「ああ。いるから。大丈夫だ」

 そう言うと安心したのだろう。微笑んでそのままゆっくりと目を閉じる。

 じっと彼女の横顔を眺め、少しでも穏やかにこの時間が続くようにと心の中で二頭の竜に祈りを捧げる。

 二頭の竜。

 それこそが彼女と俺を繋いだもの。そして引き裂くものになるのだろう。

 出会いはもう二十年以上も前の事になるのだろう。

 小さな村で、彼女と出会った。



 小汚い村だな。せめて道路の舗装くらいすればいいのに。

 まだ明けきらぬ夜道を歩きながら、心の中で悪態を吐きまくっている。

 国王である父の第三王子として生まれ、陸軍で指揮を執る次兄に倣い、海軍に席を置いていたのだが、叔父の死により名誉職があてがわれた。

 祭祀を司る宮「祭宮まつりのみや

 すっごい重要な役割を担うとか肩書きは大したものなくせに、実際には伝書鳩の代わりのような仕事をしている。

 今回は伝書鳩の仕事の中でも最重要項目である「巫女誕生」に立ち会うのだ。

 確かにさ、重要な事だよ。国にとっては。けど、正直俺にとってはどうでもいい。

 水竜の巫女ってヤツは、俺にとっては鬼門に等しい。

 まず、婚約者を水竜の巫女に奪われた。いや、正確には水竜に奪われたが正しいか。

 恋愛なんてものはした事が無いので、婚約者に対して特別な感情を抱いていたかと聞かれると、微妙。

 あれは恋なんてものでもなく、愛なんてものでもないだろう。

 一緒になるのが当たり前。そう決められていたからそうするってだけで、沢山の贈り物も詩人のような愛の台詞も心からそうしたいと思って行った事は一度も無い。そうするのが世の常だから、しただけだ。

 婚約者である従妹の姫君にも粗相が無いように。

 俺から何にも愛の告白一つ無く、贈り物も全く無いというのでは、彼女の名誉に傷がつく。

 その程度だ。

 だが、人から奪われると非常に腹立たしいのは何故だろう。

 それは俺のだ、返せ。

 水竜の神殿に行くたびにその思いに駆られる。

 奪われたから執着しているのか。それとも本当は執着するほどの強い感情があったのか。自分でもまだ上手くそれが整理出来ていないようだ。

 それなのに当の本人は俺のことなど既に過去の存在とでも言わんばかりに、水竜様水竜様とまるで恋する乙女のように。

 実体の無い化け物なんかにどうして恋心を抱けるのか。全く女というのはわからない。

 それを少しでも解明したいという思いと、お役目をしっかりやり遂げないと王宮で何を言われるかわかったものではないという危機感が、珍しく意欲的に祭宮をやるという原動力になっているようだ。

 ああ、それだけではない。

 謎のご神託「そこで運命に会うでしょう」が、俺を突き動かしているのかもしれない。

 このどこにでもあるような村に、俺の運命があるというのか。それは一体どんなものなのか。非常に興味をそそられる。

 運命に出会うでしょうって言っても、人とは限らない。

 まあこの場合は人だと考えるのが一番妥当だが、何か俺の人生を左右するような出来事に出会うって事かもしれないしな。

 どこに落ちてるんだか、俺の運命。

 運命的な出会い。運命的な……。酒飲みながらもそのことばっかり考えて酔えなかったのは、意外にわくわくしているのかもしれない。新しい「何か」に。俺を変えてくれる「何か」に出会う事を。

 もう不遇に追いやられるのは真っ平だ。

 確かに次兄に比べたら能力的に落ちるのは判っている。だからそれは認めている。

 あの人に魅了されない人なんていないだろう。人を動かす為の飴と鞭をあれほど上手く使える人間に、俺は出会ったことが無い。軍属になり、同じ立場になって余計に感じた。

 だがどうして俺ばかりが日陰に追いやられ、せせら笑われ続けなくてはならないのだ。

 少なくとも長兄よりは優れているはずなのに。あのような顕示欲だけ強い男よりも俺が劣っているから、祭宮にさせられたのか。

 モヤモヤとした晴れない気持ちがずっと、心の中に滞留している。

 この醜い嫉妬も、運命が払拭してくれるのだろうか。さすがにそれは他力本願すぎか。

 徐々に空が白んでいき、村の中は朝靄に覆われる。

 どこにいるんだい、俺の運命さん。靄なんかに隠れず、恥ずかしがらずに出ておいで。

 やばいな、まだ酒が残っているようだ。どこか井戸か泉で顔でも洗っとくか。ならばいっそ水竜の祠で顔洗って清めればいいか。

 こんな商店街のど真ん中には無いだろう。村の入り口のほうにもそれらしいものは無かった。ならば奥か。

 土地勘の無い村の中を歩いていくと、何故か人影が一つ。

 こんな時間に人が歩いているとは思わなかったな。しかし丁度良い。祠の場所を聞くか。

「この村の人?」

 恐らく同い年か少し下くらいに見える少女から女性へと脱皮を始めかけているような野暮ったい女に声を掛ける。

「はい。あなたは?」

 そう切り返されるとは思わなかった。しかし本来の身分を名乗るわけにもいかない。

「ああ、俺? 祭りの手伝いで呼ばれた。こんな朝早くでも歩いてる人いるんだな」

 そう切り出した俺に対し、彼女は明らかに警戒心丸出しの顔でめんどくさそうに受け答えをする。

 もしかしたら朝から仕事があったりするのかもしれない。

 それに会話をしているうちに俺の身分に思い当たったりするかもしれない。昨日は村を上げての大歓迎だったし。もしバレると面倒な事になるな。

「そうなんですか。それでは私はこれで」

 横をすり抜けていく彼女の横顔を見守り、そのまま通りすぎようかと思った。なのに口から吐いて出てきたのは全く異なった言葉だった。

「待って。初めて会った人にお願いするのも悪いかなって思うんだけれど、この村を案内して欲しいんだ。巫女が生まれ育った村というのを、見てみたいから」

 後に思い起こしてみれば、どうしてあの時引き止めたのか明確な答えが出ない。

 彼女に興味があったわけでは無い。どうしても水竜の祠に行きたかったわけでもない。

 大体、巫女が生まれ育った村を見てみたいなんていうのも方便みたいなものだった。ある時から非常にその事に興味が生まれたが。

 恐らくイヤイヤ水竜の祠まで案内してくれる事になった彼女は、饒舌とは言いがたい感じを受ける。

 どちらかというと、生真面目で理屈っぽいなというのが最初の印象。

 水竜が巫女を選ぶ理由は何かと話していた時、悩みすぎて迷宮入りしたような雰囲気を感じたせいでもあるんだけれど。

 水竜にとって特別だから、ある一人を巫女に選ぶに決まっている。その理由なんてわかるわけもない。

 ただ何か縁があるんじゃないかなと軽く考えていた俺に、彼女は難しい顔をして特別な何かがなければ水竜には選ばれないのかと俺に尋ねてきた。

 聞かれても答えられるわけがないんだけれど、彼女には大問題のようだった。

 もしかして、巫女に他の誰かが選ばれたのが不満だったのかなと思った。まるでそれが自分が抱いている鬱屈とした気持ちに重なるような気さえする。

「名前、聞いてもいい?」

 黙り込んでしまった彼女の心を和らげたくて、そんな風に切り出した。

「本当はちょっと長い名前だけれど、人にはウィズと呼ばれているから、ウィズって呼んで。俺はあなたを何って呼べばいい?」

 眉を寄せ、彼女は困ったような顔をしてしょうがなくその名を名乗る。

「ササ、です。友達や親にはササって呼ばれています。だからササって呼んで下さい」


 水竜の祠に行くという目的を無事果たし彼女と別れる。

 昼前には祭宮として、本日一つ目のお仕事がある。

 身支度を整え、祭宮として、村長の家へと向かう。俺たち一行を見つめる人の中にササがいないのか、思わず探してしまう。

 祭宮が早朝からうろうろしていたなんて流布された日には、また煩いのに色々言われることになる。

 幸いいないようなので、安心して村長の家での儀式に望む。

 薄暗い部屋、次期巫女承認の席に招きいれられたのがササだと気付いた時、一瞬顔を作るのを忘れてしまった。

 どうしてササがここに……?


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