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王子様の恋  作者: 来生尚
巫女こもごも
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 どこに内通者や暗殺を企む輩が紛れ込んでいるのかわからないので。

 そう言ってルデアはまるでギーがそうするかのように、四六時中傍を離れようとはしなかった。

 故に、神殿までの旅の間、ルデアから様々な知識を吸収するいい機会になった。

 たまたま話は巫女についてに及ぶ。

「水竜の巫女。一体どんな人物なのですか。先の方については存じておりますが、今の方は一切お会いした事も無く、報告書の内容を見ていると非常に頼りない人物のように思えますが」

 ルデアのところに上がってくる報告書には一体どんな内容が書かれているのだろう。

 彼女は神官から見たらどんな巫女なのだろう。

「どういった事が報告書に書かれているんだ」

「そうですね。端的に言うと、頼りないような覇気が無いような。まあ、そんな感じでしょうかね」

「ふーん。そうか」

 そんなもんなのかな。普段会いに行く時には巫女らしくやっていると思っていたのだけれど。

 巫女になる以前に比べたら、とても成長しているように思えるけれど、先の巫女である神官長と比べるとまだまだというところか。

「巫女の十人十色でしょう。この方も恐らく短命で終わるのでしょうね。そうすると次の巫女がいつ誕生してもいいように事前に準備をしておく必要がありますね」

 まあ早々に任期が終わったとしても「巫女だった」という事実には代わりは無いわけだし、俺の思惑には何ら影響をもたらさない。

 彼女自身にも言ったことがあるけれど、巫女だったならば王妃にだってなれる。事実、始まりの巫女を筆頭に、何人もの巫女が王家に嫁いでいる。

 どんな巫女だったかなんて評価はあまり関係なく、ただの村娘を娶るのは不可能でも、巫女だったならば俺が妃に迎えても問題無い。別に時期が早かろうが遅かろうが、たいした問題ではない。

「聞いてます?」

「ああ、聞いているよ」

 ルデアの話に意識を戻し、馬車の中で足を組みかえる。

「この百年以上、歴史に残るような巫女は現れていませんね。そろそろかと思っているのですけれど」

「ふーん。例えばどんな?」

「……あまり神殿史にご興味が無いのはよくわかっておりましたが、せめて巫女の事くらい学んでいただけると大変助かるのですが」

 という前置きをし、ルデアが神殿史を語りだす。

 何でそんな事まで知っているんだ? と聞くのは無粋というものだろう。このルデアという男は、なんとなく興味を持っただけでもとことん調べ上げなくては気がすまないのだから。ルデアの為に博識という言葉はあるのではないかと思うほどに、知識に対して貪欲だ。

 そんなルデアが語る巫女たちの話は、最も神殿にかかわりを持つ祭宮でさえも知らないような、というよりか俺が興味が無くてあまり気にも留めていなかっただけかもしれないような気もするが、巫女の中にも多種多様な人物がいると再認識させるものだった。

 例えば始まりの巫女。

 現在の水竜の神殿の基礎を築き、初めて水竜の声を聞いた人物。

 この辺りが俺の知識の限界だったわけだが、ルデアの語る話はちょっと趣が異なる。

 始まりの巫女は、水竜の声を聴くことだけではなく、その姿を視ることが出来たらしい。視るというのは見るとは異なって、水竜の本体を見るというのとは違い、その精神体を視ることが出来たらしい。

 らしいらしいと伝聞調なのは、そう神殿では言い伝えらているからというのが情報源だからだ。

 ちなみに視る事が出来る巫女というのは、ごくごく稀に現れるそうだ。

 何十年、何百年に一度という割合で。

 そういった聴く能力に加えて視る能力も携えている者のことを、神殿では「類稀な方」と呼ぶらしい。

 その類稀なと呼ばれる人物の中で、更に強い能力を持つ者がいるらしく、その人物は水竜を自らに憑依させる事が出来るらしい。

 水竜は文字通り巫女の口を借りて、自らの意思を伝える事が出来る。

 ただ、憑依させる事が出来る人物は憑依と代償に命を落とす事が多いようだ。憑依したらすぐに死が訪れるというわけではないようだが、その後体調に変調をきたして死を迎える。

 巫女の歴史の中には、そんな悲劇もあるようだ。

 だからこそ、いつ巫女に異変があってもいいように神官長という保険を掛けているわけだ。

 体調不良等により途中で巫女を全うする事が出来なくなった場合、そもそも巫女に選ばれても辞退した場合、そんな時の為に神官長がいる。巫女の座を空位にしない為に。

 そのような場合には、神殿で急遽巫女誕生の儀式を執り行うようだ。

 そもそも外部には巫女がいつ代わったかなどの情報は秘されているので、いつ代わろうが民には全く関係ない。

 興味があるのは、支配者である王族や貴族たちだけだ。

 自分の血族から巫女を輩出することが出来るか。巫女を娶る事が出来るか。

 いつだって、興味はそういった名声に繋がるような事でしかない。

「いつかあなたは巫女を妻に迎えるのでしょう」

「……え?」

 誰にも明かしていない胸のうちを覗き込まれたようで、ぎょっとして言葉に詰まる。

「何を意外そうにしているのです。あなたの婚約者はかつて巫女だったのですから、当然でしょう」

「あ。ああ、ああ。うん、そうだな」

 よほど答えが滑稽だったのだろう。自分でもそう思う。

 ルデアがあきれ返ったような顔をして、ふんっと鼻を鳴らす。

「別にいいですけれど、誰があなたの妃になろうとも」

「先の話だよ」

 ふんっともう一度鼻を鳴らし、ルデアがずり下がってきた眼鏡を戻すように押し上げる。

「一つだけご忠告致しますけれど、あなたはただの王族ではなくカイを継ぐ者なのですから好きだの嫌いだのといった感情だけで妃を誰にするかなど選べませんからね。あなたの立場をより強固にするような人物以外、あなたの横に立つ事は許されない」

「玉座から遠ざけられているというのに?」

「遠ざけられているのではありませんよ。あなたはそこで守られているのです。それがわからないのならば、もう少し周囲に目配りする事をなさったほうが宜しいでしょうね。誰も手出しの出来ない地位に、誰も並び立つ事の出来ない唯一の場所をあなたには与えられたのです。兄上の部下ではなく、兄上や王太子殿下と並び立つ為に。ついでにここまで教えて差し上げる俺にも感謝していただきたいです」

 いつか兄上に言われてた言葉を思い出す。

 父上の意図を理解していないと、あの時兄上は言っていた。だから覚悟が足りない者だと言われるのだと。

 守る為に、並び立つ為に。今この地位があるとルデアは言う。同じ事を兄上も感じていたと言う事なのだろう、恐らく。

 それでも、思う。

「俺は王にはならない。その為に祭宮なんだろう。それが父上の答えだ」

「……あなたは愚かです。祭宮という立場を上手く利用すれば、玉座など容易く己のものにする事が出来るというのに。何故それをなさらない」

 いつもよりも熱くなっているのはわかる。俺も、ルデアも。

「有史以来の前例を覆すつもりは無い。それで、いいんだ。ルデアは俺に玉座に座って欲しいの」

「正直に申し上げても宜しいでしょうか」

「ああ、構わないよ」

「玉座に座るべきです。あなたはその為に姫を婚約者にし、そのお立場を強固なものにしてきたのです。水竜の神殿を後見とし、巫女を妃にし、それは他の王子は持ちえない武器だとは思いませんか。俺だってギーだって、あなたの人柄に惚れたからこそお傍から離れなかった。それは即ちあなたを王にする手助けをする為です。決してこのまま終わらせる為ではありません」

「うん。ありがとう。けれどその計画は最初の一歩で頓挫しているよ。姫はもう神殿の檻に捕らわれて出てくる事はないだろうからね」

 自嘲的な笑みが零れ落ちる。

 それを見た為かどうかはわからないが、ルデアが盛大に溜息を吐く。

「何故それであっさりと諦めてしまうのです。ならば姫の心を引き止めるような努力をなされば良いことです。贈り物でも愛の言葉でも、何でも方法はあるでしょうに。女泣かせの第三王子の異名をここらで如何なく発揮してください」

「……そんな異名は初めて聞いたけど」

 戸惑う俺のことなんて気にも留めるつもりはルデアには無いようだ。

「事実ですから。というわけで、せっかく神殿まで行くのですから、ついでに姫を口説いてきてください。ちょうどいい機会ですよ、頑張って」

 というわりには、何故口元が笑っているんだ、お前は。

 冗談で片付けようとしてるのか、それとも言い過ぎたから誤魔化そうとでもしているのか。ならばこちらも軽口で終わらせてしまうのがいいのかもしれない。

「やだ」

「やだって何ですか。あなた子供じゃないのですから、もう少し言いようがあるでしょう」

「嫌なものは嫌だ。今更口説くとかしたくない」

「あーなーたーはっ」

 どうやらルデアの怒りの炎に油を注いでしまったようだ。でも、出来ないものは出来ない。

 ふいっと横を向いた俺に向かって、ルデアは深い溜息を吐き出す。

 馬鹿だなって自分でも思うよ。

 ルデアの言うようにもっと器用に立ち回ればいいのかもしれない。そうすれば次の王は無理でも、その次の王にだったらなれるかもしれない。

「何故」

 しばしの沈黙の後、絞りだすかのように、感情を一切排した声でルデアが尋ねてくる。

 何故かと問われても、嫌なものは嫌だとしか言いようが無い。

 必死になって上辺だけ取り繕って、裏で様々な手回しをして、時には汚い手を使ってでも王になりたいとは思えない。

 なりたかったはずの王という存在が、今の俺にはさして魅力を感じないものになっている。寧ろ適度に自由で束縛されない祭宮でいたい。

 それは逃げでしか無かったとしても。

「手を伸ばせば手に入るのに、何故」

 何故の問いに対して考える。

 どうして王になりたいと思わないのだろう。どうして祭宮でいたいのだろう。どうしてここに拘るのだろう。

「……欲しいと思わないんだ。玉座も、姫も」

 それが取り繕いようのない本心。

 欲しいものは、自由であったり……。

「なんか辟易しているんだ。この王冠争いに。そこまでして欲しい玉座なんかじゃない」

「あなたは恵まれているから、そのように思うのでしょうね。けれど姫だけは譲れません。どうかそのお心を繋ぎとめる努力をなさって下さい」

「無理。絶対にしない」

「どうしてそこまで頑ななんですかっ」

 少し怒りさえも滲ませるルデアの声を、どこか他人事のように聞いている。

「簡単だよ。俺は姫を愛してはいない。姫もまた俺を愛してはいない。だから元々繋ぎとめるようなものも存在しない。だから無理」

「愛だの恋だの。そんなものは政略結婚には必要ありません。当たり前すぎることをわざわざ言わせないでください。あなたは馬鹿ですか」

 愚弄するルデアの様子に、ふっと笑いが零れる。

 色々ルデアなりに心配してくれているんだろうなと思うと嬉しかったし、思いの丈をぶつけられる事が小気味良い。

 頭の中には愛しいとは言いがたい冷たい瞳の婚約者が浮かぶ。それと同時に「いかないで」といつか俺の腕を握り締めた彼女の顔が脳裏にちらつく。

「じゃあ馬鹿でいいや。俺は愛だの恋だののほうが大事なんだ」

「はあ? 何言ってるんだか、さっぱり理解出来ません。寧ろ脳が理解する事を拒否しているのですが、きっちり説明して頂けるのですね。それを口に出したという事は」

 にやりと笑うと、ルデアが嫌そうに眉を寄せる。

「聞くって言う事は、協力してくれるって事でいいんだよね。ルデア?」

「それこそ嫌です。馬に蹴られて死のうとも、恋路の邪魔をしたくなるのが俺の性。そんなものよりも、自分のお立場を考えて行動してくださいって説教するに決まっているとわかっての発言ですね」

「じゃあ馬に蹴られて死んで来い。んで、今日からは俺の恋路の手伝いしてよ」

「ほんっとうに、あなた馬鹿ですね。今までも馬鹿だ馬鹿だと思っていましたが。どこで恋なんて碌でもないもの見つけちゃったんです。とっとと捨ててきなさい」

 ルデアの言葉が引っかかった。

「ろくでもない?」

「ろくでもないです。そういう無駄な感情を覚えるべきではないと思います」

「ふーん、じゃああの萌黄色のドレスを着ていたお嬢さんに、それを伝えてもいいわけだね」

「どこのご令嬢でしょう」

「ああ、ご令嬢だったんだ。って知っているけれどね。ギーに調べさせたから」

「……殿下」

「それが愛だとか恋だとかってものなら、俺の意見に同意して貰えるだろ」

 掛けていた眼鏡をはずし、頭を抱えるようにして黙り込んだルデアを見つめる。

 ルデア自身がろくでもないものといった恋だの愛だのってヤツは、本当にどうしようもなく人をみっともなくさせるかもしれない。

 それでも、反面やたらと人間臭くていいなとさえ感じる。それは俺もまた、恋なんてものを知ったからなのだろう。

 恋とは人を愚かにする。そんな事を吟遊詩人が詠っていたような記憶がある。確かにそのとおりかもしれない。

 偽りの愛の言葉を囁いて、自分の立場を強固なものにして、そうやって国の頂を目指すのもいいだろう。だけれど、そんな事をしたって空しいだけだと今の俺は知っている。

「欲しいものは、偽れないよ。俺も、お前もさ」

 その存在だけで、俺を玉座から遠ざける。玉座を欲していた俺の心を動かしてしまう。運命ってやつは、目に見える明確な何かではなく、複雑に絡み合っているのかもしれない。

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