2話 神、こっそり助ける
夜の森は静かだった。
だが、その静けさの中に低いうなり声が混じっている。
「グルルル……」
魔狼。
普通の狼より一回り大きく、赤い瞳を持つ魔物だ。
ガルドは剣を握りしめながら森へと足を踏み入れていた。
「村の近くに来るとはな……」
この村は小さい。
冒険者ギルドもなければ、強い兵士もいない。
だからこそ、魔物が近づけば自分が出るしかない。
「……出てこい」
そう言った瞬間だった。
茂みが揺れた。
次の瞬間――
黒い影が飛び出す。
「グォッ!」
魔狼が牙をむき出しにして襲いかかってきた。
「くっ!」
ガルドは剣で受け止めた。
火花が散る。
だが魔狼の力は強い。
ズルズルと後ろに押される。
「思ったよりデカいな……!」
魔狼は普通一匹で行動しない。
だが、今目の前にいるのは明らかに個体が大きかった。
突然変異か、それとも群れのボスか。
どちらにしても厄介だ。
魔狼は再び飛びかかる。
ガルドは横に転がって回避。
そして剣を振る。
ザシュッ。
だが浅い。
「チッ」
血は出たが致命傷ではない。
魔狼の瞳がさらに赤く光った。
怒っている。
「グオオオ!!」
咆哮と同時に突進。
ガルドは剣を構える。
(まずいな……)
正直、勝てない相手ではない。
だが確実に無傷では済まない。
もし噛まれれば。
もし脚をやられれば。
この森では終わりだ。
だが。
(村に行かせるわけにはいかない)
ガルドは踏み込んだ。
魔狼も跳ぶ。
牙と剣が交差する――
⸻
一方その頃。
家の中。
神――ルクスは窓の外を見ていた。
(ほう)
神は戦いを観察していた。
距離は森の奥。
普通の人間には見えない。
だが神には見える。
魔力の流れも、動きも、すべて。
(父親、そこそこ強いな)
農民というよりは元兵士の動きだった。
だが。
(あの魔狼は少し強い)
この世界の基準で言えば中級魔物。
普通の村人では厳しい。
今のままだと――
(怪我するな)
神は少し考えた。
観光中なので基本は干渉しない。
だが。
(父親が死ぬのは困る)
まだこの家で生活している。
住居がなくなるのは面倒だ。
(じゃあ少しだけ)
神は指を動かした。
ほんの少し。
本当に少しだけ魔力を動かす。
人間なら絶対気づかないレベル。
それを――
魔狼の足元に送った。
⸻
森。
魔狼が飛びかかる。
ガルドは剣を振る。
だがその瞬間。
魔狼の足元の地面が――
わずかに沈んだ。
「!?」
魔狼の体勢が崩れる。
一瞬。
ほんの一瞬の隙。
だが戦いでは致命的だった。
ガルドの剣が振り抜かれる。
ザシュッ!!
今度は深い。
首元に刃が入った。
「グァッ!」
魔狼が倒れる。
地面を数回転がり――
動かなくなった。
森に静寂が戻る。
ガルドはしばらくその場に立っていた。
「……勝った?」
魔狼を見下ろす。
確かに倒れている。
だが妙だった。
「今……」
魔狼の足が滑った。
あんな動きはしない。
まるで。
誰かに地面を動かされたような。
ガルドは周囲を見回す。
森には誰もいない。
「……気のせいか」
そう言って剣を収めた。
そして魔狼の死体を担ぐ。
「これなら村の肉にもなるな」
少し誇らしそうに村へ戻っていった。
⸻
家の中。
ルクスはその様子を見ていた。
(終わったか)
神は満足そうだった。
ほんの少し魔力を動かしただけ。
誰にもバレていない。
(完璧だな)
その時。
「ルクス?」
母親が覗き込んだ。
「眠くないの?」
神は赤ん坊の顔をした。
「……あー」
適当に声を出す。
「ふふ、可愛い」
母親が抱き上げる。
神は思った。
(まあ、この生活も悪くない)
だがその時。
神は気づかなかった。
空の遥か上。
この世界を管理している存在が――
ほんの一瞬だけ違和感を感じたことを。
「……ん?」
だがすぐに気のせいだと思った。
まだ。
神がこの世界に来たことには気づいていない。




