1話 神、歩く
赤ん坊というのは、思っていた以上に不自由な生き物だった。
(……まだ立てないのか)
神は床の上で転がっていた。
生まれてから約一年。
普通の赤ん坊なら成長の途中だが、神にとっては少しもどかしい。
何しろ――
(俺、本来は世界創ってたんだけどな)
その神が今は、床でハイハイしている。
しかも段差に引っかかって止まる。
(人間、弱すぎないか?)
だが、これはこれで新鮮だった。
神は今まで「生命」というものを外側から見ていた。
だが今は違う。
生命の内側にいる。
だからわかることも多かった。
(筋肉の発達、骨の成長、神経の繋がり……)
神は自分の体を解析していた。
人間の成長は、実に緻密だ。
神が設計した生命と似ている部分も多い。
(この世界の創造主、結構うまく作ってるな)
少しだけ感心した。
その時。
「ルクスー!」
母親の声が聞こえた。
どうやらこの身体の名前は ルクス らしい。
(まあ、呼びやすいからいいか)
神は振り向く。
母親――エリナがこちらに来ていた。
「ほら、ルクス。立ってみましょう?」
そう言って両手を広げる。
神は少し考えた。
(そろそろ歩いてもいい頃か)
実は神の身体能力なら、とっくに歩ける。
だが赤ん坊が急に完璧に歩いたら不自然すぎる。
なので今まで調整していた。
(まあ今日はいいだろう)
神はゆっくりと立ち上がった。
ふらつく。
わざとだ。
そして一歩。
とてとて。
二歩。
とてとて。
三歩。
母親のところまで歩いた。
「えっ」
母親が固まった。
「えっ、えっ!?!」
そして次の瞬間。
「ルクスが歩いたぁぁぁ!!」
家の外まで聞こえるほどの声だった。
数秒後。
ドアが勢いよく開いた。
「どうした!?」
父親――ガルドが飛び込んできた。
「ルクスが歩いたの!!」
「なにぃ!?」
神は少しだけ後悔した。
(あ、これ騒ぎになるやつだ)
案の定だった。
父親はルクスの前にしゃがみこんだ。
「もう一回歩いてみろ!」
神は仕方なく歩いた。
とてとて。
「おおおおお!!」
父親が感動していた。
「天才だ!!」
(いや普通の一歳児でも歩くんだけど)
神は内心で突っ込んだ。
だが、両親が嬉しそうなので悪くはない。
その時だった。
神はふと気づく。
(ん?)
体内の魔力が少し反応していた。
原因は外。
家の外から――
魔力の気配。
しかも人間のものではない。
(魔物か?)
この世界では珍しくない存在だ。
だが村の近くに来るのは少し珍しい。
神は窓の方を見た。
遠くの森。
そこに黒い影が動いている。
狼型の魔物。
(ほう)
神は少しだけワクワクした。
この世界に来て初めて見る 魔物 だった。
その時、父親も外を見た。
「……チッ」
顔が険しくなる。
「魔狼か」
どうやら父親にも見えたらしい。
父親は剣を手に取った。
「エリナ、ルクスを頼む」
「気をつけて」
父親は家を出ていく。
神は母親に抱かれながら、その背中を見ていた。
(さて)
神は思う。
(観光らしくなってきたな)
この世界には魔物がいる。
魔法もある。
そして危険もある。
つまり――
面白い。
神は少しだけ魔力を動かした。
父親がもし危なくなったら。
ほんの少しだけ助けてやろう。
観光とはいえ、
自分の父親が死ぬのは後味が悪い。
神は窓の外を見ながら思った。
(さて、この世界の魔物はどれくらい強いのかな)




