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『ゼロから始まる世界』-ヒューマン・バリューペイ(HVP)-第1話~第6話

『ゼロから始まる世界』へようこそ。


本作は、貨幣が消滅し、人間の“存在価値”で生活することになった世界を舞台にした、風刺SF×青春群像劇です。


第1〜6話では、主人公・ユウトが「ギャグ」「筋肉」「知識」「友情」といった“価値”を模索しながら、

新しい経済社会の中で何を支払い、何を得て、何を失うのか――その初期の旅路が描かれます。


現代社会や承認欲求、SNS的価値観にちょっと疲れた方にも、クスッとしながら考えさせられる作品を目指しました。

第1話:金が消えた日

 ユウトはいつも通り、通学前にコンビニへ立ち寄った。コロッケパンと紙パックのコーヒー牛乳を手にレジへ向かう。財布を開き、千円札を出そうとしたその時だった。

「お客様、当店では通貨での支払いは取り扱っておりません」

「えっ……?」

 レジの女性は無表情で言った。指差された画面にはこう書かれていた。

金銭制度廃止により、現在はヒューマン・バリューペイ(HVP)をご利用ください。

「ヒューマン……?」

「お客様の提供可能な“価値”を示してください。特技・感情・存在意義・身体性などでのお支払いが可能です」

 ユウトの思考は一瞬で停止した。現金で払えない?価値?何かのドッキリかとあたりを見回すと、前にいた女性客が商品を受け取りながらこう言った。

「このドーナツへの“愛情”、全力で叫びましたから!」

 その瞬間、彼女は大きく胸に手を当てて言った。

「私のドーナツ愛は地球の裏側まで届くほどだああああああ!」

 するとレジはピコンと光り、「価値換算:124ポイント 支払い完了」と表示された。

 店員がにっこりと微笑み、商品を渡す。

「またのご利用をお待ちしております」

 ユウトは背筋に冷たいものが走った。

「……マジで何が起きてるんだよ」

 その後も、髪を逆立ててロックンロールを絶叫して支払う男、倒立して笑顔でうどんを食べるパフォーマー、飼い犬のしっぽの振り具合でポイント変動する老人……コンビニの外は、すでに新しい“通貨社会”になっていた。

 ユウトは震える手でコロッケパンを見つめた。

「……お前に払える価値、俺にあるのか?」

 その問いに、誰も答えてはくれなかった。


第2話:支払え、己で!

 朝の混乱を引きずりながら、ユウトは空腹のまま学校へ向かった。教室では生徒たちが騒然としていた。スマホを見せ合いながら、誰もが話題にしていたのは、昨夜から始まった「通貨廃止」と「HVP制度」だった。

「俺んちの親、家賃を“手品披露”で払ってたらしい」

「うちは昨日から“ツッコミ芸”で生活してるよ」

「俺の兄貴、筋肉見せてクレカの審査通ったって!」

 どうやらこれは夢でも妄想でもなく、現実だったらしい。

「なあユウト、お前は何で払ってるんだ?」

 隣の席のハルが尋ねてきた。ユウトは答えに詰まった。

「……いや、まだ何も。何の価値もないみたいだし」

 ハルは少し驚いたような顔で、スマホを差し出した。

「とりあえず“初回無料スキル診断”やってみろよ。これで自分が何で払えるか分かるらしい」

 ユウトは診断アプリを起動し、いくつかの質問に答えた。

性格:平凡 運動神経:中の下 趣味:ゲーム・ぼんやり 特技:なし

 画面には、冷酷な判定が浮かび上がった。

支払価値:3ポイント(コオロギスナック1/4個分)

「……人間扱いされてないじゃん」

 絶望的な気持ちで下校していたユウトは、駅前でひときわ目立つ人だかりに気づいた。

 その中心にいたのは、薄桃色のワンピースを着た女性だった。彼女はマイクを持ち、突如こう叫んだ。

「このアイスクリームのために、私は“泣きます”!」

 そしてその場で、ボロボロと涙を流し始めた。泣くほど美味しそうなのかと思いきや、どう見ても演技だった。だが、レジの端末は「感情支払い:完了」と表示していた。

「なんでもいいんだ……自分をさらけ出せば、価値になるんだ」

 ユウトはその瞬間、閃いた。

「俺……ギャグ、やってみるか」

 翌朝。ユウトはコンビニで意を決し、コロッケパンを手に叫んだ。

「冷めたコロッケは温められる!でも冷めた恋は……温められねぇッ!」

 シーン。

 レジの画面に表示されたのは——「価値判定:0.2ポイント 支払い不足」。

「……も、もう一回いいっすか」

 ユウトの“ギャグ道”が、ここから始まるのだった。


第3話:変態たちの市場

 日曜日。ユウトは街の“価値市”と呼ばれるフリーマーケットへ足を運んだ。そこは現金不要、すべてのやりとりが「自己表現」で成り立つ場だ。

 入口のゲートで早速、「本日のお支払い手段を提示してください」とAI警備ロボに尋ねられる。

「え、えっと……ダジャレで……」

「認証完了。“寒さレベルC”。入場可」

 市場に足を踏み入れた瞬間、目を疑うような光景が広がった。

 犬の鳴き真似でパンを買う男。指相撲で野菜を得る少女。ラップバトルでマグロを落札するサラリーマン。バレエで肉を交渉する老人。

 すべての行為が、取引。すべての感情が、通貨。

「なんだこれ……文化祭か?」

 と、背後から声がした。

「違うよ、これは“生きるための競り”だよ」

 振り返ると、奇抜な服を着た青年が立っていた。彼の名はジュン。HVP時代を生き抜く「表現決済師」だという。

「お前、初心者だろ?だったら教えてやるよ、今の経済ってやつを」

 ジュンは片手でフラフープを回しながら、歌い出した。

「働くよりも踊れ、稼ぐよりも叫べ、価値を生み出せ、己で支払え!」

 すると周囲のレジ端末が一斉に反応し、ジュンに拍手と商品が飛んできた。

「うおっ、俺チョコ貰った!」

「ジュンさん最高ー!」

 ユウトは圧倒されながらも確信する。

「ここには“変態”しかいない。けど、俺も変わらないと、生きていけない」

 ユウトは深呼吸し、ステージのような即売スペースに上がった。

「俺の“存在価値”、見せてやる……!」


第4話:筋肉は資本だ!

 ユウトは自分の“存在価値”が足りないことを痛感していた。次なる手段を模索する中、思い出したのは、クラスメートが言っていた「筋肉でクレカ審査通った兄貴」の話だった。

「筋肉って……そんなに価値あるのか?」

 疑問を抱えながらも、ユウトは筋肉決済の総本山と噂される「マッスルバンク」へと向かった。そこでは体格の良い男女が次々にバーベルを持ち上げたり、ポーズを決めたりして“支払い”を行っていた。

「次の方、バイセプス認証お願いします」

 受付ロボがマッチョな青年に言うと、彼は二の腕をぷるんと揺らして認証完了。「ラーメン3杯分」の価値があると判定された。

「よう、見ない顔だな」

 現れたのはトグロ兄弟。上下ともに筋肉Tシャツを着た双子の兄弟で、筋肉価値で生活する伝説の存在らしい。

「お前も鍛えに来たか?なら今日から俺たちの弟子だ!」

 その日からユウトは、筋トレ地獄に突入する。スクワット百回で朝食。ベンチプレス五十回で水一杯。文字通り“筋肉で支払う”日々が始まった。

「さあ、筋肉は裏切らねぇ!汗を流せば、それが通貨になる!」

 そして一週間後、ユウトはついに“筋肉スコア:10pt(バナナ1本分)”を獲得。

「……頑張ったけど、思ったより低いな……」

 そのとき、トグロ弟がささやいた。

「筋肉はな、価値じゃねぇ。信用なんだよ」

 筋肉を見せただけで信頼される世界。

 ユウトは初めて、「信じられる自分の何か」を持てた気がした。

 その矢先だった。

「ユウト様、スコア更新おめでとうございます!こちら“筋肉ローンカード”になります!」

「……ローン?」

「はい!将来の筋肉を担保に、今すぐ高級ステーキもご購入可能!もちろん返済は“毎日50回の腕立て”でOKです!」

 ユウトの手には、キラキラと輝く“筋肉専用ゴールドカード”が握られていた。

「まさか……ここも、借金社会かよ……!」


第5話:知識こそ富なり

 ユウトは腕立て伏せの筋肉痛を抱えたまま、図書館の前で足を止めた。「体の次は、頭だ」と心に決めていた。

 この図書館は、通称“知識銀行”。読書量や知識量によって支払いができる、HVP制度の中でももっとも理知的な場所だった。

「知識で支払いたいのかい、若者」

 迎えてくれたのは、白衣姿にゴーグルをかけた中年の男。「教授」と呼ばれる知識界のカリスマであり、この知識銀行の管理人だ。

「この本を読んで、10分以内に内容を要約してごらん。うまくいけば、昼食一食分くらいは稼げる」

 渡されたのは哲学書『存在と無』。タイトルだけでお腹いっぱいになりそうだった。

「う、うう……“存在とは無に挑む概念であり……ええと……”」

 ユウトはなんとか要約らしきことを話しきった。教授は腕を組んで唸る。

「うーん、要点は甘いが、熱意は伝わった。カレーライス一皿分、出してやろう」

 レジがピコンと光り、カレーの引換券が印刷された。

「やった……!」

 だが、この知識経済には落とし穴もあった。

 掲示板にはこうあったのだ——

「知識の誤用・誤引用・不正コピーは禁止。違反者には“記憶課税”が課されます」

 見渡すと、青ざめた顔で脳スキャンされている男や、無限に反復横跳びさせられている受験生の姿があった。

「記憶課税って……知識を得た分、頭の中から何か消されるってこと?」

 教授は淡々と頷いた。

「そう。うまく使わない知識は、不要とみなされて“消去”される。頭のキャパも有限だからね」

 その瞬間、ユウトの脳内に警告が表示された。

【あなたの“九九”と“初恋の記憶”を削除予定です】

「やめろォォォォ!」

 知識は富。しかしそれは、“記憶”との交換だったのだ。


第6話:愛と友情は高額決済

 ユウトは知識でカレーを得た代償に、“九九”と“初恋の記憶”を失った。これにより「6×7=?」の問いに「好きって言われたけど返事してない気がする」と答えるようになってしまった。

 しかし、学んだこともあった。価値があるものほど、何かを代償にしなければ得られない——。

 そんな折、街で「愛と友情フェア開催中!」の巨大な垂れ幕を見つけた。

 どうやら今週限定で、恋愛感情や友情が支払い手段として高レート換算されるという。実際、屋台ではこんなアナウンスが飛び交っていた。

「恋人歴3年のキス写真で焼きそば3皿!」 「幼馴染との感動エピソード朗読でたこ焼き無料!」

 そのにぎわいの中心にいたのは、シズカだった。

「えっ、あの子……前に“泣いてアイスを手に入れた”あの……」

 彼女は“感情支払い”のカリスマ。今では「愛情家ラブリスト」として名を馳せ、ありとあらゆる“想い”を価値に換えていた。

「このソフトクリーム、私の“片想い三連敗”で買いました」

 そう言って微笑むシズカの姿に、周囲から「せつな可愛い!」と評価ポイントが乱れ飛ぶ。

 しかしその裏では、“感情偽装詐欺”も横行していた。

 偽装恋人を雇って過去エピソードをねつ造し、高級焼肉を食べるグループ——そのひとりが、ユウトのクラスメートだった。

「ユウト、お前もどうだ?俺の“架空彼女”演じてくれよ。分け前は5:5でさ」

「断る。……俺、試してみたいんだ。本物の友情って、価値になるのかどうかを」

 その言葉を聞いたシズカが、初めてユウトに目を留める。

「あなた……本気で言ってるの?」

「うん。今の世の中じゃ馬鹿げてるかもしれないけど……俺、君と友達になりたい」

 その瞬間、街の決済端末がざわついた。

 ピコン、ピコン……

【“真心友情”認証 信頼度:99.2% 換算値:プレミア級】

「うわっ、出た!友情レアカード!」「恋愛より高ぇ!」

 シズカはそっと笑い、ユウトの手を取った。

「じゃあ……友達として、一緒に焼きそばでも食べましょうか」

 愛も、友情も、偽っては価値がない。

 本物だけが、未来を支払えるのだ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本作では、誰もが自分自身を“通貨”にせざるを得ない世界で、

主人公が「人の価値って何だろう?」と真剣に悩み始める姿を描いています。


笑ってもらえるか、評価されるか、知識で生き延びられるか――

そんな疑問にぶつかりながらも、“本物の友情”や“信頼”の価値に出会う姿を、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。


第7話以降では、社会の根幹にあるHVP制度との直接対決へと進みます。引き続きよろしくお願いいたします。

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