コード・ゼロ ―異能世界で最弱と呼ばれた俺は、すべてを支配する―
よろしくお願いいたします。
二十××年、五月一日。午前零時ちょうど。
空気が、震えた。
脳の奥を直接ノックされるような電子音。空間に、白い文字列が浮かび上がる。
【システム起動完了】
【各個体に異能コードを付与します】
【あなたの異能:『■■■■』】
「……な、に……これ」
自宅のベッドで目を閉じていた俺――日向 蓮は、その光景にただ呆然とするしかなかった。
その日を境に、世界は変わった。
全人類に“異能”が付与されたのだ。
異能社会元年。
人々は、自分の異能ランクに一喜一憂した。
ランクはEからSまで存在し、一部には“???”と表示される例外もあった。俺がまさにそれだった。
【個人異能:不明】
【ランク:???】
【内容:非公開】
最初の数日は、好奇の目を向けられた。けれどそれはすぐに、「無能」というレッテルに変わった。
「なんだよ、結局能力なしってことか?」 「ハズレコードかよ」 「いても意味ねぇな」
異能バトルが日常となった学校で、力を持たぬ者はただのサンドバッグだ。
Eランクの炎使いに背中を焼かれ、Dランクの強化系に教室で吹き飛ばされる。
教師すら見て見ぬふり。異能格差はすでに法と倫理を壊していた。
あの日、事件は突然に起きた。
「おい蓮、お前にも異能ってもんを教えてやるよ」
廊下で俺を囲んだのは、Cランクの“念糸使い”こと、佐々木 一也。その指先から伸びる透明な糸が、俺の首に巻き付いた瞬間――
頭の中に、声が響いた。
【異能コード:CODE ZERO 起動】
【対象異能を解析中……完了】
【異能:“念糸操作”を無効化しました】
【同異能を複製しますか?】
→YES/NO
「は……?」
直後、俺の手から糸が伸びた。
「う、うそだろ……!?」
一也の糸が崩れ、俺の糸が逆に彼の腕を拘束する。
混乱する俺の脳に、新たな情報が注ぎ込まれる。
【CODE ZERO:効果概要】
■ 異能無効化
■ 異能複製(任意)
■ 異能上書き(複数融合・書換)
【特記事項】
・自身のステータスおよびランクは“常時秘匿化”されます。
・世界に存在する全異能を対象とします。
「……なんだ、この力は……?」
俺の中で、何かが目覚めた。
それからというもの、俺は異能を奪い、複製し、上書きする者となった。
無能力者と侮った相手に接触するだけで、その異能の構造を把握し、無力化する。
Bランクの“瞬間移動”持ちが俺に触れた瞬間、動けなくなり、同じ能力を得た俺が校舎の屋上に消える。
Aランクの“重力操作”も、Sランクの“時の干渉”も。
すべて、俺の中に取り込まれていく。
だが、俺はそれを――使わない。
気づかれぬよう、静かに、少しずつ、世界の異能構造を収集し、再構築していった。
数ヵ月後、突如現れた「異能王」を名乗る少年。
Sランク異能を4種も同時に使いこなし、国家を掌握したと自称する彼は、テレビに映るたびに言った。
「人類は、異能に従うべきである」
法をねじ曲げ、人権を奪い、企業を軍事組織化させ、まさに“支配”そのもの。
……だが俺は知っていた。
彼の使う異能のすべてが、かつて俺がコピーした構造と一致していることを。
「“上書き”か……俺のコードが、利用されてる」
俺の力は、誰かに流出していた。
気づかれないうちに、システムに侵入してきた何者かに。
そして今夜。
俺は“異能王”の支配する首都中枢、セントラル・タワーに立っていた。
「ようやく来たか、コード・ゼロの所有者よ」
異能王が口元を吊り上げる。四種の異能が暴風のように舞う。
「お前の力はもう必要ない。ここで終わってもらう」
「……違う。終わるのはお前だ」
俺は右手を前に出す。
【CODE ZERO:発動】
【全周囲異能構造を解析】
【対象のコードを完全無効化します】
「ば、馬鹿な……!?俺の異能が……消えていく……!?」
「お前がコピーしたのは、ただの一部。本体はここにある」
力が、世界を支配しようとした時。
それを無に帰す者が、俺だった。
異能王が倒れた直後、空に新たな文字が浮かぶ。
【CODE ZERO:目的完了】
【異能社会の均衡を修正しました】
【再起動までの猶予期間:30日】
【その後、全コードは初期化されます】
「初期化……ってことは」
異能は、再びリセットされる。
そして、また新たな“世界”が始まる。
その日から、俺はコードを隠し続けながら、普通の高校生活に戻った。
いや、“普通風”というべきか。
廊下を歩けば、生徒たちは道を開ける。教師も、敬語で話す。
異能を見せないだけで、俺が“何か”であることは、みんな知っているらしい。
「おい日向、次の模擬戦、俺とやらね?」
「……やめとけ。退屈だから」
世界が変わっても、人は変わらない。
けれどその裏側で、俺の中のコードは今日も静かにうなっている。
――次の再起動に向けて。
ありがとうございました。