思い出の場所は
目的の駅で、改札を抜ける。
来たことのない街の匂いがする。
(右も左もわからないっていうけど、右は右。左は左だよな。
西も東も じゃないか?)
八ヶ代が上の空なので、ひとりで慣用句にマウントを取る。
「着いたな。」
「ああ。」
改めて八ヶ代を見る。
(電車に乗ってる時よりはましか。)
上の空に変わりないが、さっきよりはやる気がありそうだ。
「最初の目的地は?」
「えーと、あっち..かな。」
(だいたい、西だな。
マンガで読んだんだ)
太陽の位置とアナログ時計をつかって、方位を確認する。
スマホの地図アプリを使えばいいのだが...
(雰囲気だよ 雰囲気)
俺が方位を確認しているあいだに、八ヶ代はずいぶんと進んでしまっていた。
小走りで追い付こうとする。
重いリュックがガシャガシャと揺れて、走りずらい。
騒音に気付いた八ヶ代がこちらを振り向く。
「はは!何入ってんだよ、それ」
今日初めての笑顔を見せる。
「うっせぇ!念の為だよ!念の為!」
(ひと笑いとれたし、無駄じゃなかったかもな)
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最初の目的地は、児童センターだった。
「なぁ、どうだ?」
「うーん、時計は似てるけど、景色が全然ちがったな。」
今回探している時計は、数メートルの支柱の上に大きな時計が乗っているタイプだ。
それが"モニュメントクロック"と呼ばれていることは、今回ことで知った。
ちなみに候補地は3つある。
児童センター
公園
学校
つぎは公園に行ってみることにした。
「うーん、景色は似てるような気がするけど、時計がな。」
確かに景色は近い様な気がする。
動画の荒い画質でわかりにくいが、かなり近い。
しかし、時計が違うのだ。
「デザインっていうか、支柱の数がちがうよな。」
ここまで惜しいと、もはや思い違いなんじゃないかと思えてくる。
考えてみれば、それが自然な考え方だ。
偶然見つけた動画が昔の地元だなんて。
「学校は...やめとこうか?」
精神的にも疲れたような八ヶ代を見かねて、提案してみる。
しばらく迷ったようだが、ダメ元で見に行くことにした。
「やっぱり...全然違うな。」
学校の時計は、デザインも景色も全然違った。
やはり思い違いだったのだろう。
「帰るか。」
「ああ。」
明らかに落胆した様子だ。
俺は、なんとか気分を変えようと、話題を探す。
「あれ?蒼くん?」
通りがかりに声をかけられる。
おじさん...という年齢の人だろうか。
八ヶ代は、少し思い出すような仕草をしてから、挨拶をした。
「お久しぶりです。」
このおじさんは、同級生の父親だそうだ。
小学生のころ、よく遊びに行っていたらしい。
「久しぶりだね、どうしたの?」
"超能力者探し"と言うのも少し恥ずかしい。
"動画を見てたら懐かしい景色に似ていた"とだけ説明する。
「そっかぁ
ちなみに、どんな景色か見てもいいかい?」
スクリーンショットしておいた、動画の切り抜きを見せる。
「うーん、あ
これ、あの公園だね!
いや、懐かしいなぁ」
その公園には既に訪ねたと、説明する。
「去年か一昨年だったかなぁ
この時計、建て替えたんだよ
老朽化だって。」
俺と八ヶ代はおじさんにお礼を言って、走り出す。
「あったんだな」
「ああ。あった」
期待に満ちた表情。
根本的な疑問は解決していないが、前に進んだ実感がある。
公園の時計を改めて写真に収め、帰りの電車に乗った。
充分な満足感があり、今日はよく眠れそうだ。
同時に気が抜けたからか、脚の疲れがいっきに来る。
八ヶ代も席に座るなり眠っていた。
膝に抱えたリュックによりかかると、俺も眠りに落ちていった。
(やっぱり、ランタン3つは、要らなかったよなぁ)
次があれば、2つにしようと思った。