16歳のはじまり[Ⅲ]-6歳の初恋-
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宮殿はそれはそれは広く、毎日アデルの遊び相手として出入りしていても6歳の少女が覚え切れる造りではなかった。かくれんぼをするには絶好の場所だが、鬼に選ばれた人は探し出すのに苦労するのだった。
アデルも例外でなく、その日2回目のかくれんぼで鬼になり、ハンナとエッダを探し出すのに時間がかかっていた。
実は要領のいいエッダが鬼になり1回目のかくれんぼはすぐに終わってしまったため、ハンナは今度こそ見つかるまいと躍起になって隠れスポットを点々としていた。
夢中で歩き回り辿り着いた先は全く見覚えのない場所だった。目の前には大きな扉があり、隙間から光が漏れていた。どう見たって重厚で装飾も皇室のシンボルが彫られ、大事な部屋だとわかる見た目だったが、好奇心旺盛な6歳の少女には入る以外の選択肢などなかったのだ。
隙間を潜り抜けて入った部屋には、大きな天体模型のようなものが置かれていた。
少女の10倍はありそうな程大きな天体模型は、太陽系を示していた。偉大なる宇宙の銀河のうちの1つ。月の国ノイモーントは、この太陽系に属している。
「天体模型と…時計?」
よくよく観察すると、天体模型の中の惑星には時計がはめ込まれていた。それぞれの時計はどれもバラバラの時刻を指していて、一定の時間が経てばその惑星が動く仕組みのようだ。
薄暗いはずの部屋の中、その天体模型は優しい輝きを放っていた。すっかりかくれんぼのことを忘れたハンナは、ただ漠然とゆっくり動き続ける天体模型を眺め続けた。
ところで、月の国ノイモーントには宇宙物語という伝承があり、昔話のように赤子の頃から繰り返し聞かされる話があった。そのせいか、6歳の少女であっても、目の前の天体模型が太陽系を示していることや、自国がどの衛星にあるのか、それぞれの惑星はなんという名前なのか、理解することができるのだった。
「あれが太陽で、あれは金星ね……。
私たちの国と近いのは、あの青い星!
えっと名前は…」
ハンナは、もう何回も母親に聞かされた話を復習するように、天体模型で惑星を観察した。
自国の衛星がその青い星を回っているのだ。そんな重要で1番身近な惑星の名前が思い出せず、近づいて確認しようと触れた瞬間、ハンナは眩しい光に包まれた。
触れた手から光の粒子が散らばり、段々とハンナの身体を包み込んだ。目も開けていられないほど光が強くなり、次第に音も聞こえなくなった。ただただ宙に浮いているような感覚が続く。十数秒ほど経った頃、今度は人の話し声が聞こえてきた。
「お母さん、こっちだよ!」
(誰?アデルでもエッダでもない…)
ハンナが目を開けると、目の前には同じ年頃の男の子がいた。
「君…外国の子なの?」
「がい、こく……、ここどこ?」
「ここはとうきょーだよ」
「とうきょー…」
聞いたことのない地名に、知らない男の子。
ハンナは段々と知らない場所に来てしまったことを理解しだしていた。
周りにはあの天体模型もなく、ハンナが倒れている地面は草っ原だった。さっきまであの部屋にいたのに。明らかに違う光景に恐怖も追いついてくる。
「うぅ、とうきょーなんて知らないっ」
「え!じゃあ君どこから来たのさ」
「さっきまでお城にいたの!アデルとエッダと!」
「お城から来たの?」
「もうわかんない!」
混乱しているのはこちらなのに、質問を投げ続ける目の前の男の子に腹が立つ。
「お母さん、、お母さんに会いたいっ」
寂しくて怖くて、我慢していた涙が溢れてきてしまった。涙を流す目の前の少女にギョッとした男の子は、咄嗟にハンナを抱きしめた。
「大丈夫だよ、俺が一緒に探すから」
ポンポンとリズム良く背中を叩く小さな手が温かくて。張り詰めていた緊張感が解かれ、ハンナは赤子のようにわんわんと声を上げて本格的に泣き出した。