16歳の始まり[Ⅱ]
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ハンナはアデルと一緒に馬車に揺られ宮殿に向かっていた。
出る前には明るかった空も段々と暗くなっている。
首都の町並みはいつもよりも明るく照らされ、あちこちで可愛く着飾った少女やビシッと決めた少年を見かける。こんな景色も年に一度だけ。完全にお祭りムードで国全体が浮足立っていた。
「もう着くぞ」
アデルの言った通り、数分で馬車は宮殿に着いた。
既に何人もの参加者が到着しているらしく、まだ宮殿の外だというのにざわざわと騒がしかった。
嫌で嫌でたまらないけれど、仕方なくアデルに腕を回して会場に入る。
瞬間、先ほどまで騒がしかった会場は静まり返り、その場にいた全員が息を飲んで美しい二人の男女が階段を下りる様をじっと見ていた。
「だから嫌なのに。アデルと一緒だと注目されるわ」
「言ってろ」
会場に降り立ったアデルはすぐに令嬢たちに囲まれる。
(一緒に会場入りしたしもうお役御免かしら。)
ハンナが腕を抜いて離れようとすると、アデルは脇を締めて抜けないようにした。
「ちょっと何よ」
「いいか、お前は今日も誰とも踊るなよ」
「言われなくても壁の花に徹底するつもりよ」
「よし。見てるからな」
ハンナはすっと腕を抜いてアデルの傍を離れた。令嬢たちのライバルを見るような目線にはとても耐えられない。私は無害ですよーの態度をみせないと厄介なのだ。
(それにしてもアデルのやつ、どんな立場で誰とも踊るななんて言うのよ!)
腹が立って仕方がない。本当にいけ好かない厄介な幼馴染である。
他の令嬢達ほどではないが、ハンナは幼い頃から母に連れられてパーティーやらお茶会に出向いていたため、それなりに見知った顔は見かける。ただ、簡単な挨拶を交わして終わるだけで、パーティー中ずっと一緒に過ごせる友達は一人しかいない。
「おーい、ハンナ!」
会場中に響く声の方を振り返る。そこには、シルバーブロンドの髪を一つに束ねた背の高い端正な顔立ちの男…ではなく、この国の公爵令嬢エッダ・クレーフェが令嬢たちの黄色い歓声とともに階段を下りているところだった。そこらにいる男の子たちよりも注目を浴びている。アデルに負けず劣らずの人気っぷりだ。
彼女こそ、ハンナの唯一の友達であり、アデルと同様幼馴染の一人である。
由緒正しき公爵家の次女として生まれたにも関わらず、公爵夫妻はエッダを自由にしていた。その結果、パーティーにテールコートを着る令嬢になってしまったのだけど。
一昔前の舞踏会で令嬢がそんな格好をしていたら、それこそ家紋に泥を塗る行為であっただろう。貴族階級やうるさい風習を緩和させた偉大な皇帝陛下に対して、エッダは足を向けて寝れないことだろう。
「エッダ、あなたのご両親は今日の格好をなんとおっしゃっていたの?」
「兄さんかと思ったと泣いて喜んで下さったよ?」
「果たして本当に喜びの涙なのかしら」
ハンナが宮殿に通っていた頃は、ハンナとアデル、エッダの三人で遊んでいた。アデルなんか、エッダのことを男の子だと勘違いして、お花を摘みに行く私たちを見て「そんなところにまでエスコートするなんてはしたない!」と叫んでいた。おかしくて2人でしばらくアデルを騙し続けたが、惜しくも6歳の頃にバレて怒られたのであった。
「ハンナは、、今日は一段と綺麗だね」
「もちろんよ!あの日から今日にかけてたんだから!」
「そうだね。ハンナにとっては運命の日なわけだ」
そう。今日はハンナにとってまさに運命の日だ。通過儀礼である惑星への3年間の滞在は、ハンナが地球である人にもう一度出会うための手段である。
「6歳の頃からだから…ちょうど10年ぶりだね」
「10年待ち望んだのよ!絶対にこの手で地球を掴み取るわ!」
10年前。
まだお母様がいて、宮殿に通ってはアデルとエッダと遊ぶ幸せな日々だった。その日もいつもと同じように、アデルとエッダと宮殿でかくれんぼをして遊んでいた。おバカなアデルを鬼にしてしまったせいか。中々見つけてくれず暇になったハンナは宮殿を探索していた。