第七話:日向の覚悟
諒と萌絵はあの後、二人で『コックス』に向かうと、日向達四人と合流したのだが。
あまりに露骨に機嫌の悪い顔をしている萌絵を見て、日向が何とも困った顔をしてしまう。
諒に説得されたなら、二人の行動を認めてくれるだろうと思っていた蒼も。今までここまで露骨な顔をしたのを見たことがなかった椿や香純もまた、あまりの事に緊張を隠せない。
六人もいながら、誰も話そうとしない謎の緊張感に包まれた空気の中。
ふっと苦笑した後、諒は空気を読むことなく口を開いた。
「それで、日向さん。話って何かな?」
「え? あ、うん……その……」
話を促されたものの。未だ表情の変わらない萌絵が気になり、ちらちらと視線を向けてしまう。その視線を感じ、萌絵がじろりと彼女を見つめ返すと、日向はギクッとした。
「早く話して」
「あ、う、うん」
──もしかして……諒君の説得でもダメだった訳!?
日向は香純の告白の後、蒼や椿から、裏で諒が色々と協力のため駆け回っていた事を聞いた。
だからこそ、彼が萌絵を説得してくれるなら、何とかなると考えていたのだが、間違いなくそんな雰囲気にはなっていない。
とはいえ、ずっと何も話さないわけにはいかないっと、日向は自信なさげに諒と萌絵に向き直った。
「あ、あのね。妹ちゃんや蒼君から聞いたんだけど、諒君が今回のなりきりフェスの件、裏で皆に色々働きかけてくれたって、本当?」
「……働きかけたって言うほどのこと、したつもりはないけどね」
「でも、妹ちゃんのキーボード代出したんでしょ?」
「え?」
その言葉に驚きを返した彼が思わず香純を見ると、彼女は少し目を泳がせた後、俯いたまま肩身狭そうに縮こまる。
「お兄……ごめんね。お母さんに聞いたの」
「……そっか」
「あの……ありがと」
「いいよ。気にしなくて」
優しく笑う兄を見て、ふっと肩の荷が下りた香純にも笑顔が溢れた。
「椿さんにお願いしたのも諒君なんだよね?」
「丁度会う機会があったから、その時に。まあ、でも椿さんなら日向さんが話しても、快く受け入れてくれたと思うけど」
そう言って椿を見ると、
「確かにお話があればご協力はしようと思いましたが、諒様が先にお話してくださったからこそ、戸惑いなく受け入れられたのですよ」
と、これまた優しい笑顔を浮かべる。
「ごめん。香純ちゃんからキーボードの話を聞いて、きっと僕だけじゃなく、椿さんにもこっそり話をしてそうだなって思って。日向さんにそう伝えたんだ」
「まったく。蒼は相変わらずだよなぁ。こっちが日向さんや香純に気にしてほしくないから隠してたの知ってるだろ?」
「勿論。だからこそさ」
してやったりな顔をする蒼に諒は思わず呆れてみせた。
「ねえ諒君。何でそこまでしてくれるの? やっぱり妹ちゃんの為?」
「うーん。それはないって言ったら嘘になるけど……」
日向が不思議そうに問いかけると、彼は少し考えた後、にこりとする。
「蒼から話を聞いた時、二人はすごく楽しみにしてるかなって思って。だからかな」
「でも、お金だって凄いかかった訳でしょ?」
「まあね。でも、これでも香純よりは貯金してるし」
「お兄! そういう事言わないでよ!」
不貞腐れる香純に、日向を除く皆の表情が緩む。
「確かにキーボードはちょっと高かったけど、それ以外にお金掛かりそうな部分は、椿さんとか蒼に頼れそうだったのもあったし。動画撮るのは俺でも少しはできるから、後は衣装代かな?」
「動画? ……あ!」
日向はまったく頭においてなかった事を諒が口にしたことに、思わず口に手を当て驚きを見せた。
「ね? ね? その辺って任せちゃってもいいの!?」
「そのつもりだよ。流石に凄い機材まで用意はできないけど、俺の使ってるデジカメの動画撮影機能って、YourTuberの人も結構使ってるみたいだからいけるんじゃないかな。編集は蒼が詳しいし」
「PCのスペックも足りてると思うし、そこは僕も協力するよ」
──諒君ってば、やっぱ凄すぎるよ。
自分の手落ちすらもしっかりと抑えている諒の心配りに嬉しそうな笑みを浮かべる日向だったが。はっと萌絵の表情が未だ不貞腐れ気味なのを見て、思わず顔色が気になりまたも萎縮する。
「……で。日向は私にも話があるよね?」
「う、うん……」
ちらちらと様子を伺う日向と、怒りすら感じる萌絵の空気に、周囲も緊張する中。
「……あの、萌絵。私、なりきりフェス、参加したいなーって思ってる」
「どうして?」
「勿論Two Rougeに逢いたいのもあるけど……皆も、協力してくれるって言うし……。ね? ほら。準備もこんなにしてくれてるのに、無駄にしたらいけないじゃん?」
乾いた笑いでそう語った彼女を見て、萌絵はじろりと視線を向けると。
「……日向。そんな理由なら、今すぐ皆に謝って、参加取り止めて」
そう冷たく言い放った。
これに日向以上に驚いたのは諒だ。
「も、萌絵さん!?」
「諒君も黙って聞いて」
今までにない真剣な、しかしどこか怖い雰囲気の彼女に、思わず諒もその場で縮こまった。
「日向。あなたは諒君達がもしこうやって裏で協力してくれる話をしてなかったら、参加はしなかったの?」
「え? あ、その……」
「ただ勢いで参加を決めたんだったら、高い楽器まで買ってでも頑張ろうとした香純ちゃんに失礼だよ。彼女なんて中学生だよ?」
「それは……」
「私は、諒君も。蒼君も椿さんも。本当に優しいと思う。確かに参加するのに色々協力してくれて、環境が整ったから参加したいって気持ちも分からなくないよ。でも、もし皆が協力してくれなかったとしたらどれ位お金掛かるとか調べた?」
「えっと……少しは……」
「でも動画の話とかまで考えてなかったよね?」
「う……」
萌絵の言葉にぐうの音も出なくなった日向は、思わず俯いて唇を噛む。
「本当なら学生が遊びで掛けるようなお金じゃ済まないんだよ? だけど、諒君は蒼君から話を聞いて、そういうのを一晩かけて一所懸命調べて、大変さをより理解した上で、たった二日の間に皆に協力して欲しいってお願いしたの」
「え? お兄、そんなことしてたの?」
その言葉に驚いたのは香純だった。
彼女の戸惑いに、諒はふっと笑う。
「お前が日向さんの家から帰って来てから様子がおかしかったから、その日には蒼に電話して事情を聞いたよ」
「嘘!? じゃあその日にはフェス参加に何がいるとか、幾ら掛かりそうって計算してたの?」
「うん。ざっくりとだから、あまりあてになるか怪しかったけど」
驚く日向に、困った笑みを浮かべ頭を掻く諒。
これには椿や香純も愕然とする。
「翌日、諒から連絡貰って話を聞いて驚いたよ。プロデューサーにでもなるかと思ったし」
「そういう訳じゃないって。気になって勝手に調べただけだし」
場の空気を和ごますように、微笑みながら語る蒼と諒が笑みを交わす。
そんな二人の笑みを少しの間見つめた萌絵が、真剣な表情を崩さずに日向をじっと見る。
「……いい? 日向。諒君は今日、あなたの為に私を説得しに来た時、こう言ったの。『二人が今回のイベント頑張りたいって夢を持ってるなら、応援したい』って。……諒君はそこまで本気であなた達の事考えてくれたんだよ? それなのにあなたは何なの? 私は確かにあなたに苦言を呈そうって思った。でも、私に強く言われたら、参加止めちゃうような軽い気持ちなの? そんな気持ちで皆を巻き込んだの?」
少し目を潤ませた萌絵を見て、日向は何も言えなくなった。
確かに、イベントではあるし、気軽な気持ちで参加するのが悪いわけではないだろう。
ただ、それなら色々と妥協して、軽い気持ちでやれば良かっただけ。
だが、あのイベント発表を聞いた時。
後先考えていなかった反省もあるが、本気で頑張りたいと思ったのは確かだ。
香純という最高のパートナーもいたのも大きかったし、この機会は逃せないと思ったのは間違いない。
「……ごめん」
ぽつりと、日向が呟く。
心底悔しそうな顔で。
「……いいんじゃないかな?」
と。
そんな彼女に短く返したのは、笑顔の諒だった。
「何かしたいって思うのって大事だし、凄い事だから。だから香純だって、出来る限りの事しようと思ったんだろ?」
「……うん」
「だったら、折角だし頑張ってみよう。こういうのって機会逃したら一生経験できないかもしれないし。勿論、ちゃんと応援するし、協力するから」
「……諒君……」
申し訳なさそうに顔をあげた日向は、
──あ〜。やっぱり私、ダメだなぁ……。
そう心で強く感じてしまう。
彼女は、嬉しかった。
知り合って決して長くない友達。
自分が心の奥底で恋焦がれる相手。
そんな彼がここまで優しさを見せ、ここまで応援してくれる。
それが、本当に嬉しくて仕方がなかったのだ
「……萌絵。ごめんね。確かに私、考え甘かったと思う」
「うん」
「でも私、やっぱり頑張りたい。妹ちゃんの頑張りにも、皆の協力にも応えたい」
「……うん」
「最初っからしっかり決意できなかったけど、今は大丈夫。だから、やってみる。良いよね? 妹ちゃん」
「はい。私は最初からそのつもりですから」
日向の視線に笑顔で頷く香純。
そんな二人を見て、横目に視線を重ねた諒と萌絵も互いに微笑み。
椿と蒼もまた、互いに安堵の笑みを見せる。
こうして、日向と香純の挑戦が始まることになったのだった。




