第五話:話の裏に
翌日。
ゴールデンウィークも最終日となった祝日の昼過ぎ。
日向からの誘いで水宮駅前のファミリーレストラン『コックス』に集まったのは、彼女と香純、蒼、椿。
それは立場こそ違えど、直接イベントの告知を見ているメンバーだった。
彼女達はテーブル席に仲良く向かい合い座り、飲み物も用意し一息ついた所だ。
「皆、集まってくれてありがと。椿さんもライブ明けで休みたい所ごめんね」
「いえ。お気になさらないでください」
いつになく真剣な顔の日向。
──随分気負ってるね……。
蒼は心の中でそんな事を思うも、敢えて口にはせず普段通りでいる事に決めた。
「妹ちゃん。諒君に今回の件って話をしたの?」
「あ、いえ。ちょっとタイミング逃しちゃってて……」
困ったような顔で俯く香純だが、これは本当の話だ。
母親から、彼がショルダーキーボード代を肩代わりしてくれた事を知ったものの、その件を話そうと思う前に、安心して寝付いてしまい。
朝には既に諒が出掛けていたため、結局礼を言う機会を逸して今に至っていたのだ。
「そっかぁ。まあ私もまだ萌絵に話せてないんだよね〜」
「そうなのですか?」
「うん。萌絵ってこういうのに否定的っていうか、きっと私が本気で頑張るって言ったら怒りそうでさ〜。『こんなにお金とか掛けるなんて無茶はダメよ!』、とか言われそうだし……」
多少なりとも今回の計画の無茶を知るからこそ、日向もまた困った顔で両手を頭の後ろに回し天井を見上げた。
「あの。お二人はやはり、『Two Rougeなりきりフェスタ』に参加されるおつもりですか?」
「うん。私は本気で頑張りたいんだけどな〜。妹ちゃんもそうだよね?」
「は、はい」
緊張した面持ちで頷く香純に、頷いた日向もこくりと頷くと、彼女はじっと蒼と椿を交互に見つめた。
「それでね。萌絵や諒君にも納得してもらう為に、外堀固めようって思ってるんだけど、そこで二人に協力して欲しいの」
「勿論、頑張るというなら応援はするけど、協力って具体的にどんな事すれば?」
至極最もな質問を返した彼に、日向は真剣な目を向ける。
「蒼君には、諒君と萌絵を説得して欲しいの」
「僕が?」
「そ。私と萌絵が話したら絶対話が拗れるし。それに妹ちゃんもショルダーキーボード買う話なんてしたら、きっと諒君に小言言われそうじゃん。だからそこをうまーく話して欲しいの」
その話に、香純はギクッとする。
既にその話に方がついた話だが、まだ、彼女に出来ていなかったからだ。
だが、タイミング的に言い出しにくくなってしまい、そのまま俯き塞ぎ込んでしまう。
それに気づかない日向は、次に椿を見つめた。
「椿さんにはその……自宅にあるスタジオ、借りれないかなーって」
「私の家の、ですか?」
「うん。色々考えたけど、練習する場所とかの充てもないし、お金もめちゃめちゃ掛かっちゃうしで正直八方塞がりでさ〜。だから少しでも予算を抑えるのに、せめてスタジオ代だけでも浮かせたくって……。お願い!」
「お、お願いします!」
まるで神頼みするように両手を合わせた日向と、頭を下げた香純を見て、蒼と椿は一度顔を見合わせると、何方からともなく、ふっと笑みを交わした。
──「スタジオの件と香純の楽器の件は目処をつけたから、日向さんからこの辺相談があったら、協力してあげてくれる?」
蒼は昨晩、諒から電話を受けてこんな話と共に、状況を話して聞かされていたのだが。
同時にこんな話もされていたのだ。
──「多分萌絵さんはこの話したら怒りそうだから、俺が話をしてみるから」
一方、昨晩椿も諒にこの話の相談をされた時、こんな話をされていた。
──「ちなみに、きっと日向さんもそこまでは考えてくる気がするから、話があったらで良いから、協力してあげてくれるかな?」
と。
──諒って、もうこういう所まで理解しちゃってるのか。
──やはり、諒様の仰っていた通りですね。
既に友達の性格をしっかりと理解している諒の凄さを知り、感心した二人は、再び向かい合う日向と香純に顔を向けた。
「はい。スタジオの件は承知しました。もしお二人がよろしければ、衣装についてもご協力致しますよ?」
「え!?」
「私、そちらにも伝手がございますので。お代などはお気になさらずとも結構です」
「で、でも真行寺先輩。衣装代って結構な金額するんじゃないですか!?」
「はい。ですが何時もお二人にはお友達として仲良くして頂いておりますので。そのささやかなお返しです」
自然に優しげな笑みを浮かべる椿を見て、今度は日向と香純が戸惑った顔で顔を見合わせる。
「僕も構わないよ。けどきっと、二人だって日向さんの友達なんだし、ちゃんと分かってくれるんじゃないかなって思うけどね」
蒼もまた、そんな言葉を口にして微笑んだのだが。
その時、ふっと香純がとある違和感に気づいた。
──あれ? そういえばお兄って、何でフェスの事知ってるの?
確かに、母親は諒から日向からイベントに誘われた話を聞いたと言っていた。
だが、勿論香純はそんな話をしていないし、日向の口振りからも、彼女から話をした可能性はないとわかる。
となれば、諒に話したとすれば蒼のはずなのだが、彼もそんな事は一切口にしない。
──それに、確かに蒼先輩も真行寺先輩も優しいけど……。
あまりに出来過ぎな位、話がスムーズに進み過ぎている。
その違和感もまた、彼女の心に疑念を生んでいた。
「ほんとに? ほんとに二人ともいいの?」
戸惑いが喜びに変わり始めた日向の表情がぱあっと明るくなると、隣の香純にも笑顔を向けてきた。
だが、そこにある香純の考え込んだ顔を見て、あれっと首を傾げた。
「妹ちゃん?」
「あ、はい」
「……もしかして、あんまり嬉しくない?」
どこかすっきりしない反応に、日向が少し不思議そうな顔をする。
──もしかして妹ちゃん、私があまりに乗り気だったから、合わせてくれてただけだったとか……。
そんな心の不安が一気に湧き上がった為か。さっきまでの表情から一転。彼女の表情に影を落とす。
それを見て、香純ははっとすると慌てて否定した。
「ち、違うんです! 私も凄く嬉しいですよ! じゃなかったら限定のショルダーキーボードを買うわけないじゃないですか!」
「え? 妹ちゃんあれ買ったの!? っていうか当たっちゃったの!? 昨日抽選あったあれだよね!?」
突然告げられた真実に驚愕し、捲し立てたのは日向だ。
だがそれも仕方ないだろう。彼女もあの価格に、抽選があったことまで知っていたのだから。
思わず口を滑らせた香純がはっとするものの、時既に遅し。
彼女は思わず身体を小さく縮こまらせると、うつむいたままおずおずと話し出す。
「は、はい。抽選に当たっちゃって……それで、親に、相談して……」
「その事、諒君は知ってるの?」
「……えっと、その……」
その質問にどう答えるか迷った香純だったが、ため息をひとつ吐いた後、顔を上げると、三人を見た。
「あの……お兄が、お金を出して、くれたんです。内緒で……」
「え? 内緒でって、妹ちゃんに?」
「はい。やっぱり高い買い物だったし、受験生なんだからってお母さんに反対されて……それで、諦めようと思ったんですけど……。お兄が、お母さんに掛け合ってくれたみたいで……」
「でもあれ、十五万位したよね!?」
「え? 十五万円ですか!?」
日向の口にした言葉を繰り返した椿は、思わず蒼の顔を見る。
その驚きは彼も同じだったが……。
「……相変わらずだね。諒は」
ふぅっとため息を吐くと、思わず呆れた笑みを浮かべるのだった。




