第三話:子の心、親は知る
一方その頃。
諒は父の運転する車に乗り、『ファイナルラウンド上社駅前店』にやって来ていた。
時間はまだ二十時前。
しかしこの日のボウリングフロアは、一日プロの大会の撮影などもあって貸し切られていた為、既に閉店状態となっていた。
そんな中、二人はフロアディレクターである木根の案内で、従業員用エレベーターを使いフロアに向かう。
「しかし、また諒君のプレイが見られるなんて、本当に楽しみだよ」
「師匠が喜んでくれると、俺も連れて来た甲斐があるってものです」
師弟関係にある木根と来人が楽し気に話す中、諒はといえば少し緊張の色を見せていた。
──あの時ぶりだよな……。
そう思う彼だが、指しているあの時は、決して皆とボウリングをしたあの日の事ではない。
チーン
と。ボウリングフロアに着いたエレベーターのドアが開き、三人はバックヤードを抜けると、受付の裏手から明るいボウリングフロアにやってきた。
何時もながら残っていた従業員が観客のようにいる中、その前に立つ見覚えのある三人が目に留まる。
「お久しぶりです。謙蔵さん。一恵さん」
「いやぁ、わざわざすまんね。来人君に諒君」
「いえ、神楽さん達から息子にお声が掛かるなんて驚きですよ」
「木根君があまりに絶賛するもので、気になったんだ。な? 一恵」
「ええ。ごめんなさいね。諒君」
「あ、いえ。その節はお世話になっていますし、自分のプレイで喜んで頂けるのであれば」
そこに立っていたのは以前萌絵と共に桜ヶ丘で出会った神楽夫妻……だったのだが。
諒の意識の半分は、二人との再会以上に、もう一人脇に畏まって立っている少女に持っていかれていた。
長く整った黒髪。
遊園地の時と違い、変装をせず制服姿で立っているその少女に、彼は十分見覚えがある。
──何で椿さんが?
そう。
そこに並んで立っていたのは、あの椿だったのだ。
「そういえば、そちらのお嬢さんは?」
まるで諒の心を読んだかのように、ドンピシャのタイミングで来人が椿について謙蔵に問いかけると、彼はああっと思い出したような顔をする。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私達の孫娘の椿だ」
「お初にお目にかかります。真行寺椿と申します」
紹介を受け頭を下げる椿に、来人は笑顔を向ける。
「ご丁寧にありがとうございます。私は青井来人。こちらが息子の──」
「あ、父さん。大丈夫。椿さん、同じ学校の友達だから」
「あら? そうなの? 椿」
「あ、その……はい……」
諒の言葉に驚きを見せた神楽夫妻に、椿が恐縮して身を縮こまらせる。
「まさか、私達だけじゃなく椿までお世話になっているとは」
「いえお世話なんて。こちらがご迷惑ばかり掛けてるだけです」
さらりとそう返す諒に、謙蔵達はにっこりとする。
「しかし、萌絵ちゃんがいなかったら、うちの孫を是非とも君に薦めたい所なんだがね」
そんな言葉に、彼は思わず顔を真っ赤にした。
「あ、あの。その、お二人共友達なんで、だから、その……」
「お、お祖父様。あまり諒様を困らせないでくださいませ」
しどともどろな諒に感化され、顔を真っ赤にし彼を擁護する孫の姿に、神楽夫妻と来人は顔を見合わせると、思わず微笑むのだった。
*****
神楽夫妻が諒達に声を掛けたのは、勿論そのボウリングの腕前を見たいという要望があった為だ。
そこで早速、諒は準備を済ませると、まずは普通にゲームをプレイして見せた。
流れるようなフォームから量産されるストライクにスペア。それは周囲を何度も感嘆の声に包ませる。
その腕前に真剣な瞳を向ける神楽夫妻と来人、木根の四人。
「どうですか?」
「いやぁ。子は親を見て育つとはいうが。ここまで来人君と見紛う程のフォームと腕前とは」
「若い頃を思い出しますね、あなた」
「そうだな」
木根の問いかけに感心する謙蔵と一恵。
その表情は何処か嬉し気だ。
「来人君。諒君には何時からボウリングを?」
「小学校高学年の頃ですかね。師匠に初めて会わせたのは、教えて二、三年って所だったかと」
「当時の衝撃は忘れられなかったよ。既にフォームもコントロールも出来上がってたけど、何よりあの集中力。中学生があそこまでとは思わなかったからね」
「あはは。褒め過ぎですよ、師匠」
などと言いながらも満足気な来人。
勿論、今回もその集中力は相変わらずだった。
真剣にボールを投げては、周囲を気にする事なくリターンラックにボールが戻るのを待ち、それを手にしては淡々と投げる。
周囲の声に惑わされる事もなく、それをこともなげに熟す姿はまるでプロの選手のようだ。
──諒様……。
今までに見た事のない、新たな一面を見せる諒に椿はずっと目を奪われたまま。
──以前、皆の前で腕前を披露した際のお話を、日向様は興奮気味に話しておられましたが……。
確かに。
ただボウリングをしているだけのはずなのに、絵になる姿は十分魅力的。しかも恋心を抱く相手ともなれば尚更である。
結局、諒のスコアは二百四十を超えた。
このスコアは、プロボウラーの平均をも遥かに凌駕する。
──とりあえず、良かったかな。
最後の一投をストライクで終えた諒はほっと胸を撫で下ろす。
流石に父親の師匠に、世話になった方々の手前、あまり恥ずかしいスコアを出してはいけないと多少緊張もしていた。だからこそ、このスコアでまとめられた事に安堵していた。
「諒様。お疲れ様でございます」
ほっと一息吐いて振り返ると、椿が小走りに寄って来て、タオルを差し出してくる。
「ありがとう、椿さん」
「いえ。しかし諒様は、本当にお凄いのですね」
「いや、全然。父さんとかもっと凄かったし」
「ですが私、本当に感動致しました」
「ありがとう」
プレイを無事終えて笑顔を見せる二人が席に戻ると、神楽夫妻が立ち上がり、拍手を向ける。
「いやぁ、お見事。諒君は本当に上手なんだね」
「そんな事ありません。偶々《たまたま》ですから」
「諒君。折角だし、パンチャーアウトの方もプレイしてもらうのは可能かい?」
「あ、はい」
「良かった。スタッフ達もこれが楽しみでね」
木根の願いを快諾した諒は、そのまま引き続き、以前萌絵達の前でも披露した『パンチャーアウト』をプレイした。
以前より一投目のミスは目立ったものの、それでも何とかゲーム数を重ね。それに従い周囲のスタッフも、神楽夫妻や椿も興奮の坩堝と化していき。
最後の一投でまたもパーフェクトを決めた時には、誰もが惜しみない拍手を送っていた。
*****
諒のプレイを見終えた後、諒と来人が案内されたのは、近くにある高級レストランだった。
高級ホテルの最上階にある店のフロアからは、夜景がとても綺麗に輝いて見える。
そんなレストランの窓際の席で、神楽夫妻、来人、木根の四人が一つの席で向かい合い、出されたデザートやワインを嗜んでいる。
といっても、来人だけは運転もある為紅茶を口にしているのだが。
「しかし、あそこまでの才能があるとは。おみそれしたよ」
「本当ですね。やっぱり将来はプロのボウリング選手に?」
一恵の言葉に、来人は少し困った笑みを浮かべ頭を掻くと、同じく窓際にある離れた席に座っている、諒と椿に優しい視線を向けた。
「親としてはここまで褒められると嬉しいですし、少しは欲もあります。ただ、あいつが望むかは別問題ですんで。自分は、諒が望む道に進んでくれれば、それで」
「来人。何時も言うが本当に勿体無いぞ。こんな逸材、私だってお前以外で見た事がない」
「はははっ。師匠、買い被り過ぎですよ」
酒に酔ったのか。隣に座り熱弁する木根に、来人は笑って誤魔化す。
「因みに、諒君には何か夢があるのかね?」
謙蔵の言葉に、来人は首を横に振る。
「いえ。あいつは人にはとにかく気を遣うんですが、自分の事にはからっきしで。ボウリング以外にも色々才能あるんですよ。カメラとか、歌とか、テニスとか。だけどまだ、どれも趣味止まりで」
「確かに、私の脚にテーピングしてくれた時にも、その凄さを垣間見たわ」
「確かに。あの手際の良さは見事だったよ。椿と同じという事は高校二年か。そろそろ進路の話もあるんじゃないかね?」
「そうですね。でも、未だ迷っているようです」
「来人。だったらボウリングのプロを推せ! 間違いなく目の前の二人はスポンサーにもなってくれるし、将来安泰だ。未来のスター選手の素質も充分だぞ?」
興奮気味に捲し立てる木根。
普段の落ち着いた雰囲気と違う、しかし昔からよく見た恩師の姿に、来人は思わず困った笑みを浮かべる。
「師匠。人の話聞いてましたか?」
「勿論だ。だが本人が決められないなら、親が背中を押してやる事だってできるだろ?」
「そうするのは簡単です。だけど俺はあいつに、自分で納得する道を歩んで欲しいんですよ」
そう口にした来人の、父親らしい優しき笑みを見て、神楽夫妻は互いの顔を見ると微笑み合う。
「確かにそうだな。もし諒君がボウリングやスポーツの分野でプロを目指すと思い立ったら、是非声をかけてくれ」
「そうね。何ならそれ以外でも気軽に言って頂戴。椿と同じくアーティストを目指すなんて時も、きっと力になれると思うわ」
「ありがたいお話ですが、謙蔵さんも一恵さんも、ちょっとうちの子に入れ込み過ぎじゃないですか?」
「そりゃ、我々にとっても恩人だからね。それにあれだけ若いのに誠実さと優しさで人を惹きつける子もそう居ないよ。そういう意味でも正しく逸材だ」
「勿論ボウリングのプロを目指すなら俺に預けてくれよ。二世代連続のスター選手を指導できるなんて最高だ」
「だから。師匠は気が早いんですよ」
子供の夢に、互いの未来と希望を重ねる四人は暫し諒の背中に視線を向け、笑い合うのだった。




