第八話:未来の夢
昼食を終えた諒と萌絵は、再び部屋に戻り席に戻ったのだが。
ただ、勉強の前に彼女はひとつ、どうしても聞いておくべきことがあった。
「ねえ諒君。お母さんと二人の時にどんな話をしてたの?」
そう。
さっきのように変な話を吹き込まれてないか心配したのだ。
──さっきの話、してもいいのかな?
諒は少し迷ったが、特段彼女を誂うような話もなかったしと、こう話して聞かせた。
「ええと。萌絵さんと付き合うかは、過去じゃなく、今を見て、未来を考えて決めて欲しいって」
「え?」
予想外の答えに驚く萌絵に、彼は萌奈美が話してくれた内容を一通り語って聞かせた。
その内容を聞くにつれ、彼女が神妙な顔となり、聞き終えた時には真面目な顔をしていた。
「お母さん、そんな事言ってたんだ」
「うん。ちなみに萌絵さんは、今の話を聞いてどう思う? やっぱり自分の過去も見てほしかったりする?」
何気なく諒がそう尋ねると、萌絵は少し考えた後、諒に視線を向けた。
「私も、お母さんと一緒かな。今も私は諒君が好きだから、そんな今の私を見て、知って決めてほしいかも」
「……そっか。わかった」
彼女の言葉に納得し頷く諒は、ふっとあの話題で頭に浮かんだことを質問した。
「そういえば話を変えるけど、萌絵さんって、将来の夢とかある?」
「え!?」
それに少し声を大きく反応した萌絵は、ぽんっと顔を赤らめ恥ずかしそうに正座する。
その質問はある意味愚問。
だが、諒はその反応の理由が予想できなかった。
「……りょ……んの、……さん」
「え?」
ぽそりと、僅かに聞こえた萌絵の声に、諒が首を傾げると、困ったような目で見上げた萌絵は、顔を真っ赤にしたまま、もう一度声にした。
「りょ、諒君の……お嫁、さん……」
「え!? あ、その……」
その恥ずかしげな声に、釣られて彼が真っ赤になった。
何しろ彼は、《《話は変わる》》と口にした通り、恋愛的な話をしたかった訳ではなかったのだから。
「あ、その。ごめん。あ、あの、そういう意味じゃなくって。その、進路的な意味、っていうか……」
頬を染めたまま顔を掻き弁解した諒に、自分の過ちに気づいた萌絵はより真っ赤になり、身を小さくする。
そして二人はその気持を収めるべく、同時にコップを手にお茶を飲み干した。
「ご、ごめんなさい! さ、さっきのは忘れて。ね?」
「え、あ、うん。そ、そうする」
彼女の必死の弁解に何とかそう返すも。
──も、萌絵さんって、そこまで考えてたのか……。
正直忘れられなどしない衝撃を与えてしまっていたのは言うまでもない。
未だ互いに動揺が隠せぬ中、萌絵は何とか話を軌道修正しようとする。
「そ、それで進路の話だよね」
「う、うん」
「あ、あの。笑わないで聞いてほしいんだけど……。私、本が好きだから、本に関係できる仕事に付きたいなって、思ってるの」
「本に関係できる仕事?」
「うん」
少し深呼吸をすると、萌絵は心を落ち着けながら話し出す。
「本屋さんでもいいし、出版社とか、司書さんとか。それこそ小説家とかでも良いんだけど。何かしら本に関係できたらなって思って。だから今は文系の大学を目指そうかなって思ってるんだ」
「へぇ~。でも萌絵さんだったら想い続けられる信念もあるし、叶いそうだよね」
「そうだと良いんだけど。諒君は?」
彼女が問い返すと、諒は少し困った笑顔を見せた。
「実は、俺。そういう夢っていうか、なりたい物って全然浮かばなくって」
「え、そうなの? ボウリングとか写真とか、腕前凄かったからてっきり」
「あれは趣味って感じで。だからプロボウラーになりたいとか、カメラマンになりたいって気持ちも全然なくって」
そう語りながら、諒は何処か少し元気ない表情を見せる。
「五月入ると進路について話をしないといけないけど、正直どうしようかなって悩んでてさ」
「昔から、何かになりたい、っていう夢とかなかった?」
「うん。蒼は美容師になりたいの知ってたし、萌絵さんも今聞いたじゃない。普通、少しはそういう事考えるの、当たり前なんだよね、きっと……」
彼はひとつため息を漏らす。
この話を切り出したのは、今日萌奈美と話したときの『今を見て、未来を考えて決める』という言葉がきっかけだった。
心の内には勿論こんな悩みは持っていた。
だが、改めて未来を考えようとした時。未来を考えていない自分に改めて気づいてしまったのだ。
──皆ちゃんと考えられてるのにな……。
劣等感を感じてしまう彼だったが、ふっと我に返った時、萌絵が少し嬉しそうな顔をしていることに気づいた。
「萌絵さん?」
「え? あ、何? 諒君」
思わず疑問を返すと、はっとした彼女が慌てて反応する。
「いや、その。何か嬉しそうだったから。どうしたのかなって」
「あ、あの。その……ごめんなさい。諒君がそういう話をしてくれるの、凄く嬉しくって……」
彼の問い掛けに、萌絵は少しバツが悪そうな顔をする。だが、諒はそれを聞き感心していた。
「そんな顔しなくてもいいよ。俺、蒼にもこんな話したことないし、きっと萌絵さんだから話せてるのかなって思うし」
「そ、そうかな」
予想外の言葉に照れながら、萌絵は彼をじっと見つめると、こう切り出した。
「あの、私が言うのもなんだけど。きっと、慌てなくていいんじゃないかなって思う」
「そうかな?」
「うん。私だって、本が好きなのは昔っからだけど、こういう進路を考えだしたのって、それこそ半年前位だったもん。まだ見つからないやりたい事を探すのも、学生なんだからありだと思うし。何か興味がある事を探したり、深堀りできそうな大学とか専門学校とか目指してもいいんじゃないかな?」
──慌てなくて、いい……か。
正直、蒼も萌絵もちゃんと考えているのに、という気持ちは今でもある。
だが、だからこそ彼女のその一言が、悩んでいた自分の心を少し軽くしてくれたのだけはしっかりと理解する。
真面目な顔でそう語ってくれた彼女に、諒はふっと笑みを浮かべる。
「……確かにそうかも。萌絵さん、ありがとう」
「ううん。こういう話って、私もお母さんと日向位にしかしてないし、話しにくいと思うもん。だから、もし諒君が迷って話したくなったら、気軽に相談してほしいな」
「うん。そうさせてもらうよ」
そう言って微笑んでくれる彼を見て、彼女もにっこりと笑みを返す。
──「きっと萌絵さんだから話せてるのかなって思うし」
彼の言葉を思い返して、心を熱くさせつつ。
──少しは、諒君の役に立てたかな?
などと思っていると。
「あ、そういえば」
諒はふと何かを思い出すと、自分の鞄からごそごそと何かを漁りだす。
「どうしたの?」
「あ、いや。すっかり忘れててさ」
そう言って彼が取り出したもの。
それは、コンパクトタイプのアルバムだった。




