第七話:優良物件
萌奈美と萌絵が合流して少しした後。
「あ、あの、諒君。ご飯できたから、こっちにいい?」
またもこそこそと居間に半身を出した萌絵が、諒にそう声を掛けてきた。
その表情は何処か自信のなさを露骨に出している。
「あ、うん」
返事をした諒は立ち上がると、キッチンに向かい、食卓用のテーブルを見た。
今日のメニューはサラダとオムライス……だったのだが。
ケチャップで味付けしたライスを包もうとして失敗したのか。破れた卵から所々顔を出していた。
「まずは立ってないで、席に座って頂戴」
「あ、はい」
「諒君はこっちね」
萌絵に促され座った席のオムライスは、それでもまだそこまで破れ目が少ないまともなオムライス。
──これか、さっきの……。
先程萌絵が声を上げた理由を知った諒だったが、敢えてそれに触れはしなかった。
失敗したと露骨に落ち込んでいる彼女がそこに立っていたのもあったのだが。弁当の時も思っていたが、料理の大変さは彼も知っていたからだ。
特にオムライスは、卵との戦いと言っても過言ではない難しさがあることも重々承知している。
「さて。萌絵も座りなさい。冷める前にいただきましょう」
コップに注いだ冷たいお茶をそれぞれの席に並べた萌奈美は、彼女にそう声を掛けると二人で諒の向かい側に座った。
「萌絵さん。食べてみてもいい?」
「う、うん……」
「じゃ。いただきます」
両手で拝み、一言そう発した彼は、そのままスプーンを手に取り、オムライスをスプーンで救うと、ぱくりと口に頬張る。
味付けは少し濃いめだが、それはあっさりとした卵とマッチして決してしつこくない。
特に焼いた卵は思った以上ふわっとしており、見た目など関係なく柔らかな触感を与えてくれる。
「あ、あの……。どう、かな?」
おずおずと、心配そうに上目遣いに見つめてくる萌絵に対し。
「うん。これすごく美味しいよ。卵もすごく柔らかくてふわふわしてるし。萌絵さんこんなのも作れるなんて凄いね」
「ほんと?」
「勿論。お弁当の時もそうだったけど、これもすごく美味しいよ」
諒が嘘偽りなくそう言葉を返すと、彼女は少し涙目になりながら、ぱぁっと嬉しそうな顔を母親に向ける。
「だから言ったでしょ?」
「そ、そうだけど。だって卵で巻くの上手くいかなかったし……」
「馬鹿ねぇ。彼がその程度で何か言ってくるような子だったら、あなただって好きにならないでしょう?」
「そ、それは……そうだけど……」
あまりのリアクションに苦笑した萌奈美の一言が突然過ぎたのか。
萌絵は思わず顔を真っ赤にし、縮こまる。
最近見慣れてきた恥ずかしげな彼女を見て微笑んだ諒は、敢えてそこにじゃ触れず、そのまま彼女の手料理を食べ進めていき、気づけばサラダも含め、ぺろりと平らげていた。
「ご馳走様でした」
「あら。もう食べ終わったの?」
まだ食べ途中の萌奈美が、少し驚いて諒を見る。
「はい。美味しかったので食が進んで」
「やっぱり若い子の食べっぷりは良いわね。お父さんもこれ位美味しそうに食べてくれたら、作り甲斐もあるのだけど……」
「ほんと、お父さんは諒君を見習ってほしいよね。折角色々気にしてお母さん献立考えてくれてるのに、美味しいとかあんまり言わないし」
親子揃って父親にダメ出しをする光景に、
──きっと、二人とも大変なんだろうな。
諒は彼女達に同情し苦笑いしてしまう。
と。それに気づいた萌奈美が、じっと諒を見つめると、こんな事を聞いてきた。
「ねえ諒君。お父さんが美味しいって言ってくれるような良いアイデア、ないかしら?」
「アイデア、ですか?」
「ええ」
萌奈美の問い掛けに、彼は少し考え込む。
「あの、少し質問しても良いですか?」
「ええ。何でも」
「献立のバリエーションってどれ位ありますか?」
「そうね。大体一週間の夕食位は、まったく別のものを作るわ」
「お父さんは味にうるさい方ですか?」
「全然だよね。あんまり美味しいって言わないけど、不味いとも言わないし」
「美味しいって言ってくれる料理はありますか?」
「好きなものは言ってくれるかしら」
「でも大体お母さんから聞いて、やっとって感じ」
「確かにそうね」
二人から色々と聞き出した諒は少し考え込む。
──多分、父さんと一緒かもなぁ。
諒の父親もまた、あまり味にこだわりがないタイプだ。
出された物を文句も言わずに平らげるが、聞かれないとあまり感想は言わない。
同じ心当たりがあるからこそ、ふと母親の頑張りが思い出される。
──あれって、役にたつかな?
「えっと、誰にでも当てはまるわけじゃないと思うので、話半分に聞いてください」
諒はそう切り出すと、こう話し始めた。
「うちの母も同じ問題に突き当たって、頑張ってた時期があったんですけど。そこでしてたのは、まずたまに自宅の食卓に並ばない、変わった珍しい料理を出してました」
「変わった料理、ねぇ……」
萌奈美が頬杖を突き、何かを考える様に視線を斜め上に逸らす。
「だったら、お父さんの好きなトマトスープとカレー合わせるとか?」
はっと思い立って萌絵がそうアイデアを口にしてみたのだが。
「多分、それは避けた方がいいかな」
諒は少し申し訳なさそうに口にする。
「え? 好きな物同士の組み合わせだったら喜びそうじゃない?」
「同じような事をうちの母親も考えてやってみたんです。でも父の感想は『美味しかったけど、別々に食べたかった』って」
「……諒君のお母様も苦労なされてるのね」
同情するような言葉に、諒は思わず苦笑しながら話を続ける。
「うちの母も色々試行錯誤してたんですけど。まず色々珍しい料理を出して、料理に気を引いてた気がします」
「料理に気を引く……」
「うん」
萌絵が思わず復唱すると、彼は頷き話を続けた。
「例えば、スープでもちょっと変わった物。例えば……ボルシチとか出してましたね」
「ボルシチ!? それってロシア料理だよね?」
「うん。でも今って結構カレーと同じで、作るための物がカレー粉とかあるコーナーにあったりするんだ」
「へ〜。諒君詳しいんだね」
「結構買い出し頼まれるからね」
褒められたのに気恥ずかしそうな顔をしつつ、彼は頬を掻いた。
「それで、珍しい物が当たりか外れかは別として、感想を聞くんです」
「美味しいかって聞けば良いのかしら?」
「いえ。どんな味? って感じで、先に味の感想を聞くんです。そうすると珍しい物は色々答えてくれるので、その上で好きか嫌いかを聞くんです。そこで好感触だった物は、また食べたいなんて言ってくれたりもしますから。それを間を空けて、またぽんっと出して、美味しいって言って貰ってました」
「でもそれって、その料理だけだよね?」
萌絵が眼鏡を直しつつ冴えない顔をする。だが、諒はそれに笑顔を見せた。
「確かにそうです。なので、そういう料理を増やしていって、普段出しやすい料理の比率を下げるんです」
「比率を下げる……」
まるで娘に習ったかのように、今度は萌奈美が復唱すると、諒もまた頷き返す。
「結局、美味しくてもそうでなくても、慣れちゃうのが一番刺激がなくなるんです。好きな料理だから何度でも作ってあげたいって思う気持ちも分かります。だけど、慣れは一歩間違えると飽きになってしまうので。それならば、色々な好きを並べてやれば、刺激も変わるし美味しいって沢山言って貰えるんじゃないかなと思います。ただ、栄養バランス考えたり、レパートリーも増やさないといけなくなるので、料理を作る萌奈美さんは大変だと思いますけど……」
流石にその大変さが分かっている諒は、最後の一言だけ申し訳なさげな顔になる。
「ちなみに諒君のお母様は、これを頑張られたの?」
「はい。最近は大抵のものに美味しいって言って貰ってますね」
「どうして頑張れたか、聞いた事はあるかしら?」
「直接はないんですが、昔は『絶対美味しいって言わせてやるんだから』って意気込んでたので。多分、単純に負けず嫌いだったのかもしれません」
思わず母のその姿を思い返し、苦笑する諒。
それは確かに回答としては役に立たない。だからこそ彼は、もう一言付け加えた。
「ですので、萌奈美さんも料理を覚えるのを楽しめたら、一番良いかもですね」
「「料理を楽しむ?」」
思わず二人が同時に復唱し尋ね返すと、諒は笑みを見せる。
「はい。例えば萌絵さんと一緒に覚えてみるとか。一人だと大変って事も多いですけど、仲の良いお二人だったら、きっと楽しくやれるんじゃないですか?」
「まあ、一人で料理するよりは楽しいかもしれないわね。最近は諒君の為に美味しい料理作りたいって意気込んでるし」
「お、お母さん! あんまりそういう事言わないで!」
にっこりと微笑み口にされた萌奈美の発言に、萌絵は思わず眼鏡の下の顔を真っ赤にして抗議する。
大人の余裕か。それを笑いながら躱すと、萌奈美は、突然じっと娘の顔を見る。
「萌絵」
「え? ど、どうしたの? 突然……」
「いい? こんな素敵な優良物件中々ないんだから、嫌われないようにね」
「い、今はそういう事言わないでよ! もうっ……」
予想しなかった母の言葉に、顔を真っ赤にした萌絵は、恥ずかしさを誤魔化すように、まだ残っているオムライスを口に運びながら真っ赤になり俯く。
そんな、露骨に恥ずかしがる娘を萌奈美は微笑ましく見守り。
そんな萌絵の反応に、自身も気恥ずかしくなり諒は出されたお茶をぐびっと飲んで誤魔化す。
──さて。二人は将来どうなるのかしら?
勿論良い未来だけが待っているわけではないだろう。
だが、お似合いに見えて仕方ない萌奈美は、優しい目で二人を見ながら、心でこっそり二人が幸せになってほしいという夢を思い描くのだった。




