第二話:結局はそうなる
それは、蒼と諒ほどの迫力こそないが、完全なる接戦だった。
蒼仕込の技を見せる香純に対し、元々運動神経の良い日向は、中学の頃によく軟式テニスをして遊んでいた経験を活かし、見事に反応し対抗していく。
互いに束ねた金髪をなびかせながら、華やかに進んだラリーは、一ゲーム毎にどんどんと長引いていき、それは完全な長期戦となったのだが……。
「う、海原先輩、上手すぎですよ」
「い、妹ちゃんこそ。正直、もう無理」
「わ、私も。もうダメです」
結果、そこに勝者はいなかった。
五ゲーム先取とした勝負は、互いに二ゲームを取り合ったものの。
二人が経験しない程の長丁場から、お互いあっさりと体力の限界を迎え、四ゲームを終えた時点で二人共へなへなとコートに座り込んでしまっていた。
「二人共よく頑張ったけど、無理して倒れてもいけないし。ここまでにしようか」
好ゲームを見ることができた蒼は満足そうな顔をすると、感心した顔で試合を見守っていた諒の所にやって来た。
「香純も随分上手くなったと思ってたけど、日向さんもめっちゃ上手かったなぁ」
「本当にね。さて、僕等も労いに行こうか」
蒼はそう言ってベンチに置いた二人用のタオルとスポーツドリンクのペットボトルを一式諒に手渡すと、二人で手分けして彼女達にそれらを渡しに行くのだった。
*****
「ぷっは~っ! 生き返る~!」
日向は諒に、香純は蒼の肩を借り、ベンチに諒を挟むように二人が腰を下ろすと、冷たいスポーツドリンクを一気に口にした後、気持ちよさそうな顔で天を仰いだ。
本当に向日葵のような快活な笑顔に、褐色の肌に浮かぶ汗。
白いテニスウェアも相成って、本当に爽やかさを感じる。
──日向さんって、こういうの似合うよなぁ。
諒はそんな彼女を見ながらそんな感想を持つと、ふっと笑顔を見せた。
「本当に二人共、いい勝負だったね」
唯一立ったまま三人を見下ろす蒼が、日向と香純にそんな褒め言葉を口にすると。
「海原先輩、隅狙ったボールガンガン拾うんですもん。運動神経良すぎですよ」
やや前のめりになり息を整えていた香純もまた、苦笑しながらそう感心した声をあげる。
「妹ちゃんだって制球力ヤバすぎ。あれでもっと速い球打たれてたらお手上げだったよ~」
釣られて前のめりになった日向が、にっこりと笑いながら、逆に彼女を褒め称えると。
「二人共一緒に練習したら、良いライバルになりそうだよね」
諒もまた二人の実力を感じてそんな感想を述べた。
と。それに反応して、日向が目をキラキラとさせながら、彼の顔を覗き込む。
「あ。諒君もしかして、褒めてくれてる?」
「え? あ、うん。勿論」
「じゃあさ~。折角だし~、二人の頭を撫でながら褒めてくれたら嬉しいな~」
突然甘ったるい口調と、潤んだ瞳でおねだりをする彼女に、諒は一瞬きょとんとした後、あからさまに戸惑いを見せた。
「い、いやさ。だって二人の勝負は決着つかなかった訳だし」
「でも私も妹ちゃんも、超がんばったよ? ね?」
「あ、はい。すっごく真剣に頑張りましたよ!」
「だよね~。だからさ。折角だし。ね? ね? ほら。妹ちゃんも」
「……ねえお兄。いいよね?」
最初は日向の反応に少し戸惑っていた香純だったが。実際自分も望んでいた行為でもあり、同時に彼女の雰囲気からハーレムルートの一件を思い出すと、まるで姉妹のように互いに諒の肩にもたれかかり、目を潤ませおねだりをする。
──これ絶対、あの時のだろ……。
察しの悪い諒も、流石にこの息のあった反応に何が起きたのかに気づくと、思わず大きなため息を漏らす。
そして。
「まったく……。二人共よく頑張ったよ。お疲れ様」
すっと二人の肩に手を回すように、多少窮屈ながら二人の金髪に手を乗せると、優しくその髪を撫でた。
普段あまり感じない、日向と香純の髪からほのかに感じる柔らかなシャンプーの香りと、汗を掻いているものの未だ艷やかな髪の感触に、顔を真っ赤にしながら。
「えへへ。これ、すっごく気持ちいいな~」
横に回された腕に、頭に感じる手の感触。
満足そうに、とろけた顔で幸せそうな表情の日向に。
「ですよね。お兄、ほんと優しいよね〜」
同じ表情でそんな褒め言葉を掛ける香純。
二人は暫くの間、蒼と諒が視線を合わせ苦笑するのも意に介さず、至福の時を堪能するのだった。
*****
「でも、日向先輩は何でこんなご褒美選んだんですか?」
やっと二人が満足し解放された諒がほっとする中。香純はふと気になってそう尋ねてみた。
確かに、幾らなんでも普通、同級生の異性にこんな馴れ馴れしいお願いなどするはずがない。
だからこそ、それが凄く気になったのだが。
その言葉に、日向は嬉しそうな笑みを変えることなくこう答えた。
「いやね。小さい頃はお母さんにこういう事してもらったけど、最近そういうの全然なくてさ。で、うちって小さい妹がいるじゃん。あの子達もよく頭なでて~ってねだってくるんだけどさ。いい子いい子~って撫でてやると幸せそうな顔するから、今されたらどんな感じかな~って思って」
「でも、それって諒じゃなくても良かったんじゃないかな?」
蒼の一言は最もである。
だが、そんな問い掛けにも日向は動じず、にっこりと諒を見た。
「本当はね。でも諒君って優しいし、妹ちゃんにしなれてそうだからきっとしてくれるんじゃないかな~って思って」
「別に優しくはないよ。まあ、慣れてるかと言われたら、多少は──」
「そそそ、そんな事ないです! お兄、結構こういうの恥ずかしがってしてくれないですよ! 本当に全然! 全然ですから!」
未だ迫られた動揺が続いているのか。諒が素直に答えそうになるのを、香純が顔を真っ赤にして言葉を被せ遮ると、全力で両腕を振って否定する。
露骨な程の反応に、日向はくすっと笑うと。
「そっか~。それならもう少ししてもらうと良いと思うよ。ちゃんと諒君も褒めてあげてね」
などと言いながら、悪戯っぽく笑い返した。
「そ、それより! 椿さんの出る『富士キッズ&ロックフェスティバル』って、三日でしたよね?」
流石にこんな恥ずかしい話題を赤裸々に語る展開に耐えられなくなった香純が、必死に話を方向転換すると、あっと何かを思い出した日向が彼女に顔を向ける。
「そうそう! それで思い出した! あれ、同じ日にTwo Rougeも歌うのは妹ちゃんも知ってるよね?」
「勿論です! でもあれ、WOHWOHで生放送あるんですけど、うち加入してないからなぁ……」
話しながら落胆を見せる香純に、またもにんまりとしたのは日向だった。
「ねえねえ妹ちゃん。折角だから三日、家に来る?」
「え? もしかして海原先輩の家って……」
「ふっふっふ。勿論加入してるんだよね~」
「い、行きます! 絶対行きます! 行かせてください!」
自慢気な笑みを見せた彼女に、香純は思わず神に祈るような羨望の眼差しを向け、必死に頭を下げる。
「もっちろん! 椿さんの歌も聴きたいしね~。折角だし、蒼君や諒君もどう?」
「僕は全然スケジュール空いているからいいよ。諒は?」
「あー……。ごめん、俺はちょっと」
彼女の誘いに快諾した蒼とは裏腹に、少し困った顔で頭を掻き、諒が珍しく断りを入れた。
普段と違う態度に、思わず日向、香純、蒼の三人が顔を見合わせる。
「あれ? 以前蒼君とのテニス位しか用事なかったって言ってた気がしたけど。何か入っちゃった?」
不思議そうに尋ねる日向の記憶力に内心舌を巻いた諒は、苦笑しながら言いにくそうにこう口にする。
「あ。うん。えっと、その……ちょっと、まだ椿さんの歌、聴く勇気がなくってさ」
その言葉に、はっとして日向は、しまったとバツが悪そうな顔をした。
確かにその日は椿も歌う。
つまりそれは、諒もまた、彼女の歌を聴かねばならないという事。
理由を聞いた香純も兄の気持ちに気づき、少し申し訳なさそうな顔のまま目を伏せる。
そんな二人の反応に、彼は大丈夫だと言わんばかりに、ふっと笑みを浮かべた。
「俺もその内一緒に聴けるように頑張るからさ。だから今回は三人で楽しんでよ」
「……うん。何かごめんね」
「気にしないで。悪いけど、香純の事は頼むね」
皆を安心させようと笑う諒。
確かにそこにあったのは本音。
しかし。同時に隠された事実には、その時の三人では気づきようもなかった。




