第十一話:ゆずれない願い
「観覧車、で、ございますか?」
思わず椿がきょとんとした顔でそう返したのだが。実際女性陣は皆彼女と同じ顔をし、諒を呆然と見つめてしまう。
集まった視線の意味を理解しているからこそ。
──やっぱり、そんな顔になるよね……。
諒は思わず照れた苦笑いする。
「うん。観覧車だったら少しゆっくりできるだろうし、高い所から見る景色も良いと思うんだよね。その……男子がオススメするのもどうかと思うし、高所恐怖症の人いなければ、だけど」
彼からすれば、観覧車が好きなのは女子であり、男子が好きで薦めるようなものではないと思っていた。
そして、皆も同じ気持ちったからこそ、きょとんとし、呆れたのだと思ったのだが。
現実は、残念ながら違う。
──それはつまり……。
──お兄と……。
──二人きりで……。
──ゆっくりお喋りとかできちゃうわけ!?
椿が。香純が。萌絵が。そして日向が。
彼の千載一遇の提案に、全く同じ事を考え、思わず唾をごくりと呑み込み、惚けただけ。
そう。
恋する乙女は誰だってそうなのだ。
好きな相手と二人っきりの空間を堪能したい。
そんな夢と憧れの詰まった場所こそ、観覧車。
そして。
数日前、二人っきりで食事をした日向も。
諒の隣でその走りを堪能した椿も。
意図せず彼に慰められた萌絵も。
兄の優しさに救われた香純も。
一度二人きりの時間を堪能したから、満足して終わりなはずがない。
「でも、ゴンドラひとつで四人乗りだよね。どう分かれるのがいいかな? やっぱり三三?」
ここにいる女子全てが諒を好きなど露にも思っていない蒼が、珍しく空気を読めずに思わず首を捻る。
だが、この時点で図らずも、彼女達の意見は一致していた。
「やだなぁ。ここはやっぱ二人一組でしょ~。妹ちゃんもそう思わない?」
「わ、私もそう思ってたんですよ。流石海原先輩! 霧島先輩はどう思います?」
「う、うん。私もそれが良いと思うな。ね? 椿さん?」
「も、勿論でございます」
女性陣は皆、何処か動揺しながらも、まるで共闘するかのように互いの意見を認めあう。
とはいえ、ここは皆で遊びに来た遊園地。
だからこそ。
「でも、皆でわいわい乗るのも──」
諒は蒼の意見に賛同しようとしたのだが。
「「「「いいえ!」」」」
よもや四人が同時に否定の声をあげるとは思わず、続く言葉を失い、口をパクパクさせてしまう。
彼の反応に思わずはっとした四人は、互いに顔を見合わせると気恥ずかしそうに俯いてしまい、そこに何とも言えない空気が広がった。
「ま、まあ皆がそうしたいならいいんじゃないかな。じゃんけんで同じ組み合わせの人が二名出たらペアになる感じでいこっか?」
流石に戸惑いを見せた蒼が、その場を取り繕うようにそう提案すると、女性陣は皆、恥ずかしげに小さく頷く。
と同時に、彼女達は互いに表情に緊張感を宿した。
じゃんけん。
グーチョキパーによるシンプルで伝統的な勝負方式。
だが勝負事だからこそ、後出しから人読みの駆け引きまで存在する、若い頃に最もするであろうギャンブルでもある。
一度ドリフトカートのペア決めでもやっていた事もあり、この勝負なら皆平等……かといえば、残念ながらそうはいかない。
──お兄だったら、最初はチョキが多いはず……。
幼い頃から何度となく勝負した経験を持つ香純は、兄妹故の人読みがあった。残念ながら、ゴーカートではその逆を突かれたものの、だからこそ次は出すと確信していた。
優位であろう状況に、小さくぐっと拳を握り、皆に気づかれぬようにほくそ笑んだのだが。そんな優位を許すまいと仕掛けたのは日向だ。
「じゃあ、私はパー出しちゃおっかな~。そうしたら私とは別のペアになりたい人が他のを出しやすいだろうし」
皆に何かを譲るかのように、困った笑みと共に口にされたのは、まさかの手の先出し。
それは他の三人をはっとさせた。
──これって……諒君が日向に気を遣っちゃうんじゃ……。
内心焦った萌絵だったが、それは椿や香純も一緒。
自分以外の人が諒とペアになってほしいと気遣うような発言。だがそれは、優しき諒相手には諸刃になる恐れがある事を理解している。
つまり、これをそのまま野放しにしては、彼が日向に付こうとする確率が上がる。
「ひ、日向。そういう事先に言うと、皆が気を遣っちゃうから止めよ?」
咄嗟に萌絵がそう牽制すると、
「そうかなぁ。まあ、そういうなら」
と、てへへっと彼女は笑い返す。
だが。
──もうっ。萌絵、流石に頭回るなぁ……。
と、内心舌打ちしていたのだが。
牽制が功を奏したと感じ、ほっと胸をなでおろす萌絵と香純。
だがその矢先。
「ちなみに、諒様は何を出すおつもりなのですか?」
より大胆な一言を口にしたのは椿だった。
それはじゃんけんの法則性を根本的に破綻させる質問。
だからこそ、他の三人だけではなく、諒や蒼までもが目を丸くする。
「つ、椿さん。それ教えたら、じゃんけんにならない気も……」
困ったように頭を掻く諒。
だが。
「いえ。これもまた駆け引きでございます」
と、真剣な表情で口にされてしまい、思わず口籠ってしまう。
しかも、はっきりと駆け引きと宣言をしたという事は。
──こ、今度はお兄。椿さんに気を遣っちゃう……。
そう。
それはもう、露骨に諒とペアになりたいと宣言したようなもの。
──こ、これで諒様も少しは気にしてくださるのでは……。
ゴーカートで疼いた恋心は、この機会に抑えきれなくなってしまったのか。
想いし心を表に出してはいけないと思っていたのに。彼と落ち着いて二人きりとなれる蠱惑的な環境に、彼女もまた譲れなくなってしまっていた。
女性陣が、互いを見合う。
睨み合い、歪みあっているわけではないのだが、何処か皆の雰囲気が硬い。
その嫌な空気に、蒼と諒はお互いため息を吐くと、顔を見合わせ苦笑した。
「蒼」
「何だい?」
「確か、前に遊びで落としたルーレットアプリあったよね?」
「ああ~」
彼の言葉に納得するように手をぽんっとした蒼は、普段どおりに微笑み。
駆け引きをしていた四人もまた、はっとして二人を見る。
「確かにそれなら公平だね」
「だろ? じゃんけんは後腐れありそうだし」
「じゃあ、それで抽選しようか」
男性陣がさらりと方向転換したのを見て、女性陣はまたも唖然とした顔のまま、互いを見合ってしまう。
今までの駆け引きが無に帰した戸惑いをはっきりと見せて。
あまりに露骨な反応に、くすくすと笑った蒼は。
「但し。流石に男子二人のペアはどうかと思うから、女性陣だけで最初抽選して、選ばれた人が諒とペアになろう」
そう、はっきりと期待を煽るのだった。




