第四話:一路、遊園地へ
「ひ、日向さん!?」
突然予想していなかった彼女が既に現れた事に、諒は驚きを禁じ得なかった。
「いやぁ。私の名前を出した時には諒君酷いなぁ、なんて思ってたけど。ちゃ~んと見ててくれたから、良しとしよっかな?」
そんな顔を見て満足そうに頷いた彼女は、次の瞬間悪戯っぽく笑う。
あまりの事に茫然とする諒と香純だったが、それ故に彼女が少し頬を染めていたのには気づけなかった。
「おはようございます。日向様」
「椿さんおっはよ~。っていうかめっちゃ大人っぽ~い! こういうの似合っちゃうのは流石だよね~」
「日向様も、そのワンピース、とてもお似合いですよ」
「ほんと? ありがと~!」
互いに衣装を褒め合った椿と日向は、嬉しそうに笑顔を交わす。
そんな中。
「う、海原先輩。めちゃくちゃ来るの早くないですか!?」
香純は未だ驚いた顔のままそう尋ねる。
確かに。諒や香純、椿も十分早いが、まだ二十分以上時間がある。これは完全に彼女も想定していなかった。
その質問に顔を向けた日向は少しはにかむ。
「いやね。今日ちょっと楽しみにし過ぎちゃって。早朝に目が覚めちゃってさ。あ。勿論ちゃんと妹達の朝食とか準備してきたけどね」
てへへっと舌を出し、恥ずかしそうに頭を掻いた彼女を見て、椿が同類がいたとほっとした顔をし。諒と香純はまたも互いに顔を見合わせると、思わず笑みを見せた。
「やっぱりそのワンピース、似合ってるね」
「本当? そう言ってもらえると、着てきた甲斐あるよね〜」
素直な感想を口にする諒の言葉に、ほんのりだった顔の赤みが一気に濃くなったのを誤魔化すように食いついた日向は、更に嬉しそうな笑顔になる。
そのやり取りを聞いていた椿が、ふと首を傾げた。
「諒様は以前、日向様のこのお姿を見ていらっしゃるのですか?」
やっぱり、そのワンピースが似合う。
耳ざとくその言葉を読み取った彼女の言葉を聞き、今度は少し諒が恥ずかしそうに頭を掻く。
「いや、その。香純と日向さんの買い物付き合ったことがあって。それで、その服似合うと思うよって勧めたんだ」
仮想恋人の話は濁しつつ、一応の真実を語った彼を見て、少し驚いた顔をした椿は、次ににっこりとすると。
「では、今度は是非私もご一緒させてくださいませ。皆様と服など色々選んでみたいですし、殿方目線で似合う服というのも興味がございますし」
期待の籠もったキラキラした瞳で、彼女は皆の顔を見る。
「椿さん、それ名案!」
「確かに良いですね! 逆にお兄をコーディネートするのも面白そうじゃないですか?」
「それは名案だと思います」
「うわぁ~。今日の遊園地もめっちゃ面白そうだけど、そっちもめっちゃ楽しみ! 諒君。絶対一緒に行こうね!」
「えっと、その……。俺、そんなにファッションセンスないし、ちょっと……」
女性陣が一気に盛り上がる中、一人諒は困った笑みを浮かべたのだが。
「諒く~ん。こんな美少女達と一緒にいられるんだから。役得だよ~。役得。そういうとこ相変わらず草食系だよね~」
日向がふざけた笑みでそう口にするのを聞き、ただ頭を掻くしかできなかった。
*****
あれから十分程。
遅れて、といっても待ち合わせから十分以上早く到着した萌絵、蒼と合流した諒達は、六人一列に並び、一路『芝野蔵レジャーランド』を目指し、徒歩で芝野蔵駅前公園内の遊歩道を並んで歩いていた。
周囲には家族連れや学生達のグループなど、様々な客が目的地に向け楽しげに歩いている。
「でも、日向が待ち合わせにこんな早く来たこと、今まで一度もなかったよね?」
やや大きいサイズのピンクのモヘアニットに、デニム生地のスキニーパンツ姿の萌絵が何処か訝しげな顔で日向を見ると、彼女は両手を逆さに向け、呆れ顔で彼女を見返す。
「萌絵~。私だってやればできるんだよ? 分かる?」
「知り合ってからこれまで、一度も出来てなかったから気になってるの」
「それはさっき話したじゃん。今日は本気で楽しみだったんだよ~。可愛い妹ちゃんで癒やされたかったのもあるけど、今回は椿さんもいるじゃん。そりゃワクワクしないほうが嘘ってもんだよ?」
妙に食いつく萌絵を、敢えて直接の理由となる相手の名を口にせず、のらりくらりと軽快な会話で躱す日向。
勿論その心の内には。
──そりゃ、妹ちゃんが諒君を格好良くして来るって言うんだもんさ~。
そんな気持ちがあった。
実際、自分に気づいていない時の諒の背中を見た時。
普段と違う、すらっと着こなされたジャケット姿に期待感が強く煽られ。振り返った彼の固めた髪を含めた印象の違いは、彼女の心をときめかせるに十分なもの。
思わず心で
──妹ちゃん! ぐっじょぶ! ぐっじょぶだよ!
とキャーキャー叫んでいたのは言うまでもない。
──ワンピも似合うって言ってくれたし、やっぱ早起きは三文の得だよね~。
萌絵の隣を歩きながらこちらを見る彼は、やはり今までの男子で一番輝いて見える。
それだけで、日向はもう今日一日の幸せが約束されたようなもの。
とはいえ、それを周囲に感づかれてはいけないと。
「実際萌絵だって、めっちゃ楽しみだったんじゃないの?」
日向は誤魔化すように、萌絵の本心を聞こうとしつつ、にやりと笑みを向けた。
「え? あ、それは、そうだけど……」
言われた彼女は突然の事にしどろもどろになりながら、思わず恥ずかしそうに俯く。
彼女もまた、今日の諒の装いには良い意味で驚き、良い意味でやられていた。
──こういう服装も似合うんだ……。
出会い以降、会ったのが春休みというのもあり、彼の私服姿も見慣れてきた中で、香純がコーディネートしたこの格好は、十分彼女のハートも撃ち抜いている。
だからこそ、最近日向との会話で端々に感じさせられる、諒を想っているような発言が少し気がかりであり。それもあって、自分と同じく早く逢いたくて来たのでは? という想いが過ぎる。
「まあまあ二人共。やっぱり皆で集まって遊べるのは楽しみなんだし。今はこの後どう楽しむかを考えよう」
そんな二人のやり取りを笑みを浮かべながら見ていた蒼が、萌絵に助け船を出すように話す。
そんな彼もややオーバーサイズのジーンズジャケットに黒のインナーシャツとジョガーパンツという、普段の爽やかさとは違うややワイルドな服装をしっかり着こなし非常に似合っており。たまに通り掛かる女性の視線を充分に集めるだけのものを持っているのだが。
こと、このメンバーに関しては、そういった視線を一切受けない不思議な空間となっていた。
それ故だろう。蒼も以前、諒にだけこっそりと、
「彼女達といるの、気負わなくていいから楽しいんだよね」
と話すほど、この状況を素直に楽しんでいた。
*****
そうこうする内に、彼らの前についに、目的地である芝野蔵レジャーランドが姿を現した。
芝野蔵レジャーランド。
地域でも有名であり、様々なテーマパークを複合させたような遊園地である。
幾つかに分けられたエリアには、遊園地らしいジェットコースターにホラーハウス、観覧車から、最近流行りの謎解き部屋に、光線銃を駆使したガンシューティングアトラクションなどもあり、エリア内の食堂やお土産屋なども、世界観を重視した、この場所自体がひとつのエンターテイメントの雰囲気を出した場所である。
その内容の充実っぷりから、週末ともなれば多くの客が訪れるスポットでもある。
皆がチケットを購入し、入場口からエリア内に入ると。
「これは、凄いですね……」
思わず感嘆の声を上げたのは椿だった。
「椿さんって、こういう所初めて?」
予想以上の驚きようが気になり、諒が何気なく尋ねてみると。
「幼い頃、両親に何度か遊園地に連れて行っていただきましたが、当時ここまで素敵な雰囲気の場所はございませんでしたね」
彼女は本当に嬉しそうな笑みを浮かべ、諒を見た。
確かに彼女がそこまで言うだけの事はある。
入場口を抜けた矢先のエリアは主にお土産系の店が立ち並んでいるのだが、洋風感溢れる建物が並ぶその街並みは、海外を経験している彼女ですら、まるでそれと同じ場所を来たと錯覚させる程の没入感を感じるものだった。
「僕も初めてここに来た時は感動したなぁ」
「わかるわかる~。日本にいるはずなのに、海外にいる感じするんだよね~」
「海原先輩もですか? 私もこの雰囲気大好きで、友達とよく遊びに来るんです」
蒼の言葉に相槌を打つ日向と香純。
だが、次に続いた諒の言葉には、思わず皆が少し驚いた顔をした。
「本当に凄いよね。落ち着いて散歩したい位」
勿論、諒にとっては素直な感想なのだが、遊園地に来て散歩をしたいと言われると思わなかった日向は、思わず頭を掻いた。
「諒君って、本当なんていうか、独特だよね」
別に日向に悪気はなかったのだが、それを聞いた諒ははっとすると、少し申し訳ない顔をする。
「あ、その。遊びに来たのに、ちょっと変だよね。ごめん」
「そんな事ないよ。そういうのも素敵だと思うよ」
自分が普通でないと思い、そんな弱気な言葉を口にする彼に対し、優しく微笑んだのは萌絵だった。
勿論これもまた彼女の本音だと感じた諒は、その表情を見て少し気恥ずかしそうな顔をすると、目を逸らし頬を掻く。
そんな何気ないやり取りの最中。
「それで皆様、最初はどちらに参りましょうか?」
椿が入場時に貰ったパンフレットを眺めながら、興奮冷めやらぬ雰囲気で皆に声を掛ける。
その何処か子供が何かを期待するような瞳に、皆が思わず笑顔になると。
「そうだなぁ。やっぱり最初は……」
彼女の覗くパンフレットを脇から見た日向が、これまた楽しげに、ある場所を指差すのだった。




