第三話:日向に始まり日向に終わる
駅から十分程歩き、二人はついに学校までやって来たのだが。
去年より二十分程早くやって来たにも関わらず、既にクラス替えの発表をする掲示板の前には、生徒達がごった返していた。
色々な場所で喜びや落胆の声が聞こえる中。
その人の波を遠目に見ながら、諒と蒼は互いに顔を見合わせる。
「どうしよっか?」
「う~ん。無理矢理行ってくるしかないか」
「普通科はEからHだし、手分けして見てくる?」
「まあ、それが無難だよなぁ……」
この先、もみくちゃにされる事を考え、互いに苦笑を浮かべるも、このまま立っていてもただ時間が過ぎるだけ。
仕方ない、と二人が覚悟を決めた、その時。
突然二人がポケットに入れていたスマートフォンが短く震えた。
「ん? 誰だ、こんな時間に」
滅多にこの時間に通知などない諒が首を傾げていると、先にスマートフォンを取り出した蒼がその画面を見て、ふふっと笑うと。
「僕らを憐れんだ神様から」
そう言って、彼がスマートフォンの画面を見せてくれた。
それはMINEに届いたメッセージなのだが。
『蒼君も諒君も、同じF組で〜す! 場所取りしてあるから早く来てね〜!』
そんな元気溢れるメッセージと、可愛いうさぎのマスコットがピースサインをしているスタンプ。
それは正しく日向からのメッセージだった。
「って事は……」
諒もまたスマートフォンのロックを解除しMINEを見てみると……。
『おはよう。諒君と蒼君、同じF組だったよ。二人で楽しみに待ってるね』
萌絵からの落ち着いた感じのメッセージと、同じうさぎのマスコットがぺこりと頭を下げているスタンプだった。
「確かに、これは神の救いかも」
「でしょ? 待たせてもいけないし、早く行こうか」
「うん。そうだな」
諒と蒼はあの人混みに入らずに済んだ安堵の表情を見せると、互いの相手にスタンプでOKや了解を返し、そのまま昇降口へと歩いて行った。
*****
上履きに履き替えた諒と蒼は、階段で二階に上がると、既に人が多い廊下を歩いて行き。ついに新学期より過ごす教室ヘとやって来た。
既に空いている教室後方の引き戸から中に入ると。
「おっそーい! こっちこっち!」
待ちくたびれたような声で、窓際後ろの方の席から立ち上がって手を振る、金髪の目立つ女子がいた。
嬉しそうな笑みを浮かべる彼女の後ろの席には、萌絵も座ったまま、小さく二人に手を振っている。
正直、今まで教室に入った途端に女子生徒に手を振られる経験などなかった諒は、少し気恥ずかしげに。そういった事に慣れている蒼は爽やかに手を振り返しつつ、彼女達に歩み寄って行く。
「おはよ〜!」
「諒君。蒼君。おはよう。」
「おはよう。日向さん。萌絵さん」
「おはよう。しかし日向さんって、朝から凄く元気だよね」
「そりゃ、皆同じクラスになれたんだもん。テンション爆上げだよ! ね? 萌絵?」
「うん。そうだね」
諒の素直な感想にそう返した日向が嬉しそうに萌絵に話を振ると、彼女もはにかんで見せた。
「って事で、諒君は窓際一番後ろの萌絵の隣ね。蒼君はその前の席で私の隣」
「蒼はそれでいい?」
「勿論」
もうそれは決まっていた事、と言わんばかりにテキパキと指示を出す彼女のペースに少々戸惑いつつも、二人は指示された席に腰を下ろしたのだが。
それが、諒にとっての波乱の幕開けだった。
「日向〜。萌絵〜。こっちで一緒に話しないの?」
日向や萌絵と仲の良い女友達の声に。
「まあね〜。たまには新しい友達とも話しておきたいからさ〜。皆とは何時でも話せるしね」
などと笑顔で口にした日向。
だが、女友達はそんな彼女に怪訝そうな顔をする。
「新しい友達って……もしかして?」
別の女友達の言葉に。
「うん。蒼君と諒君」
さらりとそう日向がそう返すと。
「えぇぇぇぇっ!?」
女友達は一斉に驚きを見せた。
「赤城君は分からなくもないけど、なんで青井君!?」
「もしかして、赤城君とお近づきになりたくて、青井君囲っておこうって魂胆?」
意外な理由の鉾先は、図らずも諒に向く。
確かにこの中で唯一、日向が最も友達にならなそうな相手が諒。だからこそ、ある意味それは最もな疑問であり、裏を感じても仕方ない。
だが。
日向は女友達に向け、屈託なく笑った。
「違う違う。ちょっと春休みに色々あって、諒君が凄く良い人って分かっちゃったんだよね〜。だから友達になって色々知ろうと思ってさ〜。ね? 諒君?」
「え? あ、うん」
突然話題を振られた彼は、頭を掻きながら何とか返事をするが、女友達は納得する雰囲気がない。
そんな空気を察し、萌絵も口を開く。
「諒君は人付き合いは苦手だけど、気を遣ってくれるし本当に優しいよ。こないだ一緒の時も、見ず知らずの老夫婦が困ってるの、助けてあげてたし」
笑顔で語る萌絵の言葉は、日向より信憑性があると感じたのか。流石の女友達も「へ〜っ」と感心した様子を見せる。
「ま、そういうわけだからさ。放課後は一緒に話そ?」
と。何とか裏にある本音を語らず、うまく退けそうだった四人だが。間髪入れて男子が声を掛けてきた事で、またも空気が一変する。
「そういや青井。お前、霧島さんに抱きつかれたって本当か!?」
「へ? あ、その……」
瞬間。周囲の生徒達は驚きと共に一斉に諒に視線を向け、彼は思わず狼狽えた。
それが確かに事実だからこそ、朝に蒼も懸念していた話だったのだが。結局どこまで話して良いのか。どう対処して良いのかまるで分からなからぬ諒は、答えに窮してしまう。
ちらりと萌絵に視線をやると、彼女もあの時を思い出してか。思わず恥じらい目を伏せており、それはありありと事実を認めているようなもの。
だが、ここでも日向は本当に凄かった。
「ねえ君島君。その場に居合わせてた?」
「え? いや。又聞きだけど……」
問いに答えた男子に対し、彼女はふ〜んと答えると、何処か自慢げな顔をする。
「諒君はあの時ボウリング場で私達と一緒だったんだけど。これがもう、プロ顔負けの凄いプレイでさ〜。私もかなり手に力入って見守ってたんだけど。最後の一投が終わった瞬間、そりゃ周囲も私達も大興奮だったわけ」
その時の事を、身振りも交えながら興奮するように話す彼女の会話力に、周囲の目が一気に集まったのだが。
「それで興奮しすぎて萌絵が抱きついたのは本当。でも、正直私も思わずそうしようとしてたし、それ位凄かったんだよ? あれは観てない人には伝わらないよね〜。ね? 萌絵?」
「う、うん。本当に凄かったよ」
日向の言葉に、顔を赤らめたまま必死についていく萌絵に「でしょ〜?」なんて相槌を入れ、事実を事実としながら、それでいて友達以上恋人未満の関係は感じさせないカバーを見せる。
「僕も一緒だったけど、本当に凄かったよ。きっと目撃した人に聞けば、その凄さと興奮はちゃんと伝わると思うな」
日向を援護するように蒼までもが笑顔でそう応えてしまえば、周囲の者達も流石に納得せざるを得なかった。
「青井、お前役得過ぎじゃないのか?」
思わず別の男子がそう羨ましそうに声を掛けるも。
「羽生君もそれ位良いとこ見せたら、もしかしたらもしかするかもだけどね〜」
日向が嫌味半分。悪戯半分の怪しき笑みでそう言うと、流石に分が悪いと感じたのか。肩を竦める。
それを見て、日向は立ったまますっと腕を組むと、周囲の生徒達に宣言した。
「ま、そんな訳で。二人は私の新しい友達だから。もし馬鹿にする人とかいたら、承知しないからね」
そのしっかりと感じる圧に、男子も、女友達も。皆が戸惑いつつも頷いたり、「分かったよ」と返事をすると、蜘蛛の子を散らすように彼等は四人を解放した。
その光景に満足した日向は、大きく息を吐くと席に座る。
「日向さん」
「ん? どうしたの? 諒君」
「あの。ありがとう。それから、蒼も。萌絵さんも」
何処か肩身の狭い感じで、恐縮した諒が皆に頭を下げると。日向は彼女らしい快活な笑みを浮かべると。
「だって友達だからね。まあそれでも感謝してくれるなら、今度何か奢って貰おうかな?」
そう言ってにっしっしと笑う。
「日向。そういう所が一言余計だよ」
「まあまあ」
同じ感謝の気持ちを持ちながらも、流石に少し気が引けて咎めてしまう萌絵だったが、それを蒼が笑顔で宥める。
「でも、諒が助かったって言った気持ちは本音だよね?」
「うん。流石に高級料理とかは無理だけど、その内何かご馳走するよ」
そんな気を遣った言葉を耳にした日向は。
「やっさし〜! 期待してるね!」
と笑みを浮かべつつ。
──折角だし、二人でご飯とか、ちょっと良いかも?
などと、心でにやけるのだった。
そうこうする内に、ショートホームルームを知らせる鐘の音と共に、
「皆さん時間ですよ。まずは適当に席に座りなさい」
落ち着いた感じの眼鏡の女教師が入って来た。
一気にクラスにいた生徒達は私語を避け、慌てて各自席に腰を下ろし、教室の戸を閉めた。
周囲を一瞥した女教師は、眼鏡を指ですっとあげると、静かに自己紹介をする。
「今日から皆さんの担任をする櫻井水瀬です。担当授業は音楽よ。これから一年、よろしく頼むわね」
その言葉に、皆が拍手をするも、何処か表情に緊張感があるのは、彼女が意外に厳しい教師として認識されているからに他ならない。
拍手が鳴り止んだ所で。
「さて。今日からあなた達も二年生になった訳だけど。色々と話をする前に、今日からこの学校に転校してきた子がこのクラスの仲間になります。丁度クラス替えになったばかりだし、皆も新たな気持ちで迎えてあげて下さい」
水瀬が落ち着いた口調でそう説明をすると、「入って頂戴」と戸の外にいた生徒を促した。
声に導かれ戸が開き、入ってきた女子生徒を見て、生徒達は皆目を丸くし驚きの声をあげ。日向も。萌絵も。蒼も。そして諒も。思わず皆が各々《おのおの》の理由で目を見開く。
何故ならば。
そこに現れたのは、多くの生徒達がよく知り、何より諒が忘れられない相手だったのだから。




