第二話:想いの強さ
電車に乗って上社駅で降りた二人は、多くの生徒で賑わう通学路を、周囲の流れに合わせて歩いていく。
元々二人が通う神城高校は生徒数も多いため、少し早めに二人が登校しているこの時間も生徒はそこそこいるのだが。
流石は新学期と言うべきか。新しい制服に身を包んだ新入生も含め、普段より俄然人の量が多い。
「そういえば、去年はこの時間より少し遅く来たけど大変だったよね?」
「そうだったそうだった。クラス替えの看板に人だかりできてて、あれ見るのだけで十分以上掛かったよなぁ」
どこか懐かしげに、去年新入生だった時の事を語る蒼と諒。
そんな親友二人の時間は、残念ながら長くは続かなかった。
「あ、あの! すいません!」
突然。
二人の背後から誰かの声がして振り返ると。そこには数人の女子生徒達がいた。
見慣れない顔。だが、ブレザーの真新しさから、新入生だと察するのに時間は掛からなかった。
彼女達は恥ずかしそうにしているおとなしめな子に「ほら! 早くしなよ!」とか「勇気出して!」など、一生懸命背中を押している。
流石に諒も彼女の反応から、何かを察したのだろう。
くるりと一人振り返り、その光景を見ないよう気を遣う。
女の子が勇気を振り絞ると、顔を真赤にしながら、
「赤城先輩。あの、その……これ、読んでください!」
強き想いの籠もった声と共に、さっと可愛らしいピンクの封筒を差し出してきた。
蒼は普段通りの優しい笑顔で、
「ありがとう。後で読ませてもらうね」
と、それを受け取ると、ブレザーの内ポケットにすっと仕舞う。
受け取ってもらえた少女は瞬間、ぱぁっと表情を明るくし。周囲の子達にも「やったね!」と声を掛けてもらえていた。
「それじゃ、君達も気をつけて登校してね」
「は、はい!」
笑顔で手を振った蒼が、振り返り歩き出すのに合わせ、諒も歩き始めながら、ちらりと背後を見た後。彼女達との距離が空いたのを見て、ふぅっと息を吐いた。
「あれ。多分、母校の子かな?」
「多分ね」
「……女子ってやっぱり凄いな。学校変わっても追いかけてくるって」
春休み直前の萌絵の告白を思い出し、諒は両手を鞄ごと頭の後ろに持っていきながら、感心した声をあげた。
蒼は本当にモテる男だ。
下駄箱のラブレターなんて日常茶飯事。時にはこんな感じで通学路ですらラブレターを貰い。ときに勇気ある女子に告白もされる程だ。
今の女子達は間違いなく新入生。だが、いきなり告白されたということは、以前より彼を知る者のはず。となれば、彼等の通った中学校の後輩である可能性は高い。
実際、諒は一年の三学期に入ってから、香純より、
「蒼先輩目当てで神城高校を受験した先輩、結構多いみたい」
といった情報を耳にするほど、彼は後輩からの人気も高い男だったのだが。
──学校変わっても追いかけられるって、凄いよなぁ……。
と、諒はそう感じつつ。
──そういや萌絵さんって、何で神城高校受験したんだろ?
ふと、急に身近になった彼女のことを思い返す。
十年自分を見てきた霧島萌絵。告白してきた霧島萌絵。
熱意なら、確かに先程の彼女に負けてはいない。
ただ。
──まさか、だよな?
当時クラスも違い、縁遠い存在だった自分の受験先までは知る機会などなかったのでは、と振り返って思う。
考え込んでいる諒を見て、何かを察したのか。
「多分、萌絵さんも同じじゃないかな?」
「え? 嘘だろ?」
蒼の台詞に、お互い視線だけで相手を見る。
信じられないと驚く諒に、彼はくすくすと笑う。
「ここだけの話だけど。三年の二学期に、萌絵さんに声を掛けられた事があったんだ」
「え? そうなの?」
「うん。と言っても、その一度っきりだけど」
少し何かを懐かしんだのか。
蒼はふっと優しい目をする。
「実際、その時もさっきの子達と同じで、突然手紙を渡されて『良かったらお返事ください』って言われて去っていっただけ。今とは全然違って、すごくおどおどと、不安そうな顔をしながらね」
「……って事は、萌絵さんに告白されたの?」
先程の光景が重なったのか。
諒が少し驚いた顔をすると、彼は首を振った。
「いや。書かれてたのは彼女のメールアドレスと、諒の受験先を知ってたら教えて欲しいって内容だけ。あんな手紙貰ったの、今までで最初で最後かな」
「……流石に作り話だよな?」
「本当だよ。それで彼女の気持ちを察して、諒に内緒で勝手に教えちゃったんだ。手紙はまだ家に取ってあるから、気になるなら見せてあげてもいいけど?」
「……いや、いい」
少しだけ困ったように頭を掻く諒に、蒼は屈託なく笑う。
「でも、それが一年越しで花開くとはね」
「別に。萌絵さんはまだ友達だぞ?」
「それでも彼女にとっても、諒にとっても進展だよ。あの件以降、諒が女子に見向きもしないのかと心配だったし」
「それを言うならお前だって。これだけ告白されても誰とも付き合わないじゃないか。俺はよっぽどそっちが心配なんだけど」
あまりに自分の事ばかり口にする蒼に、気恥ずかしさが勝ったのか。
諒はやや皮肉交じりにそう返す。
確かに蒼は昔から本当にモテた。
だが、彼はここまで一度も女子と付き合ったことはない。
彼女にはならず、女友達として交流する子も少なくはないが、本当に一度も付き合いをしていないのだ。
そんな諒の言葉に、少し苦笑しながら彼は頭を掻く。
「まあ。僕もちゃんと、自分が好きになった人と付き合いたいって思うし」
「って事は、そろそろ誰か、そういう子ができたのか?」
「そこは何時も通り、企業秘密」
「……ったく。そういう所はガード堅いんだよなあ」
呆れるように話す諒。
だがそれでも、これ以上無理強いして聞こうとしない彼の優しさを知っている蒼は、にっこりすると、
「ちゃんと告白したり、彼女できたりしたら報告はするよ」
そう言って、爽やかに笑うのだった。




