第七話:金髪の姉妹
肩を大胆に出した白いフレアオフショルダーのブラウスに、膝より少し丈の短いデニムスカートを履きこなした日向は、目にした相手が香純だと理解した瞬間。
「うわぁ! 何時もと雰囲気全然違うから、人違いだったらどうしようかと思ったけど!」
一気に彼女に駆け寄ると、香純の周囲を忙しなく動き回りながら、ジロジロと彼女を見回していく。
「え? あの!? 海原先輩!?」
思わず戸惑いから、素っ頓狂な声を上げる香純に対し、彼女は一度二人の正面に戻ると。
「いやぁ。まさか萌絵と同じ清楚系もいけちゃうとか。やっぱり妹ちゃん可愛いよね~」
満足そうな笑みでうんうんと頷いてみせた。
「えっと、その……。そんな事は、ないですよ?」
「何言ってるの。ありあり。あり寄りのありだよ~。私なんてこの肌だからさ~。そういうのほんっと似合わないんだよね。羨ましい~」
謙遜しつつ恥じらう香純に、きらきらとした笑みを返す日向。
それ自体悪いことではないのだが。流石の諒も、妹が同時に困った顔をしているのを、見て見ぬ振りはできない。
「そ、そういや日向さん。どうしてここに?」
彼がそんな助け舟を出すと、彼女は少しキョトンとした後、普段通りの笑顔で話し出した。
「買い物。春物で良さそうなコーデとかないかなって探してたんだ~。家すぐそこだし」
「家が……すぐ、そこ?」
「あ、そっか。諒君達には言ってなかったっけ。私の家、この駅から近いんだよ」
「「え!?」」
その言葉に、二人は思わず目を丸くした。
この芝野蔵駅付近は本当に栄えているが、同時に土地価値の高さから、商業地区としても発展している。
そのため、近所にある家々で最初に浮かぶのは、駅周辺の高層マンションばかり。そのため、彼女はそんな家に住んでいるのだと思ってしまったのだが。
「皆この話するとそんな顔するけど、この辺だって少し外れたら普通の家とかあるんだからね?」
兄妹の驚きにも意に介す事なく、日向はそう笑い飛ばした。
「それより、二人は何をしてたの?」
「え? あ……」
「その、ええと……」
突然の切り返しに、言葉を濁す二人。
流石に突然、デートの指南などと口にできるわけもなく。
「あの、私が滅鬼の映画観たくて、お兄を誘ったんです!」
「ふ~ん……」
必死に弁明を返した香純の言葉を聞き、どこか違和感を感じた日向は、まじまじと二人に疑いの眼差しを向ける。
「その割に、何か二人共随分くっついてたみたいだけどさ。普段もそんないちゃいちゃする感じなの?」
「え!? あ、あの、それは……」
しどろもどろになっていく香純は、既に陥落寸前の雰囲気を醸し出している。
その姿を見て。
──流石に、仕方ないよな……。
諒がひとつため息を吐くと。
「俺が、頼み事したんだよ」
真剣な顔でそう口にした。
「頼み事?」
「うん。今週土曜に萌絵さんと二人で逢うことになったんだけど、俺、デートみたいなのとかさっぱり分からないし、女の子の好きそうな店とかも全然知らないからさ。だから香純にレクチャーを頼んだんだ」
「へ~。ついに萌絵もやっと一歩踏み出したわけか」
腕を組み耳を傾けていた日向が、納得したように頷いていたが。ふとした閃きがあったのか。
腕を組むのをやめ、手をぽんっと叩く。
「つまり。妹ちゃんを萌絵役にして、デート仕立てにしたってことか」
正解。
諒と香純は一度顔を見合わせるも、余計なことを言うのは得策ではないと感じ、ただ彼女に頷き返した。
「でも萌絵は奥手だしまだ友達なんだから、妹ちゃんみたいにベタベタはしないと思うけど……。ってことはもしかして、恋人設定とか?」
どう? と答え合わせするようににっこり聞いてくる彼女の答えは、またも大正解。
これには香純も大きなため息を漏らし。
「海原先輩、勘良すぎです」
あっさり降参してみせた。
だが。
それがいけなかった。
──まあ確かに、諒君もあのピュアっぷりだし、色々知らなそうだもんね〜。
ファミレスでの一幕を思い出し、ある意味納得はしたのだが。次の瞬間見せた日向の顔は、何かを企むいやらしい笑顔。
「そっかぁ。じゃあ、私も協力しよっか」
「「え!?」」
またも声を重ねて驚いた二人は、嫌な予感を感じる。そして、その勘は……。
「私も諒君の恋人役をになって、色々教えてあげる」
勿論、大正解。
楽しそうにウィンクする彼女の表情に、二人はまたも顔を見合わせると、両手を上げ思わずたじろぐ。
「いやいやいやいや。ほら、日向さん買い物あるって言ってたでしょ?」
「うん。でも服とか見に行く訳だし、女子の買い物知らない諒君なら丁度いいでしょ?」
「だだだ、大丈夫ですよ先輩。私が既に買い物のレクチャーをしてますから」
「え? でも買い物したって割に、手荷物全然じゃん」
言い訳に言い訳を重ねても、暖簾に腕押し。
するすると二人の思惑を掻い潜り返事をさらりと返していく日向に、二人は引きつった笑いを見せ始める。
と。
ふと日向は、じ~っと香純を見つめた。
その圧に、背筋が寒くなるのを感じながらも、何とか視線を合わせていると。
「もしかして、諒君独り占めしたかったとか?」
図星。
ぎくりとした香純は、
「そ、そんな事はないです!」
思わず強く否定する。が、顔は真っ赤。
「ふふ~ん。素直で可愛いなぁ、妹ちゃんは」
瞬間にやにやとする日向は
「大丈夫。独り占めとはいかないけど、妹ちゃんも引き続き恋人役でいいから」
そうさらりと提案したが、勿論それだけで終わるはずもない。
「妹ちゃんと私は姉妹で、二人共諒君が好きでベタベタする設定ね」
「……へ?」
「せ、先輩!?」
突然の言葉に、呆気にとられる諒と。
突然の提案に、目を丸くする香純。
二人の反応をひとしきり楽しんだ日向は、嬉しそうに笑う。
「大丈夫だよ妹ちゃん。取り合いじゃなくて、ハーレムルートだから」
「は? はーれむるーと?」
妙に気の抜けた諒の復唱に、彼女は自信満々に頷いた。
「そ。私達なら二人共金髪だしさ~。姉妹っぽいじゃん? それに、こんな美少女二人にモテモテの諒君。役得じゃ~ん」
「いや、役得っていうか、別に普通にレクチャーだけしてくれれば……」
「諒く~ん」
必死の抵抗をする諒に対し、日向は一転白い目を向ける。
ややトラウマのある視線に、諒は一瞬びくっと身を震わせてしまう。
素直過ぎる反応に、彼女はひとつため息を漏らすと。
「ノリが悪いなぁ……な~んて事は、言わないけど」
少しだけ寂しそうな顔をした後、気丈に笑みを浮かべた。
「諒君が私の事を苦手なのは分かってる。あんな態度取っちゃったしね。でも、萌絵と仲良くなろうと頑張ってくれてる相手だからこそ、私ももっと仲良くなりたいんだよね。だめかな? 諒君。妹ちゃん」
今までと違う何処か真剣な雰囲気に、諒と香純はまたも戸惑い、互いの顔を見る。
ただ。そこに浮かびし迷いは、何とか断りたいという顔ではなく。自分達の心のやましさへの反省を色濃くしている。
──海原先輩も、気にしてたんだ……。
──日向さんなりに、考えてくれてるんだな……。
二人が選んだのは暫しの沈黙。
そして、
「お兄。私は、良いよ?」
先に折れたのは、香純だった。
ただ、それでも兄が苦しむのは嫌だという、心配そうな顔も覗かせている。
──まあ。変わらないと、だからな……。
諒は心で思う。
苦手な人を、避け続ける事はできるだろう。だが、それでは変われなだろうと。
ため息ひとつ。頭を掻いて。
ゆっくり、日向に向き直り。
「香純が良いなら、まあ」
諒は困り顔ながらも、何とか笑顔を返した。
それを聞いた瞬間。ぱぁ~っと笑顔が花咲いた日向は、先程までの雰囲気は何処へやら。普段の彼女らしいペースで話し出した。
「じゃあそれで決まり! 私は妹ちゃんを『香純』って呼ぶから、妹ちゃんは今日は私を『お姉ちゃん』って呼ぶ事!」
「お、お姉、ちゃん?」
「そ。そして~」
呆然とする香純を他所に、日向は嬉しそうに、彼女と諒を挟むように反対に並ぶと、自身の両腕をぎゅっと彼の腕に絡めた。
「私はこっち~。香純はそっちね!」
嬉しそうに笑う日向だったが。諒は瞬間。顔をぽんっと真っ赤にした。
──え? ええええ!?
誠に悲しい話であるが、彼女は香純より胸がある。
そして何より薄手のブラウス。だからこそ、今まで妹では意識してこなかった、服越しでもはっきり分かる胸の感触が、腕に伝わってしまったのだ。
露骨に恥ずかしがる諒を見て、香純の心に沸々と、ある感情が生まれ、大きくなる。
それは……嫉妬。
「わかりました。諒さん。行きましょ!」
先程の、兄の為にと決意した想いはどこへやら。
彼女も負けじとぎゅっと腕を取り、自身の手を絡めた。
それこそ、胸を押し付ける勢いで。
「え? ちょ!? ま!?」
「さっすが香純〜。私と一緒で積極的~。じゃ、行こう? 諒君!」
その言葉に諒は。
にっひっひと、今日一番の会心の笑みを浮かべた姉をちらりと見て。
少しだけ不貞腐れながらも、負けじと顔を赤くしながら視線を向ける妹もちらりと見て。
ひとり、大きく諦めのため息を吐くと。二人に引っ張られるように、ショッピングモールを三人仲良く歩き出した。
恥ずかしさに苛まれながら歩く、顔を真っ赤にした諒と香純。
だが、二人は気づいていなかった。
日向もまた、褐色の頬をほんのり赤らめていた事に。




