第三話:予想外の指南役
香純に相談した夜から二日。
協力者と会う日がやって来た。
前日夜になっても、相手の名前や連絡先すら明かそうとしない彼女に思わず苦言を呈した諒だったが。
「大丈夫。ちゃんと待ち合わせ場所行っててくれれば、彼女から合流してくれるから」
そう笑顔で話す香純の言葉を信じるしかない彼は、渋々納得しつつ、当日家を後にした。
待ち合わせ場所となったのは、水宮駅から更に数駅上社駅より離れた、定期区間外となる芝野蔵駅。
ここは上社町同様、かなり栄えた駅で、映画館も併設された大型ショッピングモールもあれば、少し足を伸ばせば遊園地に図書館。美術館に水族館。そして、夏には海水浴や花火大会で賑わう海岸までもがある、海沿いに位置した場所。
諒達が住む水宮の住民であれば、何かあれば上社駅ではなくこちらに足を運ぶであろう。
さて。駅改札のある二階の南側。
改札を出てすぐの南北に続く大きな連絡通路の南寄り。待ち合わせにも使われる天使達の彫刻が飾られた噴水の前に、諒はひとり、噴水を見ながら立っていた。
相変わらず茶と黒のチェック柄のシャツに白のTシャツに紺のジーンズと、至って普通の服装。時間はまたも待ち合わせの十時より十五分ほど早い。
噴水のある真上は円形にガラスが組み合わされ、快晴の空から入る光が噴水を明るく、神秘的に照らし出す。
その光景に目を奪われたかのように、諒は光を浴びる天使の像をじっと見つめている。
──しっかし。香純の協力者って事は、あいつの同級生か? 確か美樹ちゃんとかって子、以前家に連れてきていた事あったけど……。でも、何か違うよなぁ……。
過去に遊びに来た彼女の友達を思い出してみる。
確かにその子は香純同様可愛げのある感じだった。
だが、それでも自分と歳が二つ下となれば、女子の事情もまた違うような気もして、どうにもピンと来ない。
消去法で思い付く限りの香純の知り合いを思い浮かべるも。日向を除くと、それ以外に彼の頭に浮かぶ良さそうな協力者はいなかった。
ただ。
──日向さんは、ちょっとなぁ……。
正直な所。友達になったとはいえ、二人きりでとなると、結局空気を悪くし彼女に怒られるイメージしか浮かばず。それは流石に、と思わず眉間に皺を寄せてしまう。
正直、相手が誰か分からぬ不安は大きかった。
しかし、そんな気持ちも目に映る天使達を見ていると少し和らぎ、諒はふっと、応えもせぬ像に笑顔を向けた。
と、その時。
「りょ、諒さん」
まるで天使が応えたような……感じはしない、自身の名を呼ぶ少女の声がした。
聞き慣れない、気恥ずかしげな呼び方。だが、声は、間違いなく知っている。
彼は、静かに頭を掻くと。
「何変な呼び方してるんだよ、香純」
そう言いながら呆れて振り返ったのだが。瞬間、彼は立っていた相手を見て目を瞠った。
少女は、彼の知っている相手ではなかった。
いや。知っている。だが、まるで別人のようだった。
確かに、長い金髪。
だが、それをツインテールにはしておらず。自然に背中に流している。
一部の髪は質素な髪留めで頭の後ろに纏めたその髪型が、普段とは違う大人びた雰囲気を出している。
服装もまた、香純では考えられないものだった。
どちらかといえば、私服は裾がやや短いスカートだったり、ジーンズやショートパンツといった、活発感のある服装が印象に強いのだが。
この日は白いワンピースに、薄い水色のカーディガンを羽織り。白いポシェットを背負った、清楚感が際立つ姿。
そう。
そこにいるのは、確かに香純。
だがそれは、萌絵のような香純だった。
呆然とする彼に、身体を小さく横に揺らし、ほんのり顔を赤らめ、恥ずかしげに俯きつつも、ちらちらと上目遣いで様子を窺う彼女。
だが、何も言わず呆然とする兄に限界が来たのだろう。
「な、何か言うことはないの?」
口を尖らせ不満そうな顔で、そう問いかけてきた。
「え? あ、いや。その……」
相手は妹。
普段どおりの姿であれば、動揺などしない諒だったが。予想外の姿で現れた事に強く戸惑いを見せた。
──印象、違いすぎだろ……。
そう。今までにこんな姿をしたことなど、幼い頃位しか記憶がない。
だからこそ、完全に面食らった訳だが。
「な、何でそんな格好? しかも名前で呼んでくるとかさ」
彼なりの気恥ずかしさを振り払うように、咄嗟に返した言葉は不正解。
瞬間。香純は清楚さを忘れたかのように両腕を組むと。
「お兄! そこは褒め言葉を言う所! 『可愛い』とか『似合ってる』とかさ~」
思いっきり頬を膨らませ、不貞腐れてみせた。
そんな普段通りの表情を彼女が見せた事で、諒の心の緊張感が少し解れる。
「悪い悪い。でも、いきなりそんな風に出てきたら、こっちだって驚くだろ?」
「そういう言い訳はいらないの。女の子はこういう一瞬一瞬で相手への印象変わるんだよ? 普通の子なら、この時点で大きく減点なんだから」
まるで、彼女にとっては減点にならないような言い回し。だが、そんな細かな事に、気が動転した諒が気づくわけもない。
「そ、そっか……って。やっぱりお前がレクチャーする気か!?」
ふと今日の本題を思い出し。今日の協力者が現れた今。
昨晩耳にした言葉が聞き間違いでなかった事を知り、少し肩を落とす。
だが、その反応がまたも彼女に不満をもたらす。
「そうだよ! だから折角だし、少しでも霧島先輩に近づけたんだから」
「そう言われれば……」
確かに。
先程感じた通り、そこにあるのは萌絵のような香純。
まあ、それは分からなくはない。だが、疑問も残ってはいる。
「だけど、何で名前で呼んだんだよ? 驚かせようと思ったのか?」
「ぶっぶ~。お兄はやっぱり鈍感なんだから」
不貞腐れたまま強く否定した彼女は、一転にっこりとする。
「お兄は色々不慣れで知らないからね。だから、習うより慣れろでいこうと思ったの」
「習うより、慣れろ?」
何故だろう。
諒はこの瞬間。何となく嫌な予感がした。
だが、まだそれは予感でしかない。
「どういうことだ?」
確認するように問い返す彼に対し、また表情を変え、少しだけ顔を赤くしながら。
「きょ、今日は、私がお兄……じゃなかった。りょ、諒さんの、恋人役兼指南役だから」
両腕を後ろに回し。顔を背け。また少し身体を横に振り。片目だけ開けてじっと諒をみる彼女に対し。
「……はぁぁぁぁ!?」
諒は思わず、周囲の人々の注目を集めるほどの大声で叫んでいた。




