第四話:待つのが辛い時もある
あれから二時間ほど。
カラオケを終えた五人は、その足で六階のボウリングフロアに場を移していた。
こちらもまた学生が多く。プレイには少し待ちを要する状況。
ということで、順番待ちのカードを手にした彼等は、一度入口付近の休憩コーナーにある待合用のテーブルのひとつを囲むように、椅子に腰掛けていた。
「いやでも、二人共本当に凄かったよね」
諒が感心したように香純と日向を交互に見ると。
「そりゃ、振り付けまで極めてこそ鶴ウォッチャーだもん。ね? 妹ちゃん?」
「勿論です! でも海原先輩、本気でダンスうまくてびっくりしちゃいました」
「でしょ? でしょ?」
同じファンである香純からの褒め言葉に有頂天になる日向は、満面の笑みを浮かべる。
「でも妹ちゃんも、まさかのショルダーキーボード部分もエアでこなすとか。相当でしょ!」
「えへへ……。先輩が凄かったんで、普段より頑張っちゃいました」
これまた褒められて、嬉しそうに笑う香純。
先輩後輩でありながら、まるで昔からの知り合いのように意気投合する二人に、諒達三人も微笑ましくその会話を見つめている。
「でも、蒼君の歌も凄かったよね~」
「『星波駿平』の『EYE’S』なんて、あの疾走感あるテンポにしっかり付いてってたし、あの高音域出せる男子ほとんどいないよ」
と。
日向が次に褒めだしたのは蒼。
彼が歌った『EYE’S』は、アップテンポで激しく情熱的なロック調の曲なのだが、確かにそれを見事に歌い上げていた。
思わず萌絵も感嘆の声をあげると、彼は少し照れたように頭を掻く。
「そんなに凄いことなんてないよ。それより萌絵さんの『伝えたい想い』は本当に感動したよ」
「うん。しっとり歌い上げてたし、声本当にしっかり出てて、本物の歌い手さんかと思ったよね」
「そ、そんな事……」
蒼の褒め言葉に続き、諒も萌絵を褒めちぎると。彼女は思わず恥ずかしそうに、しかし同時に嬉しそうな顔を見せた。
確かに、彼女の歌った恋を題材にしたスローバラードな曲は、まるで本人と聞き間違う程に透明感ある歌声で、皆の心を震わせるに充分。
だからこそ、自然と諒もこれだけ褒めちぎれたわけだが。話しながら笑顔を見せてくれる彼を見て。
──褒めてもらえるなんて、嬉しいな……。
込み上げる喜びと共に、ふっと心が温かな気持ちに包まれた。
実際この曲は、好きな人に告白できなかった女性の想いが綴られた歌。
知らず知らずに感情がこもっていたのは間違いない。
さて。
これだけ皆が褒められた中、残る一人がいる訳だが。
「それに比べて、諒君ってばさ〜」
日向が表情を一転させ、その相手に白けた視線を向ける。
「一曲も歌わないって、どんだけノリ悪いかな~」
「ごめん。でも蒼と香純が歌上手いの知ってたけど、日向さんやも、萌絵さんもこれだけ上手いんだもの。正直肩身が狭くって」
棘のある言葉を受け、苦笑しつつ思わず肩をすくめる諒。
「日向。諒君だって色々あるんだろうし、責めるのは可哀想だよ」
「そうかもしれないけどさ〜」
見かねた萌絵が思わず口を挟むが、日向の不満そうな表情が変わらない。
「もう私達は友達なんだし。一人の行動がこういう時の楽しさに釘を刺して、空気悪くしたりするんだよ。分かってる?」
不満げに腕を組み、冷たい視線を送る彼女。
それに誤魔化すような愛想笑いを返す諒だが。日向も。萌絵も。彼しか見ていなかったから気づかなかった。
香純と蒼がそのやりとりを見て視線を交わすと、ほんの少しだけ真剣な表情をし、頷きあったのを。
「まあまあ。友達だからこそ、乗り気じゃない相手への押し付けも良くないと思うよ」
「その分ボウリングで見せてくれますよ。ね? お兄!」
なだめるように二人が会話に割って入りつつ、香純は諒に顔を向ける。
「そっちはそっちで、あまり期待されても、なんだけど」
それはそれで困ると頭を掻く諒だったが。彼をじ~っと伺っていた日向は、変わらず何処かノリが悪そうな彼にため息を漏らすと。
「まあ、妹ちゃんと蒼君に免じて許してあげるけどさ。その分しっかり萌絵のボウリング、教えてあげてよね!」
肩に掛かっていた金髪を払うと、指をビシッと諒に差し、命令を下す。
「うん。出来る限り頑張るよ」
流石にそれには相槌をうちつつ、諒はやっと自分への責めが終わったことに、内心胸を撫で下ろした。
『ご案内いたします。番号七番でお待ちの方。フロントまで起こしください』
と。空気の悪さから解放されたのに合わせたかのように、自分達の順番を呼ぶ声がする。
「あ、僕たちだね。じゃあ、行こうか?」
蒼の言葉を合図に皆が立ち上がると、人混みを避けながら先行する蒼と日向に続き、皆はフロントに足を運んだ。
「おや? こんにちは」
フロント対応を蒼と日向に任せ、少し離れて待っていた諒、萌絵、香純の三人は、突然後ろから何者かに声を掛けられた。
諒が振り返ると、そこには店の従業員の赤い制服を着た、白髪頭をオールバックにした初老の男性が笑顔で立っている。
「あ。ご無沙汰してます」
諒が笑顔で頭を下げると、他の二人も釣られて彼等を見た。
「あ! 木根さんお疲れ様です! お元気してますか?」
「おかげさまでね。お父様は元気かい?」
「はい。相変わらず元気にしてます」
香純も知り合いなのか。二人は笑顔で会話を交わす。
「あの……諒君の知り合い?」
「うん。父さんのボウリングの師匠なんだ」
萌絵の遠慮がちな耳元での問いかけに、諒はちらりと横目で彼女に目をやると、さらりとそう説明する。
「今日はお友達と一緒かい?」
「はい! お兄のお友達と、皆でボウリングしようって事になって」
「そうなのか。もう少しだけ待ってもらえるなら端を用意できるけど、どうする?」
「え? でも今日は人も多いみたいですし」
突然の木根の提案に、諒が遠慮気味にそう口にするも。
「端の方が友達も、中央より人目を気にせず気兼ねなく楽しめるんじゃないかな?」
木根は柔らかい笑みでそう言葉にする。
そんな中。
「え? 端のレーンって確か、プロの方向けの……」
提案を聞き、思わず割って入ったのは萌絵だった。
この店は規模が大きいだけでなく、プロボウラーの大会なども行っている。
そのため、よくプロボウラーが練習に来るのだが。普段大会などのない平日は、プロの方に練習に集中してもらえるよう、左右の端二レーンほど、プロや腕のある方専用にしているのだ。
彼女の言葉に、ふっと木根は萌絵にも笑みを返すと。
「今日は学生も多く騒がしいせいか、プロもあまり来ていなくてね。左の一番端のレーンだったら、隣のレーンも空いているし落ち着けるだろう?」
「ですが、ご迷惑にならないですか?」
諒がそう口を挟むと。
「それは気にしなくて良いよ。その代わりと言っては何だが、良かったら久々に、あれを見せてほしいのだけれどね」
意味ありげに木根がにっこりと笑うと、意図を理解した諒は苦笑してしまう。
申し出に気づいた香純が、突然兄の腕を取ると。
「お兄! 私も久々にあれ見たい! 折角だしご厚意に甘えよ?」
爛々《らんらん》と輝く期待の瞳と共に強くおねだりをする。
「あれって?」
唯一状況が分からず、一人困惑する萌絵に対し。
「後で分かりますよ。本当にすごいんですから!」
既に確定したと言わんばかりの笑顔で萌絵にウィンクする香純。
──おいおい……。
勝手に話が進んでいる状況に、思わずそうツッコミたかった諒だったが。木根の優しさを無碍にする訳にもいかず。香純を落胆させるのも憚られ。
結局苦笑しながら頭を掻きつつ、
「少しだけ、考えさせて貰っても良いですか?」
思わずそう譲歩する。
木根はそんな彼の表情に頷くと。
「友達がいるんだから、無理はしなくて良いよ。まあ、きっとあれを見れたら皆喜ぶと思うけどね」
そんな言葉を口にする。
「お兄、いいじゃーん。霧島先輩にボウリングのコツ教えたらさ。ね? ね?」
だが。中々に譲らないわがままな妹に、彼はただ苦笑し。未だ何の分からぬ萌絵もまた、諒を庇う事もできず呆然と二人を見つめているのだった。




