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<第5節 陸上記録会>

『さあ、今年も陸録りくろくの季節がやって参りました! 放送部の腕の見せ所ということで、わたくし権田瑞樹、今日はいつも以上に張り切っていきたいと思います! 今年は快晴。昨年は雨でコンディションが悪い中、様々な名シーンが生まれた訳ですが、今年はどんなドラマを見せてくれるのか。非常に楽しみですね~ヒラチューさん』

『はい。正々堂々、熱い戦いを見せてくれることを期待しております』

 瞬間、「盛大な拍手」ではなく、「盛大なブーイング」が起こった。

「帰れー」

「くたばれー」

「お前が正々堂々を語るなー」

 陸上記録会――通称、陸録。毎年ゴールデンウィーク明けに行われるこの大会は、贅沢にもスタジアムを貸し切る鶴高の一大行事だ。徒競走やリレーを始め、走り幅跳びや砲丸投げなども本格的に行われるこの大会は、運動会に匹敵するほどの盛り上がりを見せる。放送部にとっては普段の放送以外の数少ない活躍の場。もちろん、入念な準備をして臨んでいた。

「なあ、なんでヒラチュー先輩はこんなにブーイングを受けているんだ。宗教勧誘のおばさんの隣にいる娘くらい平然としているけど」

 最初の種目が始まる前のオープニングトーク中にも関わらず、怒号が飛び交う異様な光景だ。若葉のそんな素朴な疑問に、愛香は渋い表情で答えた。

「だってヒラチュー先輩、毎年プレーの実況そっちのけで、選手をいじったり恥ずかしい秘密を暴露したりしちゃうんだもん」

「うっわ、えぐ」

「だからヒラチュー先輩のクラス、いっつもヒール役なんだよ。今年は私も同じチームだから最悪」

 忠信の情報網を最大限に活かした盛り上げ方なのだろうが、被害を被る選手にとっては堪らない。

「もう暴露大会だよ、半分。しかも全部デマじゃないからタチが悪いの」

 どおりでヒラチュー先輩がやけに気合入っていた訳だ、と若葉は納得する。なんせ放送部の実況のシフト表の全ての時間に忠信の名前があったからだ。忠信+三人の誰かのローテーションとなっていて、若葉は不自然だなと思っていた。

「アーニャも、去年暴露されたのか?」

「……………………」

「何を?」

「絶対言わない! ばかっ! 変態っ‼︎」

 ふんとへそを曲げた愛香は鼻息を荒くし、自分のクラスの方へと歩いて行ってしまった。

 この陸録においては、ほとんどの生徒がどれか一種目には出場する。それは若葉も例外ではなかった。ただし忠信は出場しない数少ない生徒のため、幸か不幸かずっと放送席にいることができる。

 穏やかに今日一日が終わりますように、という何度目か分からない願いを胸に、雲ひとつなく晴れ渡る空の下で陸上記録会は幕を開けた。


   □ □ □


『一位は3年5組の上田くんです。いや~前評判通りの快走でしたね~、ヒラチューさん』

『はい。彼のツイッターはフォロー150人に対してフォロワー70人とダブルスコアがついていますからね。メンタルは非常に強い選手です』

『え~っ、普通同じ高校の人フォローしたら知り合いじゃなくてもフォロバされない? それ自己紹介のところ絶対事故ってるでしょ(笑)』


『このレースは川端さんの快速に注目です』

『彼女の常備薬はケナログ。口内炎がすごいそうです』

『ダメだよ、ビタミンもちゃんと摂らなきゃ』


『800メートル走も終盤、混戦の中から長岡くんが抜け出す!』

『長岡くんは女の子とのカラオケデートで、1曲目アニソン、2曲目バラード、3曲目HIPHOP、4曲目バラードと選曲ミスを連発。結局予定の2時間持たずにカラオケを後にしたそうです』

『え、カラオケで予定時間より早く帰ることってあるの? JKってカラオケ魔人だよ? カラオケの寵児だよ? よっぽど帰りたかったんだろうね』


『陸上部の中村さん、他の選手を置き去りにしてぶっちぎりの一位だ~!』

『速すぎて会場の空気すら置き去りにしていますね。みんなドン引きです』

『ありすぎる才能は罪なものだね~』


 と、忠信は今日もアクセル全開。嫌なラインを絶妙についてくる。その後の瑞樹の一言もかなり余計な気はするが。

 開幕直後のブーイングの割に、忠信が暴露をぶち込むと会場が笑いに包まれる。自分が暴露されるのは嫌だが、他人のは面白い。そんなものだろう。

 瑞樹と忠信の息はぴったりだ。昼の放送はずっと若葉と愛香でパーソナリティを務めているので、なんだかんだ二人の掛け合いを聞くのは初めて。何年も一緒にやっていた阿吽の呼吸で、止めどなく話が展開していく。

『小学校のクラス分けの話は聞いたことあるけどさ、高校のクラス分けってどんな感じなんだろうね』

『僕の調べによると、1年のクラス分けは入試の成績順にウェーバー制で分けられているはず。もちろん男女別々にそれをやって、男女比は合わせているけどね』

『あ~よく知らないけど、1位から順に1組、2組って進んで、6位と7位が6組で8位が5組っていう風に戻っていくやつ? プロ野球のドラフト2巡目から使われているやつ?』

『詳しいよね。絶対知っているよね』

『2年以降は?』

『1年の担任の先生に委ねられているみたい。各クラスの担任が自分のクラスを6つに分けて、それを組み合わせてクラスを決定しているらしい』

『へ~、相変わらずヒラチューが知らないことはないねえ』

『そんなことはないよ』

『あ、乙女心と空模様は分からないか。ヒラチュー、結構女子から人気あるのにもったいない』

『今日の天気は降水確率0%で晴れっていうことと、ゴンズイがお昼にプレミアムふわふわマシュマロシュークリームを食べるのを楽しみにしていることは知っている。あれ、カロリー高いからやめた方がいいよ?』

『そういうとこねっ!』


   □ □ □


 昼食休憩を挟み、実況は瑞樹から愛香にバトンタッチされた。


『おおっと、幅跳び現在1位の山田くん、痛恨のファウル~。次の2位村上くんの跳躍を待ちます』

『待つのは得意な選手ですよ。デートの日にちを間違えていたのに、3時間待ったことがありますから』

『生殺与奪の権を、他人に握らせるな!』


『内山くん、勝ちたいという気持ちが全面に出た良い走りです』

『昨晩、好きな子との電話で勝利を宣言しましたからね。負けられません』

『負けたくないことに、理由っている?』


『砲丸投げはこれにて決着! 石川くんが僅差で上回りました!』

『女の子へのプレゼントに買ったネックレス。実は彼氏持ちであることが分かり、泣く泣く海へ投げ捨てた経験が力になりましたね』

『惚れた女にゃ、幸せになってほしいだけだ!』


『おおっと山崎さん転倒~!』

『昨日の夜、タンスの角に小指をぶつけたのが響きましたね』

『貧弱貧弱ゥ!』


『小川くん、最終コーナーで一気に逆転だ~!』

『小川くんの推しはアーニャさん、あなたみたいですよ』

『愛してくれて……ありがとう!』


 と、愛香は漫画に出てくるセリフを雑に続けているのだが……どうしても煽りにしか聞こえないのはどうしてだろうか。漫画内ではどれも名シーンのはずなのに。

 忠信とのペアが瑞樹から愛香に変わると、どこか放送の雰囲気も変化して。

 そこで若葉は思った。

 自分が実況するときにはどうすればいいだろうか、と。

 なんか変な空気にならないだろうか。盛り上がらないのは嫌だが、あまり強い言葉を使って会場の空気を凍らすようなことはしたくない。

 上手く忠信先輩を生かしてあげるにはどうしたらいいだろうか。そんなことを考えていたら、自分の競技の時間が来ていた。

「やば、もう時間か」

 駆け足でグラウンドに向かう。時間を破るとチームの点数から減点されてしまうのでマズい。既に多くの選手が待っており、若葉は一番最後に到着した。

 種目は走り高跳び。不人気で出場する選手がいなかったのが理由の一つだが、それだけでもない。

 点呼が終わり、グラウンドに入場する。人工芝に足を踏み入れた瞬間、放送が聞こえた。

『さあ、我らが放送部、草選手が草の上を歩いております!』

『歴史的瞬間ですね』

『はいっ、草生えておりますっ!』

 と、いきなりジャブのいじりを入れてきた。

 すっかり忘れていた。まあ、こうなることは容易に想像できたが。

 準備運動の間も、二人は止まらない。

『肉離れして緊急搬送されないかだけ心配です』

『草選手のスリーサイズは上から82、72、89』

『心を燃やせ! あ、草は燃えちゃうからダメか~』

『誕生日は8月8日、猫ひろしと同じです』

 と、ツッコミ不在の掛け合い(?)は続いて。逆に他の走り高跳びの選手の紹介(暴露)は置き去りになっており、若葉は彼らから同情と感謝の眼差しを受けていた。

 そうこうしている内に、若葉の順番が回ってくる。若葉は手首と足首を回してから、助走に入った。

 まあ、少し驚かせてやるか。

 最初の棒の高さは百センチ。ここまで全員がクリアしているレベルだが、若葉はしっかりと加速してから右足で跳躍した。

 綺麗な背面跳び。数十センチの余裕を残して、若葉は危なげなく背中から着地した。

 一瞬の沈黙。その後、

『ええええぇぇぇぇ~~~~~~‼︎』

 ハウリングを起こすほどの絶叫がマイクに乗った。彼らの無茶苦茶な放送によって若葉は会場の注目を一身に浴びていたため、観客からも「おおっ」という歓声と拍手が起こる。

『ひ、ヒラチュー先輩⁉︎ あ、あれ、なんですか⁉︎』

『草は中学時代陸上部だったからね。しかも専門が走り高跳び』

『ちょ、教えておいてくださいよっ』

 中学生にとって帰宅部は良い目で見られない。若葉は父親の仕事の影響で転校が多かったため、途中からでも入りやすい陸上部、さらに個人種目である走り高跳びをしていた。

 忠信はやはり知っていたが、愛香には一杯食わすことができた。

 これで満足――と思っていた若葉だったが、競技は予想外の展開を迎える。

 思いの外若葉の調子が良く、最後の二人まで残ってしまったのだ。しかも相手は現役の陸上部の高跳び選手。

『タカ過ぎんだろ……』

 そう愛香が呟くほどに棒の位置は上がり、若葉も冷や汗が止まらない。

 その高さに相手も若葉も1回目は失敗。だが、明らかに相手の選手の方が惜しかった。

『さあ、この高さで勝負は決することになるのでしょうか。注目が集まっております!』

 愛香の実況も少しだけ真面目に、そして熱がこもってきていた。

『高橋くんの2回目の跳躍です!』

 大股の助走から、力強い跳躍。背中は美しい弧を描き、棒に触れることなく越えて見せた。

『成功です! 1回目の跳躍から修正し、完璧な跳躍を見せました!』

『これは草選手、非常にプレッシャーがかかりますね』

 忠信の言う通り、若葉は感じたことのないプレッシャーを感じていた。

 たかが学校行事だが、なんとなく負けたくなかった。放送部のみんなにイジられそうだし。

 若葉は大きく息を吸い込むと、助走に入る。中学の頃からは少し身長も伸びて、助走を合わせるのも難しかった。でもそこを完璧にできれば、チャンスはある。

 歯を食いしばり、右足での跳躍。角度、タイミングは良い。

 このまま、越えてくれ。

 落下運動に入る。瞬間、お尻が棒に触れた。体はマットに着地し、若葉は棒を見つめる。

 数回バウンドするように動いた棒は、惜しくも地面へと落下した。

『失敗~! ここで走り高跳びは決着! 1位は陸上部、高橋くんとなりました!』

 会場に拍手が降り注ぐ。それは相手選手だけではなく若葉に対しても贈られたものだった。けれど若葉はそれに気付かず、静かに拳を握り締めた。


 悔しさが残る中、そのまま実況席に向かうと、忠信が出迎えてくれた。

「競技お疲れ」

「お疲れ様です。ヒラチュー先輩」

 その隣には、愛香が放送席に座っていた。

 水分補給していた愛香は途中で飲むのをやめると、興奮冷めやらぬといった感じで立ち上がった。

「すごかったよ! 草!」

 予想外の反応に、若葉はしばし呆けてしまう。

 目をキラキラさせて若葉を見つめるその姿は、いつもとは少し違って。なんだ可愛いところあるじゃん、と不覚にも若葉の胸は弾まされていた。

「なんか……思っていた反応と違うな」

「そう? 2位は凄いって!」

 輝くようなその笑顔に、悔しさなんか吹き飛ばされてしまう。

 瞬間、パシャリとシャッター音が鳴った。視線を向けると、忠信がスマホを構えていて。

 愛香のせいで変な顔をした自覚があった若葉は、ぎょっとして忠信に詰め寄る。

「ちょっ、ヒラチュー先輩? それ見せて」

「嫌だ」

 必死に消去を試みるも、のらりくらりと躱される。

「良い写真だから、消すのはもったいない」

「いや、本当に確認するだけなんで。スマホ貸してください」

「も~次の競技始まるよ~」

 結局、写真の消去はできず、奇しくも逃げ切られる形になってしまった。


   □ □ □


 忠信は全く疲れた様子を見せず、水筒の飲み物を口に含んだ。若葉は椅子に腰を掛け、プログラムなどが書いた台本を手に取る。気持ちを切り替えて、実況に臨まなければ。

 瑞樹と愛香は自分らしさを存分に出していた。まだどのようにやればいいかは分からないけれど、なんとかしなければ。

「正直上手くやれる自信ないですけど、頑張ります」

 それを聞いた忠信は無表情のまま答える。

「大丈夫、自然体でやれば。草だけに」

「やかましいな」

 だがその言葉に底知れぬ力強さを感じ、若葉は小さく頷いてマイクの電源を入れた。

『さあ、今年の陸上記録会も終盤。現在の順位は1位から順に6組、5組、2組、1組、3組、4組となっております。しかし、点差はわずか。今年は近年稀に見る大混戦です』

 鶴高の陸上記録会は、クラスごとに学年を縦割りにしたチームで行われる。つまり3年1組、2年1組、1年1組が同じチームになるという形だ。

 若葉は2年6組。愛香は2年5組で、瑞樹と忠信の3年5組と同じチームだ。若葉の活躍もあり1位に立った6組を、奇しくも放送部三人が所属する5組が追いかける形。

『ヒラチュー先輩の5組も1位を狙える位置にいますが』

『そうですね。ここからは点数の配点が高い種目が続くので、活躍に期待したいところです』

 無難に始まった実況に、若葉は一抹の不安を覚えた。マイクの電源を落とし、小声で忠信に相談する。

「こ、これ大丈夫ですか? もうちょっと笑いとか入れた方がいいですかね?」

「そうだね。じゃあ、僕がやるよ」

 あくまで表情は変えず、忠信はマイクの電源を入れた。


『スポーツにはぁ~世界を一つにする力があるぅ~』

『いや、そんなテレビ局みたいなこと言わなくていいんすよ』


 会場から小さな笑いが起こる。ほっとした若葉は、そこから自分のペースで実況をこなしていった。

『ヒラチュー先輩、ここは最大の山場ですね』

『はい。盛り上げるために、『負けへんで』流します』

『いや、あれサビまで1分くらいあるからね。短距離走で流したらサビ前にゴールしちゃいますよ』

『そっか。じゃあサビから始まる曲の方がいいね』

『何にするんですか?』

『ん~、『チョコレイトビスコ』かな』

『はい不正解。確かにサビから始まるけれども。陸上競技に合わなすぎるでしょ』

 忠信が自ら積極的にボケるのは珍しい。だが、そのあまり感情を出さないボケは新鮮で少し面白かった。

 そして、順位は変わらないまま最終競技の男女学年混合リレーがやってきた。

『さあ、選手の入場です』

 愛香を先頭に、選手たちが入場してくる。後ろの方に人の中に埋もれるような形で、小柄な瑞樹が歩いている。笑顔で観客席に手を振る選手や、集中した険しい表情の選手など様々だ。もちろん、愛香と瑞樹は前者。

『いよいよこの競技で本日の雌雄が決します。現在集計中の競技はありますが、点差はわずか。どのクラスが優勝してもおかしくありません』

 当然、会場のボルテージも上がっている。観客席の手すり最前列に立って歓声を送っている3年生も少なくない。

『ヒラチュー先輩、注目選手などはいますか?』

『やはり3組陸上部の中村選手ですかね。女子で100メートル11秒台という、会場の空気すらを置き去りにする脚力は並ではありません』

『確かに、個人でもダントツでしたからね』

 この男女学年混合リレーは、1年男子、1年女子、2年男子、2年女子、3年男子、3年女子の順番に200メートルずつ走る。点数の比重も重く、各学年のトップランナーが集結する目玉競技だ。

『ヒラチュー先輩、この競技、なぜアンカーが女子なのでしょうか? 相場は男子がアンカーだと思うんですけど。理由とかは流石に知らないですよね?』

『女子の方がえるから、5年前からこうなったらしいですよ』

『最低な理由ですね。聞かなければ良かったです』

 第1走の男子選手たちがクラウチングスタートの構えを取り、合図を待つ。

 静まり返るスタジアム。若葉もごくりと息を飲んだ。

 そして緊迫した雰囲気の中、号砲が鳴り響いた。若葉の実況にも熱と力が入る。


『良いスタートを切ったのは6組! インコーナーから次々に選手を抜いていく!』

『青木くん、昔の将来の夢は素敵な旦那さんになることです』

『いないよ! 素敵なお嫁さんになりたい女の子はいても、素敵な旦那さんになりたい男の子はいないよ!』


『第2走は3組が追い上げる! 見事なバトンパスです!』

『塩見さん、今日の朝食は肉味噌ビビンバでした』

『いいだろ別に! 女子が朝から肉味噌ビビンバ食べても!』


『僅差で第3走へ! 先頭は依然6組!』

『梅野くん、好きな食べ物はパクチーとマカロンと酸辣湯!』

『女子が好きなのばっかり! いや、男女差別じゃありません! ごめんなさい!』


 若葉の所属する6組は現在1位。一方、愛香と瑞樹の所属する5組は4位と苦しんでいた。

 このまま逃げ切れば6組の優勝。

 だがここで、愛香にバトンが渡る。愛香はバトンを受け取った瞬間、力強く地面を蹴った。


『アーニャ速い! 二人を抜き、先頭へと肉薄する!』


 思わず若葉の声が裏返る。それくらいに他とは一線違った速さで、圧倒的な追い上げを見せた。

 陸録の結果を左右するレースということもあって、会場もここ一番の盛り上がりを見せる。若葉も心の中では興奮しつつも、忠信の情報を冷静にツッコんでいく。


『アーニャが幼稚園の卒園アルバムに書いた将来の夢は八百屋さん。理由はちび○子ちゃんが好きだったから』

『いや、いないのよ! 『ブラッ◯ジャック』を読んで医者に憧れたり、『バク◯ン。』を読んで漫画家を目指す子はいるけど、ちび◯子ちゃんのヒロシを見て八百屋に憧れる子はいないのよ!』


 愛香は4位から2位に順位を押し上げてバトンタッチ。第5走の選手を鼓舞してレーンの外に引き下がる。


『第5走、6組と5組の一騎討ちの様相を呈して来ました! しかし6組! ギリギリで先頭は譲らない!』

『奥川くん、先日温泉旅行に行きました。温泉で一人だけ自分より先に入っている人が見えてたので、服を脱いでから『お邪魔します』って言って入ったそうなんです。でも、中には誰もいなくて、小さな玉ねぎがお湯に浮いていたんですって……』

『何その急な怖い話!』


 そんなくだらない話をしている中でも、決着の時は迫る。

 そして、割れんばかりの歓声の中、アンカーの瑞樹に2位でバトンが手渡された。


『ついに勝負はアンカーへ!』


 瞬間、若葉は理解した。速い。足の回転が他の選手とは違う。

 正直、瑞樹はスプリンターには見えない。身長は低く、メガネをかけたその容姿からは体育会系というよりも文化系に見える。だが、実のところ陸上部に所属していた若葉は、瑞樹のふくらはぎを見て只者ではないと思っていた。怒られるか変態呼ばわりされるから絶対に本人には言わなかったけれど。

 直線で一気に最高速まで加速した瑞樹は、先頭に並ぶ。だがコーナーに差し掛かり、ギリギリで抜き切ることができない。

 じりじりとした鍔迫り合いは続き、最後の直線へ。ここで予想外の展開が発生する。


『おっとぉ⁉︎ 後ろから3組の中村さんが迫っている⁉︎』


 陸上部のエース、中村さんが怒涛の勢いで背後から迫っていた。200メートルという距離でスピードが徐々に落ちていく二人を、中村さんはスピードが落ちるどころか更に増すような勢いで猛追する。


『決着は――!‼︎』


 ゴールテープが迫る。瑞樹は必死に腕を振り、最後の粘りを見せた。


『5組! 激闘を制したのは5組のゴンズイ選手だ~~~~~~‼︎』


 ゴールテープを一番で切った瑞樹が、先で待っていた愛香と熱く抱擁する。バトンを天高く掲げ、チームメイトの歓声に応えた。

 観客席からは「ゴンズイ」コールが鳴り響く。それに瑞樹は「ゴンズイ言うなー‼︎」という定番の返し。

 歓喜に沸くその姿を見届けた若葉と忠信はマイクの電源を切り、ヘッドフォンを耳から外した。

「改めてお疲れ様でした、ヒラチュー先輩」

 最初はどうなることかと思ったが、最後の方は積極的にボケを入れてくれて。なんだか凄くツッコミやすかったような……

 そう思うと、若葉の中に一つの疑惑が浮上する。

「思ったんですけど……ヒラチュー先輩、相方によって話す内容変えてました? 最初はゴンズイ先輩が選手をイジりやすいように。そして俺の時はツッコミやすいように。愛香の時なんて特に漫画のセリフが言いやすいようにやっていた気が……」

 ふふふ、と不気味な笑みを浮かべ、青空を見上げた。

「僕はゴンズイみたいに面白い台本を作れないし、アーニャみたいに面白い話もできない。もちろん、草みたいに面白いツッコミをすることもできないんだよ」

 別にそんな面白くしようと思ってツッコんでいるわけじゃないんだけどな、と若葉は心の中で呟く。でも、嬉しい気持ちがあるのも確かで。

 忠信は自分のメモ帳に視線を落とすと、少しだけ自慢げに言い放った。

「でも、僕の仕事はみんなのことをよく知ることだから」

 そして、ほんのちょっと恥ずかしそうに、声を落とす。

「これでも、自分にできることを必死にやっているんだよ」

 その言葉に、ヒラチュー先輩らしさが詰まっているな、若葉はそう思った。そして、最後に自信満々にこう付け加える。

「僕はアーニャ以上に漫画には詳しいし、ね」

 その言葉に、ヒラチュー先輩には敵わないな、と若葉は思った。

 本来運動部が主役の陸録のはずが、なんだかんだ放送部の大活躍で終わった陸上記録会。帰り際、若葉は忠信がペットボトルを放送席に忘れていることに気付いた。

「ヒラチュー先輩、飲み物忘れてますよー」

「あ」

 スポーツドリンクが残り少しだったため、若葉は忠信にペットボトルを渡そうと放り投げる。

 それを忠信は、腰が折れたかのように避けようとし、途中で捕ろうとしたが間に合わず、結局避けることも捕ることできずに、最終的にはペットボトルに腰元を狙撃された。

 その情けない姿を見た若葉は呟く。

「あ……ホントにスポーツ駄目なんですね……」

 忠信はただ、無言で赤面するだけだった。


幕間

『鶴高七不思議~』

『はい、今日は鶴高あるあるを募集する鶴高七不思議のコーナーです』

『今日はどんなあるあるが集まりましたか~。お願いしま~す』

『日にちと出席番号が同じ日は先生に当てられやすいので授業中気が抜けない』

『うわ~ある~』

『あ~、俺は出席番号40番だからないんだよな~』

『あ! 若葉はそうじゃん! 私なんて出席番号が絶対1番だから、11日も21日も31日も油断できないんだよ!』

『あ~、あるよな、そういう派生型も』

『これは私の独断で七不思議、採用です。これで三十三個目~。次~』

『髪をバッサリ切ると、『失恋した~?』と聞いてくる人がいる』

『いるわ~、ってか私も言っちゃうかも~』

『男子はあんまりかな。髪切ってもそんなに印象変わらないし』

『ん~ちょっとインパクトに欠けるから、不採用! 次!』

『学校行事の後、異常に校内カップルが増える』

『いや~あるんだけどね~、私は無いかな~』

『あー俺もかな。なんか負けた感ある』

『そう、それ! 勢いに流された感じしちゃって! 学校行事の直後に付き合うのは負けた感ある、だったら採用だったね! 次!』

『結局、女子のポニーテールは最強』

『ん、これはどういう意味?』

『補足説明がありますね。ポニーテールのうなじ、ポニーテールを結ぶ時にチラッと見える脇、振り返った時にポニーテールから香るシャンプーの匂い、最強です』

『え、なんかキモくない? これあるある?』

『一応言っておくが、俺が書いたわけじゃないからな』

『え、何? ゴンズイ先輩。あ、ホントだ。私、今日ポニーテールだ……』

『『………………』』

『ゴホン。気を取り直して……、ジャイアントババアさんのリクエストで、『コミカル猫ルッキズム』の『Priketuder』、どうぞ』

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