表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

<第2節 打ち合わせ>

「では改めて、ようこそわが放送部へ」

 瑞樹の真面目な言葉に、ピリッとブース内の空気が引き締まる。夕日が窓から差し込み、瑞樹の横顔を橙色に照らした。

「とりあえず、基本的なことの説明からね」

 瑞樹はホワイトボードを引っ張ってくると、若葉、愛香、忠信の三人が座る椅子の前で静止させる。ホワイトボードには「話題」の文字の下に、「お悩み相談室」、「持論議論」、「鶴高七不思議」、「転校生イジり」、「GWの過ごし方」などの文字が箇条書きにされていた。

 瑞樹は「転校生イジり」と「GWの過ごし方」の文字を消しながら話し始める。

「私たち普段の活動は、昼の放送のみ。それから体育祭とかの学校行事の時には放送関連の仕事をすることになるわ。夏休みとかの長期休暇は基本的に休みね」

「昼の放送だけですか? イメージだと、放送部ってNコンとかに向けて活動する感じなんですけど」

 瑞樹はぁとため息をつくと、両手の手のひらを上に向けて呆れたように告げた。

「放送部イコールNコンとか固定概念お化け? 陰キャ大学生の服装くらい凝り固まってるじゃん。一回出直して来て?」

「いや言い過ぎ言い過ぎ。1に対して10返ってきたわ。ドラ○エのカジノかと思ったわ」

 突然噴き出した毒の雨に慄く若葉。それを見た愛香が横から補足する。

「あのね、昼の放送だけって言ったけど、平日毎日の放送って結構大変なんだよ?」

「そう言われてみると、そうか」

 昼休みは毎日70分で、放送は毎日50分くらい。音楽は毎回4、5曲流しているから、時間は20分程度。すると、残りはフリートークで繋がなければならないのだ。

「なるほど。毎日30分くらいトークをしないといけないとなると、アドリブだけじゃきつい。かなりの準備が必要なわけですね」

「流石、察しが良いわね。まあ昔はもっと曲を流していたんだけど、愛香がおしゃべりだから。とにかく私たちの放課後は次の放送の打ち合わせよ」

 すると、忠信が鞄の中から小さな手帳を取り出し、ペンと一緒に若葉に手渡した。

「普段から話題になりそうなことは、常にチェックしておくこと。これ大事」

 若葉は軽く会釈をして、手帳とペンを受け取る。

「とりあえず、レギュラーのコーナーがいくつかあって……、そうそうこの『お悩み相談室』と『持論議論』と『鶴高七不思議』ってやつね」

 瑞樹の説明に、忠信が補足を加えた。

「『お悩み相談室』は、いろんな部活やクラスの悩みを持った人をゲストに招いて、それを解決してあげるっていうコーナー。まあ、イベントの告知とかに使うこともあるね。『持論議論』は、何かしらの持論を展開してもらって、それを聞いたパーソナリティが『正論』か『曲論』かを判断するコーナー。『鶴高七不思議』は鶴高あるあるを募集して不思議だね〜っていうコーナーって感じ」

 どれもラジオでよくありそうな企画だ。このあたりに特別感はない。

 ブースの端にいた忠信が思い出すように告げる。

「『鶴高七不思議』、本当は不思議なことを7つ集めて願いを叶えようっていう企画だったけどね」

「いやどこのドラ◯ンボール?」

「だけど、もう32個」

「七不思議じゃねえし」

 話によると昨年度までは主に瑞樹と愛香でパーソナリティをしていたらしい。ただ、これからは瑞樹は放送作家に専念し、基本的に愛香と若葉でやっていくという方針だ。

「で、今回せっかくパーソナリティが二人、しかも男女のペアになったということで、何か今までにない面白い企画ができないかって思ってるのよ」

 その言葉のニュアンスに、若干の不安を抱く若葉。

「変なことさせるつもりじゃないですよね?」

「変なことってどういうの?」

「………………………………」

「うっわ、草、絶対エッチなこと考えた」

 愛香はバッと両手を胸の前で交差させて身構える。

「冤罪にも程があるだろ! 『疑わしきは罰せず』でお願いします!」

 本来の波風を立てない会話術が不調だ、と若葉は冷や汗を拭う。

「いや、そもそもこんなラジオにそんなたくさんお便りが来るんですか?」

 ちっちっち、と瑞樹は数回指を横に振った。

「それが思ったよりも来るのよ。この間も言ったけど、この放送は校内ほとんどの場所で聞こえる。それに今はスマホで簡単にお便りを送れるようになっているから、おふざけ半分で送る人が多いのよね」

 インターネット上のお便りシステム、通称『マシュマロ』。URLからタッチ一つで簡単にお便りを送ることができるようになっている。このシステムを導入した途端、お便りの数が爆増したらしい。

「ん、でもさっき見せてもらった紙束は? あれを見たから紙によるお便りかと思ったんですけど」

 指摘したのは、若葉と愛香のコンビを見たいという反響のお便りだ。若葉は放送部に入ったきっかけとも言える。

「あれはなんか凄い反響があるって見せるために1枚1枚私が筆跡変えて書いただけよ。本当はまとめて3枚くらいの紙に印刷できたけど、それじゃあなんか微妙じゃない?」

「おい、あんたらやることやってんな」

 なんとも狡猾な手口。放送作家というよりも詐欺師の方が向いているんじゃないか、と若葉は冷ややかに目を細める。

 ラジオで男女二人だからできるようなコーナー。若葉は芸人や声優のラジオなどをたまに聞いていたため、そこからアイデアを発想する。

「大喜利……はいつもやっているようなものですもんね」

 若葉の言葉に、瑞樹が黙ったまま首肯した。一週間聴いた限り、愛香はお喋りでしかもボケたがりであることは目に見えて分かる。だから、大喜利をコーナーにしても新鮮味があるようには若葉は思えなかった。

「あ、シチュエーションボイスみたいなのいいんじゃないですか? 愛香……アーニャに言って欲しいセリフとか募集して、なんか甘いセリフを言ってもらうみたいな」

「絶対、いや!」

「「あ~いいかも」」

 愛香の断固拒否に対し、瑞樹と忠信は高評価を見せる。

「そもそもなんで私だけなの! やるんなら草もだよ!」

「いや、俺の需要はないだろ」

「私もないよ!」

 どうやら、愛香は本気で自分が美少女である自覚がないらしい。

 愛香は見た目だけ考えたら校内で抜きん出ている存在だ。いや、人懐っこい性格面を考えてもモテるタイプの女子だろう。それなのに自覚がないのは、かなり校内で神格化されており告白できる人がいないのだろうか、と若葉は分析した。いや、そもそも恋愛にそれほど興味がないのかもしれない。

 一方の若葉はあくまで一般人だ。別に特別ブサイクだとは思っていないが、どこにでもいる見た目だと言える。そんな自分がシチュエーションボイスを流してもリスナーに喜んでもらえるとは到底思えない。若葉は助けを求めるように瑞樹と忠信に尋ねた。

「ヒラチュー先輩とゴンズイ先輩はどう思います?」

 忠信は少し溜めた後で、意外な返答を見せた。

「草も、結構イケボだと思うよ。見た目は普通だけど」

 何回か頷きながら瑞樹も続く。

「私もそう思う。結構人気出るんじゃない? 見た目はか◯ぱ寿司みたいな感じだけど」

「いや、見た目の話は余計だな。あと普通の代名詞にか◯ぱ寿司使うのやめろ。安くていいだろ別に」

 自分で思っているのと他人から言われるのは別だ。

 だが、忠信から出たイケボという言葉は意外だった。自分の声はあまり認識できないと言うが、そんなものなのだろうか。

 自分が提案したコーナーである以上、こう言われてしまってはどうしようもない。若葉は渋々納得せざるを得なかった。

「まあ、そこまで言うのならやりますけど……上手く料理して下さいよ、ゴンズイ先輩」


   * * *


 その日の帰り、四人は学校から最寄駅である北茅ヶ崎駅への道を歩いていた。駅から高校まではほぼ一本道。緩やかなカーブを描く歩道は道幅も広く、横に四人並んでも邪魔にはならない。

 時刻は午後6時。夏至が近いこともあって、完全に夜になる直前といった感じだ。

「草は? 電車?」

「ああ」

 愛香に対して気の無い返事をした若葉に、瑞樹が怪訝そうな表情で尋ねる。

「転校してきたのに、家遠いの?」

「あー、まあ父親の職場に近い場所を選んだので。そういう人なんですよ、うちの父親は」

 その若干トゲがある言い方のせいか、それ以上突っ込んで来なかった。

 愛香を除いて。

「え、お父さんと仲悪いんだ⁉︎」

 なんでちょっとテンション上がってんだよこいつ……という表情で振り向くと、瑞樹と目が合った。なぜだか瑞樹の方が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。若葉は小さく愛想笑いを浮かべて告げる。

「いや、別に全然大丈夫ですけどね。ネタにされるくらいでちょうど良いですよ」

 それは若葉の本心だったが、もしも本当に地雷だったら愛香はどうしていたのだろうか。

 このような一気に他者に踏み込んでくるタイプの人間は、今まであまり若葉の周りにはいなかった。ある意味では新鮮だ。

「お父さん厳しいの?」

「まあな。自分が全て正しいと思っている人だから。理不尽なことも多いけど、基本口答えできない。だからほとんど話さない」

 え~と愛香は大袈裟に驚いて眉を曲げる。別に話を逸らそうとしたわけではないが、若葉は愛香にも話を振ってみることにする。

「アーニャんちは仲良いのか?」

「ん~まあ仲良いと思うよ」

 愛香は唇に人差し指を当て、空を見上げながら答える。

「結構歳が離れた妹がいて~、三人で遊び行ったりするよ。お父さんはいつも『すみ◯こぐらし』してる」

「いやそんな可愛いものじゃないよね。悲壮感漂ってるよね、お父さん」

「え~そうかな~。見た目もゆるキャラみたいだよ、お腹出てて」

 そんな会話をしながら、徒歩12分ほどで駅へと到着する。階段を一度登ってから降ると駅のホームだ。既に片方の電車は停車していたが、彼らが急ぐことはない。

 北茅ヶ崎駅を通る相模線は首都圏では珍しく単線だ。線路が一本しかないため、駅で待ち合わせをする必要が出てくる。今は下りの電車が上りの電車を待っているところだった。

 あいにく若葉以外の三人は上り――茅ヶ崎行きらしい。東京から小田原や箱根まで繋がる東海道線を使う人が多いため当然とも言えるが。

 一人だけ電車に乗り込んでおくのも微妙なので、若葉も一緒にホームで待つことに。

「実はお父さん、草がぶつかってくるのを待っているのかもよ?」

「ライオンが子を崖から落とすみたいなそんなことあるわけないだろ。あの格言って嘘だからな?」

「そうなの?」

 数分経ってから、上りの電車もやってくる。

 愛香の呆けた顔を見送り、若葉は下りの電車に乗り込んだ。


   □ □ □


 自宅に帰り着いた若葉は、珍しく父親の靴が置いてあることに気付く。

「帰りが遅くなる時くらい、一言連絡したらどうだ」

 独り言のような低い声。こちらを振り返ることなく告げられたその言葉に、若葉は口を噤む。

 どうやら夕食が準備されていないことにご立腹のようだ。

 いつもは9時より早く帰ってくることがないくせに、連絡してどうする。

 そんな言葉を伝えても無駄だ。何もプラスになることなんてない。

 いつもは若葉が何かしら夕食の準備をしている。だが、待ち切れなかったのかテーブルの上には宅配してもらったらしいパスタが置いてあった。それを若葉はひったくるように持って自分の部屋へと向かう。

 中学生の頃からそんな生活だったため若葉の料理スキルはそれなりで、大体の料理は作れるようになった。凝れば凝るほど料理の世界は深く、料理人になるもいいかもなんて時期もあったが。

 公務員の父親に「料理人になる」なんて言ったら、なんと言われるものか。

 それにいつも大して美味しくなさそうに食べる父親を見ると、いつからかそんな気持ちはどこかへ行っていた。

 無視するように接する若葉に対して、父が何かを言うこともない。

 お互いに踏み込まなくなったのはいつからだろうか。

 そんなことを考えながら、若葉は自室で嫌いな明太子パスタを食した。

 嫌いな食べ物も知らないくせに父親面するなよ、と思いながら。


幕間

『新コーナー! 『君に憧れ恋焦がれ』~!』

『おおー』

『さあ、久しぶりの新コーナーです!』

『どんなコーナーなんですか?』

『こちらはですね。リスナーさんの憧れのシチュエーションとセリフを私たちパーソナリティの二人が演じて、リスナーさんには実際に言われたような気持ちになってもらおう、という私たちにとっては無茶振り企画になっています~』

『無茶振りですね~』

『あれれ〜おかしいな〜草の持ち込み企画だった気が、す~るけ~どな〜』

『……バーロー、うるさいですよ。ちなみにこちらの企画、もちろん僕ら男女分かれているので、演じてほしい方を指定できるようになっています。アーニャのボイスが聞きたい方は、ぜひ、面白い投稿をたくさんしてあげてください』

『さあ、記念すべき初回の今日は……全部ゴンズイ先輩が考えたやつなんですか、これ?』

『そうみたいですね。設定は……花火大会に一緒に行った幼なじみ女子に言われてみたい!』

『私に来たか~』

『早速やっていきましょう。3・2・1・キュー』


『花火、綺麗だったね』

『うん』

『あ、あんたさ、彼女とかいないの?』

『い、居るなら、一緒に花火なんか行ってないよ』

『そっか……』


『私、いつまでも待てるわけじゃないよ?』


『『……………………』』

『きゃあ〜〜〜〜〜〜‼︎』

『うあぁ〜〜〜〜〜〜‼︎』

『これヤバいかも! 無理かもしれない!』

『いや、これやらない側も恥ずかしいんだが!』

『って言っている間に二つ目来てるよ!』

『落ち着く暇がない!』

『お! 次は……クリスマスの夜、憧れの先輩男子に言われてみたい!』

『うーわ、最悪だ……』

『ではではやっていきましょう。3・2・1・キュー』


『先輩、遅いなあ……』

『……ごめん、待たせた?』

『い、いえ、今来たところですっ』

『うそ、手、冷たくなってるじゃん』

『あっそれは、そのっ』


『俺の手で温めさせて?』


『『…………………………………………』』

『にゃは〜〜〜〜〜‼︎』

『だらっしゃ〜〜〜〜〜〜‼︎』

『なにこの人! 女たらしだよ!』

『いや~疲れる。なんか台本にいろんな設定が書いてあるんだけどさ、これ絶対ゴンズイ先輩気持ち良くなってるよな』

『放送作家が一番楽しいやつね、これ』

『え~っと、次がラスト? 次が大事だな~』

『だね~設定は……バスケ部の男子と吹奏楽部の女子? 両方やるってこと?』

『そうらしいな。最後ということで頑張りますか……。それではいきます。3・2・1・キュー』


『ティップオフした瞬間から、俺の心はランアンドガン』

『胸のピッチが速くなっちゃう。アンダンテ、アンダンテ』

『君のチェンジオブペースに狂わされて、俺はいつもトラベリング』

『私のアーティキュレーション、伝わるの?』

『スクリーンしないで。ずっと1on1しよう』

『転調、ついて来れるかしら。私に伝えてみせて、カンタービレ』


『君の心に、スリーポイントシュート』


『『……………………………………………………………………………………』』


『『ただのバカップルじゃん‼︎』』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ