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探偵助手は狂わない  作者: にょん
9/24

広間にて

 扉を開けると、そこは広間となっていた。


 ソファや本棚が置かれた、ちょっとした休憩スペース。そこで過ごしていた思われる数人が、びっくりしたように勢いよく戸を開けた将太を見つめている。


 それもそのはず。将太たちはただ部屋から出てきたわけではない。彼の背中には一咲がちょこんと乗っている。有体に言えばいい大人がおんぶをしているのだ。浴びせられる視線に将太はたじろぐ。一咲に至っては、うつむいて、肩あたりに顔をうずめていた。


 静まり返った広間に、将太は意を決して切り込む。


「あの……トイレはどこに」


「ええっと……そこよ。階段の横」


 ソファに座っていた女性が立ち上がって指を刺す。将太は頭を下げて、WCと書かれた部屋に一咲を下してから、扉を閉めた。


 扉を背に、広間に向き直る。


 広間には男性が1人、女性が3人いた。男性は本棚の前で、女性たちはソファに座って将太の様子を伺っている。


「あっ……えっと。おはようございます?」


 朝か昼かも分からないが、将太がとりあえず会釈すると、男女は顔を見合わせて、同じように会釈しかえした。

 広間は相変わらず静まり返ったまま。

 あまりにも居たたまれない。


「将太……もう外出る」


 一咲の声が響く。


 一人では耐えられなかったその空気。助け船と言わんばかりに将太がすぐにドアを開けると、恥ずかしそうにうつむいた一咲が手だけを伸ばして待っていた。


 背中を向けて再びおんぶをしたまま手を洗わせる。


 トイレから出て、再び広間へと戻るが、相も変わらず、皆、無言だった。


「ええと……みなさんってここに泊まっている方ですかね?変なこと聞くかもしれないですけど……ここってどこですか?僕たち、友人にサプライズでここに連れてこられたみたいなんですけど。友人も見当たらなくて」

男女は誰ともなく顔を見合わせて同時にため息をついた。


「あなた達もなのね」


 一人が口を開いた。ベージュのワンピースにカーディガンを羽織った。20代後半ぐらいの若い女性。


「え?あなた達もというと?」

 

 呆気にとられていると、もう一人の女性が舌打ちをしながら席を立つ。Tシャツにジーンズとシンプルな出で立ちの彼女は、よく見ると、ワンピースの女性と瓜二つであった。雰囲気は全く違うが、双子の姉妹のようだった。


「そのままの意味。ほら、その子足よくないんでしょ。座れば」


「ああ……どうも」


 言葉に似合わず、その所作は優しい。女性はソファを引いて軽く手招きをした。


 将太はぺこりと頭を下げ、ソファまで歩みよって一咲を下す。しかし一咲は服を掴んで背中から手を離さない。


「一咲ちゃん。離して」


 将太が振り返って、促すが。一咲は顔を赤くしたまま首を横に振る。


 どうしたものかと将太が思案を巡らせていると、一咲の隣に座っていた初老の女性がひそひそと耳打ちをした。化粧品と上品な香水の匂いが、将太の鼻をくすぐる。


「多分ね。恥ずかしいのよ。ね?」


 一咲を見ると、彼女はゆっくりと小さく頷いた。


 将太は周りを見渡す。今まで分類係に引きこもっていた一咲がこんなに一気に多くの人に囲まれるのも久々であろう。


「ちゃんと隣にいるから」


 その言葉に、やっと一咲は手を離す。それでもやはり不安だったのか、将太がソファのひじ掛け部分に寄り掛かるように座ると、シャツのすそをそっと掴んでいた。


「えっと……それで、さっきの言葉はどういう意味ですか?」


「俺たちも、ここがどこか分からないんだよ。目が覚めたら、この洋館にいたの。あ、俺はそこの203号室の遠西(とおさい)


 手をひらひら振りながら、本棚の前にいた若い男性が微笑む。細身で、スエット姿。その隙間からのぞく病的までに白い肌には、黒の入れ墨が見え隠れしていた。


「あ、益子といいます。こっちは汐崎さん……僕たちはえっと」


「201号室よ。あんたたちが出てきたのは」


 ジーンズの女性がため息をつきながら、先ほど将太たちが出てきた部屋を指さす。


 確かにドアプレートには201と記載されている。


「ちょっと、ミユキ。あんたはまた……そんなぶっきらぼうに。ごめんなさいね。私たちはあなたたちのお隣。202号室の加賀美と言います。私が姉のミツキで、このツンケンしてるのがミユキ」


「えっと加賀美さんたちは双子……」


「それが何?」


「こら!ミユキ!……ごめんなさいね。まぁ、そういうことだから私たちは下の名前で呼んでくれると助かるわ」


 ミツキにたしなめられ、ミユキは不機嫌そうに舌打ちをした。


 最後に、将太が妙齢の女性を見つめると、女性はその視線にはっとしてから上品にほほ笑んだ


「私は、(ひがし)と申します。205号室にいたの。初めに目が覚めて、この広間に出たんだけど。同じ状況の人がいてよかったわ。一人だったら不安だったもの」


「皆さんも、自分の意思でここに来たというわけではないということですか?」


「そうなんですよ。私たちも昨日は普通に自宅で寝たはずだったんですけど、目覚めたらこここで……部屋から出たら東さんがいて」


「俺はね、君たちの前に目覚めたんだよ?組の金使いこんで、ばれちゃってさー。麻袋詰められて車で拉致られてたの」


 組、麻袋、拉致。物騒な単語に広間全体の空気が凍る。


 どうしなくても、彼がカタギの人間ではないのはその見た目と話の内容からも明らかであった。


「てっきり東京湾にでも沈められるかなー…って思ってたけど、なんかここに置いてかれたみたいで。袋から自力で出たのはいいんだけど。ここがどこか分からないし。金もスマホも取られてるし。元の場所戻っても、殺されちゃうし……どうしようかなー……それで…」


「でもあと一部屋ですね!」


 これ以上の空気に耐えられなかったのか、話を切るようにミツキが大きな声で言った。


「あと一部屋?」


「ええ、この館。たぶんペンションか何かかと思うんだけど2階に5部屋あるのよ。さっき見てきたら下は大浴場と食堂、ロ

ビー。2階はそこのトイレ以外客室よ」


 将太は部屋をぐるりと見渡す。部屋はL字に配置されており、トイレを背に立った時。


 左側は窓と1階へ続く階段。正面の壁に将太たちが目覚めた201号室、その隣が加賀美姉妹の202号室。右側の壁は遠西の203号室、204号室、東の205号室がある。


 4人の話を合わせると204号室だけまだ閉まっており、誰も出てきてないという。


 一咲がくいっと将太のシャツを引っ張った。


「どうしたの?」


 顔を近づけると、一咲はぽつぽつと呟くように耳打ちをする。


「もしかして、アイツなんじゃないの?」


「ああ……」


 一咲が言いたいことが将太には分かった。


「もしかしたら、204号室には全治……僕たちの知人がいるかもしれません」

 

 昨夜、将太たちと全治は一緒いたのだ。これがサプライズ旅行だったとしても、そうじゃなかったとしても、全治だけ別の場所にいるとは考えにくい。


「そうか、じゃあ早くこの状況知らせてあげた方がいいな。たぶん中で寝てるんだよ」


「そうですね。一咲ちゃん。ちょっと離して、起こしてくるから」

 

 一咲は不安そうな顔をしたが、そっとその手を離した。


 204号室のドアの前まで歩み寄り、ノックしようと将太が右手を構えた瞬間。


 思いっきりそのドアは開いた。


 あまりのことに避けることもできず、将太はそのまま顔面を打ち付けてその場に尻餅をつく。


「おっはようございまあーす!」

 

 部屋の中から元気いっぱいに出てきたのは、やはり全治だった。シンと、将太たちが出てきたときのように広間は静まり返る。


「おや、将太くん。そんなとこでどうしたんだい?」


「どうしたんじゃないよ……お前が開けたドアにぶつけたんだ」


「あー、ごめんごめん。でも、そんなとこにいるのが悪いじゃん」


 全治はひょうひょうと馬鹿にしたように笑う。


「大丈夫ですか?」


「ありがとうございます」


 見かねたミツキが将太を助け起こした。そのために空いたソファにずうずうしくも全治はどかりと座り込む。


 あまりの傍若無人ぶりに皆呆気に取られていたが、遠西がため息をついて全治の前まで歩み寄った。


「これで全部屋そろったわけだ。自己紹介からね。俺の名前は……」


「大丈夫知ってる。遠西朔夜、暴力団員でしょ」


 にっこりと笑ったまま。さらりと言われた内容に、遠西の顔は強張り、その眼光は全治を見据えている。


「なんで俺の名前を」


「わかるさぁー。君たちをここに集めたのは俺だもん。そこにいるのが加賀美ミツキ・ミユキ姉妹。姉は看護師、妹は喫茶店勤め。おばさんの名前は東百合枝。最近務めていた銀行を退職した。ちなみに、そこにいるのは警察官の益子将太くん」


 全治の言った個人情報は全て本当らしかった。将太が全員の顔を盗み見るが、皆一様に気味が悪いというようにその顔をこわばらせている。なにより反論する者はいない。


「お前が俺らを集めた?俺はお前のことを知らないが……一体どういう要件なんだよ」


「まぁ、そんなにカリカリしないでよ。どうでもいいんだ君たちのことなんて」


 今にも全治に掴みかかろうとしていた遠西が、飛びのくようにして全治から大きく距離を取った。


「お前……それ盗ったな」


 静かに、それでもどすの利いた声を出し、遠西は全治を睨みつけた。


 何事かと皆はその視線を追い、皆すぐに気が付いた。


 全治の手に握られているそれに。


 東が悲鳴を上げ転げ落ちるようにソファから離れ、ミユキがミツキをかばうように駆け寄った。


 将太は動けなかった。何が起こってるか理解が追い付かなくて。


 それはどうせ、玩具ではないかと思って。


 それを全治は片手に握ったそれを天井に向けて放った。


 バンッという発砲音が響く。


 あまりに大きな。昨日のクラッカーとは比べ物にならないほどの乾いた大きな音。

 全治の右手には拳銃が一つ握られている。その銃口からは煙が昇っており、弾が当たった広間のシャンデリアは、鈍く揺れていた。


「うわ、本物だ。駄目だよ朔夜くん。一般人がこんなもの持っちゃ。犯罪だよ?」


 全治は銃をポケットにしまいなおすと、銃の発砲で痛めたらしい手のひらを愛おしそうにさすった。


 誰も、彼に近づけないでいた。


 だが、誰もが動けないわけではなかった。ミユキがミツキの手を引いてだっと走り出し階段を駆け下りる。東はじりじりと壁まで下がると、壁を背にしながら階段までたどり着き、後ろ向きのままゆっくりと階段を下りていく。射程距離外まで下りきると、バタバタと駆けていく音が聞こえた。


 残されたのは将太、一咲、遠西。


 遠西は壁際まで下がり、全治の些細な動きでも見逃すまいと言わんばかりにその動向を見つめていた。


 将太は分からなかった。いや、将太だけは動けなかった。何が起こっているのか理解できず、現実から文字通り目を背けるために、ゆらゆらと揺れを小さくしていくシャンデリアを見つめていた。


 ―昨日まで、一緒に酒を飲み交わした男が銃を持っている。銃を持つのは日本では禁じられている。ここは日本ではないのかも。飛行機に昨日乗ったのか。あるいは船か。友人と呼べるような関係ではないが、自分の知り合いが犯罪者のわけがない。じゃあなぜシャンデリアは揺れている?


 ぐるぐると将太は思考を巡らせる。ただそれだけで足は固まって動かない。


「将太!」


 一咲の声に、思考の渦から将太の意識が戻ってくる。


 将太がシャンデリアから声の方向へ視線を動かすと、銃を持ったままの全治がソファから立ち上がり、彼女にゆっくりと歩

み寄っていた。


「一咲ちゃん!」


 やっと動いた足が、将太を一咲のもとへ運ぼうとする。その時、全治が銃を持ったままの手を大きく広げて見せた。


「やっとだよ!」


 大きな声。嬉しそうな、歓喜に満ちた声が全治の口から飛び出した。


「やっとなんだよ。将太君も」


 ぐりんと、のけぞるようにして全治は将太の方に振り返る。そのあまりに急な動きに将太は立ち止まり、握られたままの銃

に身構える。


「もうずっとずっと楽しみにしてた!」


「全治……」


「ああ、どれほどこの日を待ち望んだかなぁ……!」


「全治!」


「これまでの努力が報われるんだぁ!」


「おい全治!」


 将太が諫めるように一際大きな声でその名を呼ぶと、輝いていた全治の瞳から光が消える。そうして大層面倒くさそうにた

め息をついた。


「何。水差す気?」


 覇気のない、それでも隙のない全治に将太は手を差し出す。


「その物騒なものをこっちに渡せ」


 将太の手の先を視線で追って、全治はポケットの上から銃を触った。


「ああ、これ?無理無理。一応これ、君たちへの抑止力だからさ」


「お前なんでこんなことしてるんだよ……お前がここにいる人たち集めたって本当か?本当なら誘拐に、銃刀法違反に……あ

あ、とにかく全部犯罪だぞ!」


 将太の問いかけに、全治は「うーん」と困ったように笑った。


「うーん。まぁ、そうなんだけどさ。全部目的があってやってることだから許して」


「どんな目的があったってダメだ。今ならまだ大した罪にはならないから。さ、早く」


 大した罪なんて大ウソだった。だいぶ重罪。遠西たちの発言次第では殺人未遂だってあり得る。それを全治が分かっていな

いわけがない。そう思いながらも、将太は彼の良心に訴えたかった。


 何が目的かは知らないが、自分を信じて銃を預けてくれるのではないかという。あまりに薄すぎる将太の期待だった。

 望み薄は、やはり望み薄。全治は大切そうにポケットを撫でる。「こんな愛しい子を自ら手放すわけがないだろう」とでも言うように。


「将太くん。悪いことは言わないから、君は少し温存しといたほうがいい。結局最後に手錠をかけるのは助手。君の役目なんだから。ほら、ちゃんと内ポケットに手錠は入れておいたよ」


 手錠?助手?さっきから話が全く明瞭にならず、将太は苛ついていた。言われるがまま、内ポケットを探ると、確かに手錠が入っていた。


―携帯も財布も取ったのに何故…。そもそも昨日は有給だったのだ。こんなところに手錠なんか入れていない。ということは手錠は全治にわざと忍ばされたものということ。一体なぜ?


「お前さっきから何言ってるんだ。手錠をかけるとしたら間違いなくお前……」


「だって。起るよ。これから」 


「だから何が!」


 苛立ちから大きな声が出る。


 しかし全治には周りは見えてない。将太と話しているはずのに、その瞳には話し相手すら映していなかった。彼が意識に捉えたいと思っているのはただ一人。


 全治が大きく動く。ざっと彼は床に膝まづき、その視線はただ一咲を見据える。


 怯える彼女の手を取って、その甲に軽くキスをした。


 一咲は反射的にその手を振り払う。その動作にさえ、全治は愛おしそうに、最高のニュースでも伝えるかのように飛び切りの笑顔で微笑んだ。


「ねぇ、一咲ちゃん。これからここでね。殺人事件が起きるよ」


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