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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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見知らぬ場所

「ねぇ、将太。起きてよ」


 その声に、将太の意識は浮かび上がる。


「起きて!起きてよ!」


 意識は覚醒しつつも、将太の瞼は閉じたままだった。体がどろんと重く、喉を鈍く締めるような吐き気がする。


―この感覚なんだっけか。


 思い出せないと将太の意識は闇をさまよう。


「将太ってばぁー!」


 高い声が頭に響き、将太は頭を押さえる。揺さぶってくるものだから吐き気もひどくなる。


 ―ああ思い出した。これ二日酔いだ。


 意識がはっきりしてくるとまぶたも自ずと開いてくる。将太の視界に現れたのは、今にも泣き出しそうに、でも、少し不機嫌そうな顔をした一咲の姿だった。


 ―昨日。ああそうだ……盛り上がって最終的に全治とは酒盛りになってしまったんだ。


 よく見れば服は昨日のままだ。一咲が目の前にいるということは帰らずそのまま分類係で寝てしまったのだろう。そう思って、将太は体をやっとの思いで起こす。


「一咲ちゃんおはよう。ごめん昨日泊まっちゃったみたいだ」


 将太は頭を抑え、さりげなく体を掴んだままの一咲の手を振り払おうとするが、その手はなおも体を揺さぶる。


「いいかげん目を覚まして周りを見てよ!ちがうんだから!」


 将太は吐き気に口を抑えながらも辺りを見渡した。そして気づいた。


 将太はベッドの上にいた。一咲は床に座ってそこから手を伸ばして将太を掴んでいる。


 向かいにもう1つのベッド。小さな机と椅子。そして地下の分類係にあるはずのない大きな窓が1つ。


 ようやく、一咲の手をのけて、将太はよろよろとおぼつかない足取りのまま窓に近づく。

 

 そこには切り断った崖があった。鬱蒼と生い茂った木で底は見えない。将太は窓枠を掴んで身を乗り出す。隣にも部屋があった。霧が深く、それ以外は見えないが、どうしなくても見知らぬ山奥の何かだった。


 肌寒さに将太は腕をさする。ほんのりと香る雨の匂いに窓を閉めて、将太は一咲に向き直った。おかげで二日酔いも一気に覚めた。


「か……一咲ちゃん。ここどこ?」 


「わかんない……目が覚めたらここだった」


 よく見れば一咲の服も昨日のままだった。向かいのベッドのシーツにシワがよっている。 


「そういえば全治は……」


「いたのは将太だけだよ。アイツは私が起きた時にはいなかった」


「まぁ、大方……僕たちが寝落ちしている間に、全治がここまで運んだんだろう。目的はわかんないけど」


「サプライズとかかな……」


 ―サプライズでミステリー旅行をプレゼント。確かに奴がやりそうなことだ。


「……とりあえず今、何時?」


 キョロキョロとあたりを見渡すが時計は見当たらない。


 将太はしかたなしにポケットの携帯に手を伸ばすが、中は空だった。


 周りを見渡しても自分の荷物が全くない。着の身着のままにもほどがあると、将太は肩落として頭を掻く。しかしそこで腕の違和感に気づいた。


 気づいて、さっと手首を見る。そこにあったはずの腕時計が消えていた。


「多分。わざと時間が分かるもの取られてる」


 一咲が不安げに呟く。霧が深すぎて朝なのか昼なのかは分からなかった。


「とりあえずここを出よう。時計ぐらいなら外にあるでしょう」


 将太はドアまで歩み寄るが、一咲はついてこない。


 不思議に思って振りかえるが、一咲はじっと将太を見て手を伸ばしていた。


「どうしたの?」


「ん」


 違和感を感じながらも、将太は手を差し伸べるが、一咲はその手を取らない。


「ほら、とりあえず立ちなよ」


「それじゃ無理」


「なんで……」


 一咲は足を抑えて困ったように将太を見上げる。それで将太は思い出した。彼女は分類係のある地下にずっと引きこもっていた。母親に傷つけられたトラウマから外に出ようとするその足は動かないのだ。


「そうか。ごめん」


「いいから。立たせてよ」


 伸ばされた両腕を掴み、力を込めて立ち上げさせるが、ほんの一瞬も自立できぬまま一咲は引き上げた勢いにバランスを崩す。将太は飛び込むように倒れこんだ一咲を支える。結果的に抱き込むような形になった。柔らかく、今にも折れてしまいそうな体は心配になるほど軽かった。


「やっぱり……立つのも厳しいかも」


「……まあ、今は難しくても一歩ずつやっていけばよいから」


「でも……早く歩けるようになりたい。せめて摑まり立ちでもいいから……だって……」


 急に外の世界に放り出されて、弱気になっているのでは、と心配したが、存外前向きで将太はほっと胸を撫で下ろす。


―それにしても全治はこんな状態の一咲を置いてきぼりにどこへ行ったのか……。


ぎゅっと一咲は将太のシャツを掴む。将太のシャツに不自然にシワがよった。


「どうしたの?」


「……れ」


「えっ?」 


 一咲はうつ向いたまま動かない。ただシャツを握る力だけが強くなっていく。


「一咲ちゃん……?」


「だって……トイレ行きたい」


 ぽそり。と、結構な難題を一咲は告げた。

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