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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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是清邸殺人事件


「何、今日仕事サボったの?」


 大学から戻った全治は、机に広がるファイルの山を見て開口一番に言った。


「……今日の分はちゃんとやった。ちょっといろいろあって」


 将太が目を伏せた先、彼の膝の上では泣きつかれた一咲が寝息を立てている。


「どんだけ仲良くなったの」


 一咲を挟むようにして全治はソファに腰かけた。口をとがらせて、どこかつまらなそうな機嫌の悪いような声。


「嫉妬するなよ。そんなんじゃないから」


「別に、大方一咲ちゃんの過去話でも聞いてたんでしょ」


「よく分かるな」


「この子がここまで泣くなんてそれぐらいしか思いつかないよ」


 全治はそっと一咲の頭を撫でる。一咲は「ううん」と吐息を漏らして少しだけ身じろぎした。


「一咲ちゃんの過去聞いて、将太君はどう思ったの」


「運が悪い子だなって。そう言ったら大笑いして……そのあと泣きつかれて寝ちゃった」


「あはは、そりゃいいや」


「なんでお前まで笑うんだよ。そんなに変なこと言ってないと思うけど」


「むしろ一番の口説き文句さ。将太君の言う通り、彼女はただ巻き込まれ体質。不運な質ってだけ。彼女がいままで偶然に現場に居合わせたのは父親の事件を入れて、殺人事件が3回。バスジャックと誘拐事件が1回ずつだ」


 計5回も大きな犯罪に巻き込まれている。十分異常なことだが、それを聞いて将太が抱いたのは案外少ない。という感想だった。


「結局ただの不運だったら、そこまでだったんだ。彼女の天才的頭脳がその不運と結びついて事件なんか解決しちゃったから、あら大変。メディアはこぞって持ち上げて天才小学生探偵のできあがり……キャッチコピーは『彼女が行くから事件は起きる。』だから、夫が殺されたのは名探偵の娘のせいだって。本来彼女と悲しみを共にするはずの母親がそれを信じたんだよ。バカみたいな話でしょ」


 全治は「はは」とはにかむ。それでも目は笑ってない。瞳の奥は濁り、心底彼女の母親を軽蔑しているようだった。


「誰も言ってくれなかったんだよ。「君のせいじゃない」って言ってくれる大人が。運なんて、チンケな言葉で彼女の不安を取り除いてくれる人がいなかったんだよ。だからありがとうね」


 はにかんだままじぃっと、全治は将太を見つめる。

 もともと全治は顔がいい。イケメンに微笑みかけられるとたとえ同性でもなんとなく恥ずかしくなってくると、将太は全治から顔をそむけた。


「別に……思ったことを言っただけだよ」


 逃がした視線の先はおのずと一咲に向かう。瞼は少し腫れ、鼻の頭はほんのりと赤い。


 ―そんな当たり前のことを、どうして誰も言ってくれなかったのだろうか。


 全治に倣い、そっとその頭を撫でる。ふわふわとした白髪はまるでうさぎの毛みたいだと、将太は思った。

ゆっくりと一咲の目が開く。


「ごめんね。起こしちゃった」


 一咲は少しだけ頭を上げて視線だけできょろきょろあたりを見渡す。


 その視線が全治を捉えると、一咲は勢いよく立ち上がり、将太の背まで回って隠れた。その拍子に、ぶつかった机からばらばらとファイルが落ちた。


「そこまで全治嫌いなの」


「……わりと」


「ひどいなぁ、将太君の膝でぐーぴー寝てたくせに、俺の顔を見るとこれだもん」


 全治は大きくため息をつくと、おもむろにファイルを拾い上げ、ぱらぱらと捲る。


 将太はそれをさっと取り上げた。


「えー、拾ってあげたのに」


「極秘資料だから」


「よく言うよ。こんな鍵のかからない部屋にさらのまま置いてあるくせに」


「だからと言って見ていい道理はないだろ」


「別に、将太君が来る前にいくらでも見たことあるよ」


「だとしても、俺の目が届く限りは見せられないね」


 ふてくされている全治を後目に将太は散らばった資料を自分の胸に集めていく。


 ふと、将太が床から視線を上げると、今度は一咲がファイルを開いていた。


「ちょっとー、一咲ちゃんも返して」


 取り上げようと、将太はそっとファイルに手を掛けるが、一咲はひしとファイルを掴んではなさい。少し力を込めて引き抜こうとしても、尋常じゃない力でファイルを掴み離さなかった。


「一咲ちゃんちょっと」


「待って」


 将太がさらに力を入れようとしたところで、全治がそれを静止した。


「でも……」


「いいから」


 ファイルから手を放し、将太は一咲の動向を見守る。


 一咲はファイルを1頁ずつ凝視する。かと思えば前頁に立ち戻り、また頁を進めていく。


「これなんの事件?」


「えっ?ええっと……」


 全治に尋ねられ、将太は一咲のが開くファイルの表紙を下から覗き込んだ。ファイルには「是清邸殺人事件」とある。


「待って、データベースの方で見てみるから」


 パソコンを立ち上げ、ファイル名を入力する。


 すると、データベースの中から同じ名前のファイルが出てきた。


「データで残ってるのに、紙でファイルする必要ある?」


 マウスを動かしながら、将太は前から思っていたことを口にする。


「データは消えるとき一瞬だから。その点紙媒体は失火でもしない限り突然どんと消えることはないだろう。あとアナログは結局改竄しにくいから残しておくべきだ」


 平然と答える全治に、将太はほっと胸をなでおろす。


「一応俺の仕事にも意味はあったのか」


「ないと思ってたの?」


「わりと思ってた」


 心外だな。と呟きながら全治は顔がくっつきそうになるぐらい、身を乗り出して、画面に顔を近づける。将太もはや、見るなとも言えず。そのままファイルをクリックした。


 是清邸殺人事件の概要は以下の通りであった。


 今から5年前。 軽井沢の別荘地に建つ、(これ)(きよ)正宗(まさむね)宅。通称是清邸で事件は起きた。


 第一発見者は屋敷で働く使用人の女性、樋口(ひぐち)美穂(みほ)。1階の部屋は中から施錠されていたため。窓から部屋の様子を伺ったところ、部屋の中心にある梁から、是清氏の内縁の妻の泉裕子(26)が首を吊っているのを発見する。


 マスターキーは存在せず、警察が踏み込むまで、部屋の中には誰も入れなかった。小窓は開いていたものの、その開閉域は30センチほどしかなく、そこからの出入りは不可能。完全な密室状態であった。


 裕子の年の離れた夫である正宗は事件の一年前に病死している。

 

 有力な容疑者は正宗と前妻の間の子である是清静香と是清久雄。正宗氏は死の間際に「静香と久雄には遺産は残さない。私の家族。裕子に全遺産を相続する」という遺言を残しており、遺留分も含めて一切の金が二人に渡らないように手続きを済ませていた。


 静香と久雄は、そのことから裕子を恨んでおり、犯罪まがいの嫌がらせを繰り返していたと屋敷で働く使用人たちが証言している。


 しかし二人には裕子の死亡推定時刻アリバイがあった。静香は使用人の一人と買い物に出ており、久雄は自宅で借金の取り立てにあっていた。当時屋敷で働いていた数人の使用人にも同様にアリバイがあった。  


 遺体発見当時、部屋にあったクローゼットが開き、衣服が何枚か部屋に散乱していたことから、物取りの線も考えられたが、取られたものはなく。屋敷の門の防犯カメラにも怪しい人物は映っていなかったため、外部犯の可能性も消えた。捜査は行き詰まり、今まで未解決事件となっている。

 

 一通り、資料を読み終わって将太は首をかしげる。


「首吊って、密室なら自殺じゃないの?なんでこれが未解決事件?」


「将太君。ちょっとここ」


 全治に言われるまま、将太が指さされた先をクリックすると、当時の現場写真が出てきた。


 簡素な部屋には、大きなクローゼット、窓際にはアンティークのデスクと椅子が置いてある。そして部屋の真ん中。梁からは太いロープがだらんとぶら下がっていた。


「ほら、ここ。おかしいと思わないの?」


 全治は写真の真ん中。ロープの下の方を指さす。将太はしばらく考えてから、ああ。と納得した。


 死因は首つりである。ならば、当然首に縄をかけるとき、台か何かを踏み台にしなければならないはずだ。


 しかしロープの周りにはなにもない。唯一使えそうな椅子も窓際の机の近くに無造作に置かれている。


「自分でくくれない以上、誰かに吊るされたと考えるのがまぁ、妥当だよね」


「成人女性を吊り上げるなら、犯人は男かな……」


「細マッチョな女格闘家かもよ」


「ふざけるなよ」


「だって、小窓は開いてたんだよね?」


 将太は部屋の写真、窓の部分を拡大する。


 確かに30センチほど、窓は開いていた。子供やよほど華奢な女性ならまだしも、大人の男性が通り抜けることができるとは思えない。


「まさしく、密室殺人ってわけだ。おもしろいね」


「お前はまた……」  


 飄々とする全治に将太は渋い顔をするが、彼も内心興味深いと感じていた。


 一体は犯人はどのようにして密室の中から煙のように消えたのか。


 思案を巡らせてもよい考えが思いつくわけもなく。件の一咲は相変わらずペラペラとファイルの資料を捲り続けていた。


「そろそろかな」


 全治が、小さく呟いた。その目は一咲を映している。


 その顔がひどく楽しそうだと。将太が思った瞬間。 


 パタンッ。


 一咲がファイルを閉じた。ただそれだけなのに。

 

 その音は凛と、空間を割くように部屋に響き渡った。


 部屋は静まり返り、空調の音だけがぶぉんぶぉんと鳴っていた。


 そのあまりにも不自然な静けさに、最初に気が付いたのは一咲自身だった。


「わかったよ」


 その声にはたと我に返り、将太は言葉を探す。


「え……ああ……あっと、なにが?」


「真相」


 さらりと、一咲は告げた。


「シンソウ……ええっ!真相?!」


「うん」


「どどどどど、どういう!」


 あまりのことに言葉がうまく紡げていない。将太が彼女の方に身を乗り出すと、一咲は怯えるように軽く身を引いた。

 見かねた全治に首根っこを掴まれ、将太はそのまま彼女から引き離された。


「まぁ、将太君。落ち着いて、まずは話を聞こうよ」


「そそそそそ……そうだね。ごめん、動揺しちゃって」


「大丈夫。それよりもここを見てほしいの」


 一咲は再びファイルを開く。


 ファイルを見るために、将太は一咲の隣に座った。その反対側に全治が座るが、一咲はあからさまに嫌な顔をして、将太側に詰める。全治もまた、悪びれもせず詰めるので、結局ソファにぎゅうぎゅうに三人で座ることになった。一咲は不服そうだが、退路もなく、あきらめたように、ファイルに指を滑らせ始めた。


 一咲の指は、現場写真に置かれている。指の先にはアンティークのデスクが置いてあった。


「これがどうかしたの?」


「椅子、机の中にしまえてない」


 デスクに対して椅子は斜めに置かれていた。


「普通、自殺しようとする人間は多少なりとも身辺を整えるものでしょう。それがおかしいと思うの」


 例えば、投身自殺の際、人は飛び降りる場所で靴をそろえる。衝動的なものならまだしも、手間がかかる自殺手段であればあるほどその傾向は強い。


 首つりは、縄を用意し、輪にし、自分で梁にかけるところまで準備に手間取る方法だ。一咲の言う通りなら。確かに椅子を机にしまわないのは確かに不自然である。将太はまじまじと椅子の写真を見つめた。


「クローゼットも開いていて、服が散乱してたんだろ。もともと是政裕子自体が大さっぱな性格なのかもしれないじゃん。そしてそもそも、これは密室殺人だろ。彼女は誰かに首をつられたんだ。身辺整理も関係ないじゃないか」


 全治がけらけらと、上げ足を見つけたと言わんばかりに散乱した服を指先で小突く。


「これは自殺だよ」


 やけにはっきりと、一咲は言い放った。


「いやいや、だから踏み台がなかったら首吊りは自分でできないでしょ。だから密室殺人って言われてるのに」


 全治の手を強くはじいて、一咲は再び椅子を指さす。


「彼女は部屋を施錠したあと。この椅子を踏み台にして自分で首を吊った。そして踏み台は彼女の死後に動かされた。この机にね」


「……どうしてそんな必要が?」


 彼女が自身で施錠をし、誰かが椅子を動かしたということは、その人物は彼女と一緒に部屋に居たということになる。なぜ、彼女の死を止めることなく、彼女の死後に椅子だけを動かしたのか。どうやって部屋から消えたのか。取る上げ足が多すぎて将太も口を挟まずにはいられなかった。


「そんなの。窓から出るために決まってるじゃない」


「だって、窓は30センチしか開かないんだよ?そんなの子供じゃないかぎり」


「だから、子供なの。部屋の中にいたのは」


 思いもよらなかった回答に。将太は口を半開きに開けたまま、言葉を探す。


「でも子供の前で自殺なんて……」


「気が付かなかったの。裕子が首を吊ったその時。その子はクローゼットに隠れていたから」


「なんでそんなとこ……」


「かくれんぼか」


 ぽそりと、全治が呟き。一咲がそれに頷く。一人意味が分からなく、将太が途方に暮れていると、全治がファイルを捲り、第一発見者の使用人の証言を指さした。


「そもそもだ。なんで使用人は部屋を確認しようとしたのか。是清裕子が自殺したのは自室だろ。自室の鍵がかかってるなら、裕子が部屋の中で何かをしてると思うのが普通。用があったのなら、出直すはずだ。わざわざ外から回って窓度から部屋の様子を確認したのは、中に「ダレか」がいないことを確認したかったからだ」


 もしいたるところを探して、子供が見つからなかったのなら、施錠された部屋で息をひそめてると考えるのは普通の流れだろう。


 しかし、使用人が見つけた「ダレか」は首を吊った是清裕子だった。 


「使用人は当然悲鳴をあげるでしょうね。それに驚いて子供はクローゼットから転がるように出てくる。その時、掛けてあった服が数枚散らばった」


 まるで。


「ドアには鍵がかかっている。出るには窓しかないが、自分の身長ではその窓には届かない」


 その場にいたように。


「転がった椅子を起こし、窓際の机まで持っていく。椅子、机とよじ登り、子供は小窓を開けて、30cmの隙間から抜け出した」


 すらすらと。


「そして残ったのは踏み台なしの首つり死体と密室の完成。これが事件の真相」


 一咲は推理を終えた。


 一咲はファイルを閉じると、押し付けるようにして将太に突き返した。将太はぱらぱらとファイルを捲り、首を傾げた。


「いや……でも、待って。ファイルには子供のことなんて書かれてないよ」


 確かに一咲の推理は筋が通っていた。しかし、ファイルには是清正宗と裕子の間に子供がいたという記述も、久雄と静香に

小さな子供がいるという記述もない。


「いや、書かれてるよ将太君。一咲ちゃんの推理に間違いはない」


 全治はファイルを指さし、一咲の顔を見る。一咲は顔は背けたが、こくりと頷いた。


「是清正宗は遺言で、「全ての遺産を私の家族。裕子に残す」って言ってたんだろう。一般的に一人に家族という言葉は使わない。普通なら「私の妻。裕子に残す」という方が自然だ。これは、もう一人以上正宗と裕子に家族と呼べる存在がいる可能性があるということだ」


「いやでも、屋敷で暮らしていたのなら、これ以上に全く記載がないのはあまりに不自然じゃないか」


「不自然なら、そこには自然な理由がかならずついている。この場合一番自然なのは?」


 全治に振られ、将太はしばらく考え込む。ファイルに子供のことが載っていないのというのは誰も証言していないということ。いるはずの存在に誰もが触れなかったというのはあまりに不自然すぎる。つまりそれは意図的に触れなかったということだ。


「まさか、全員で隠したのか?でも……なんのために」


「子供はおそらく裕子の実子でしょう。そして連れ子。多額の遺産は妻の裕子の死を通すことで、全額その子供に渡るでしょうね。そんなの久雄と静香にとっておもしろくないにもほどががあるでしょう。まぁ、使用人は買収でもしたんでしょうね」


 だから久雄と静香は子供の存在を隠した。遺産を全て自分たちが手に入れるために。


「なんという卑劣な……」


 将太は怒りに体を震わせる。ファイルを持ったまま駆けだそうとした体を、全治が腕を掴んで引き留めた。


「ちょ、どこに行くの?」


「すぐに静香と久雄を逮捕しないと」


「何で?」


「何って、2人は子供を殺してるんだ。許せない。早く逮捕しにいかないと!」


 将太がその手を振り払おうとすると、今度は一咲が立ち上がり、ファイルを再び取り上げてペラペラと捲ってある頁をこちらに見せた。


「あなたが上に行ってすることはただ一つ。この人物を探すこと」


 その顔は、少し。寂しそうだった。


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