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探偵助手は狂わない  作者: にょん
23/24

面会室で

 ガラスを一枚隔てたその場所で、将太は彼女を待っていた。


 許された面会時間はあまりない。


 女性刑務官に連れられてやってきた彼女は足を引きずり、どかりと椅子に座り込んだ。


「体の具合はどうですか」


 おもむろに、将太が口を開くと、彼女は足をさすって少し面倒くさそうにため息をついた。


「毎日毎日リハビリがんばってますよ」


 しばらく二人は見つめ合い、互いの様子を確認する。


「それで今日はどっちですか?」


 将太の問いかけに、彼女は姿勢を正すと、小首を傾げて微笑んだ。


「ミツキです」


 そう姉の名を乗ったのは加賀美ミユキその人である。


 一咲と崖から飛び降りたミユキは、一時意識不明で病院に運ばれた。意識を取り戻した彼女は自分を加賀美ミツキと名乗った。医者は事件のショックによる解離性同一性障害。いわゆる二重人格という診断を出した。


 彼女の人格はミユキとミツキの2つに分かたれたのだ。


「ミユキがよければ変わりますか?」


 ミユキとミツキは例外はあれど、自分の意思でその人格を変えられるようだった。今は、ミユキの彼女に、将太は首を振った。


「いえいえ、今日は様子を見に来ただけなので、元気そうでなによりです。裁判はどうですか?」


「あまり順調とは言えませんね。裁判だけはあの子!人格譲ってくれないんです」


 頬に手を当てて、ミツキは困ったようにため息をつく。


 加賀美ミユキは現在、あの館で起きた「殺人事件」の容疑者として裁判を受けている。


 全て彼女の単独犯として。


 姉を殺人犯にした被害者の母親を殺害。また、姉の自殺のきっかけとなった遠西を殺害しようとしたが、彼はその前に病死。せめてもの見せしめで崖から遺棄する。加賀美ミツキは妹の犯行に気づき、責任を感じて自殺した。ミユキはそれにショックをうけて、後追いに崖から飛び降りた。それを止めようとした一咲は一緒に崖から転落してしまった。


 ということに、調書上はなっている。


 将太もそれに協力している。彼の証言なしでは、それは成立しないから。


「一咲さんと貴方には感謝してるんですよ。おかげでミユキは死なないで済みましたから」


 ミユキは姉たちの名誉を守るため、自らを殺人犯にした。


 一咲はミユキに生きてくことを強いたのだ。そうしてミユキはそれを受け入れた。だから一咲と崖から飛び降りたのだ。


「なるべく減刑もされるといいんですけど……」


 本当はミユキは何もしていないのだから。そんな言葉は出すことは刑務官の手前許されない。ミツキも微笑みながら、口許に人指し指を当てていた。


「益子さんは最近どうです?」


「どうって?」


「近況ですよ。私たちのを聞いたんですから、益子さんも教えてください」


 ため息をつき、将太は頭をかく。


「実は、やめたんです。刑事」


 ミツキは目をぱちくりさせると、焦ったようにおろおろと言葉を探す。


「もしかしてミユキのせいですか?」


 将太は、真実を知りながら。ミユキが目覚めるまでこの事件について口を閉ざした。そうしてミユキの証言に全てを合わせたのだ。


 刑事として冤罪を作り上げることに荷担した自分が許せない。確かにそんな考えも将太の中にあった。しかし、それだけではないのだ。


「……別にやりたいことを見つけたんです。一咲ちゃんとの約束ですから」


 微笑みながら伝えたが、それでもミツキは浮かない顔をする。


「益子さん。こんなこと。言える立場じゃないんだけど。……あまり気にやまないで……その……汐崎一咲も死にたかったのよ。私たちと同じようにずっと正当に死ぬ理由を探してた」 


 俯いたままで、ミツキは今にも泣き出しそうに言葉を探す。


 将太はこんこんと、ガラスを叩く。その音にミツキは顔をあげた。


「それは違いますよ」


「え?」


「一咲ちゃんはそんなこと望んでいません」


「だって飛び降りたのよ。あの崖から」


 ミツキの言葉に、将太は首を振る。


「あの崖から落ちても、人はほぼ死なないんです。2回落ちた貴方がここにいるのがその証拠です」


 ミツキは戸惑ったように足に手をやる。


「1度目、ミユキさんは遠西さんの上に落ちた。だから死なずに崖から這い上がってこれた。そうですよね?」


「ええ、そうみたいね」


「落ちた場所、そんなに高くなかったんじゃないですか?いくら死体がクッションになったとはいえ2階以上からは落ちています。どんなに打ち所がよくてもそれ以上の高さから落ちたら自力では上ってこれないでしょう」


「……」


「あなた達を救助するとき、崖の低さは分かっています。面白いですよね。木が生い茂って、底が見えない。そして橋があったはずという証言があれば、そこを深い崖のように錯覚してしまう」


 一咲とミユキが飛び降りた後、全治は隠し持っていた携帯電話ですぐにレスキュー隊を呼んだ。


 ヘリコプターに乗った救助隊はすぐに二人を引き上げた。打ち所が悪かったのか二人に意識はなかったが、命に別条はなかったのだ。


「館が建っていた場所は、実は小高い丘程度の高さだった。飛び降りれば無事では済まないけど、死ぬほどではない」


 彼女はちらりと刑務官を見るが、特に反応はしない。


「なぜ、今それを言うんですか?」


「だってあなた今、本当はミユキさんでしょ」


 将太は静かに微笑み、彼女はただ俯く。


「私はミツキです」


「別にいいんですよ。あなたが誰であろうと」


 二人の間に沈黙が流れている。ほどなくして刑務官が「時間です」と静かに告げた。


 彼女は無言のまま立ち上がり、ドアの前まで歩みを進める。


「ミユキさん。最後に一言だけ」


 開けられたドアの前で、彼女は立ち止まる。刑務官は面倒くさそうにわざとらしく時計を見つめたが、将太は構わず続けた。


「やっぱりお姉さんは貴方に生きていてほしかったんじゃないですか?」


 全治曰く、あの館を復讐劇の舞台に選んだのは加賀美ミツキであった。そして、ミユキを飛び降りさせたのもミツキ。


 ミユキの性格上、計画に関わった以上は、自分だけ参加しないというのはあり得ないだろう。だからあえてミツキは「一緒に死んでほしい」と願い、裏ではミユキだけは生き残れるようにあの舞台に選んだ。崖の上に立っている館を演出したのだ。


 最後の最後で、全治でさえも出し抜いた。


 それは、将太の、願いともいえる。そうであってほしいという推理だった。


「それでも私は……一緒に……」


 彼女はそれ以上何も言わず、刑務官にせっつかれるようにして部屋を出て行った。振り向きはしなかった。


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