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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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とある名探偵の話

 将太が部屋を出ると、全治と目があったかが、かける声も、かけたい言葉もなかったので、そのまま無視して壁に寄り掛かった。


 長い夜将太はドアの前でストレッチ等して、時間をつぶしていたが、すぐにそれにも飽き、広間の本棚に向かった。百科事典や古い雑種等、様々あり。興味がありそうなものはなかったが、暇を潰すにはちょうどよかった。何冊か雑誌を読み潰した頃。ふと、棚の一番下。端っこに埃を被った本が何冊かあることに将太は気がついた。


 同じ種類の青いハードカバーが並んでいる。随分長い間誰の手にもとられていなかったのか。手に取ってみると表紙にまでほこりが積もっていた。払うと軽く粉が舞う。


 表題にはシャーロックホームズシリーズ。とあった。


「好きなんだよね。俺その本」


 その声に振りかえると、全治は本を指差して笑っていた。


「将太くんはその中で誰が好き?」


 聞かれて将太は思わずたじろぐ。世界一有名な探偵なのだろうが、その実読んだことはない。


「俺はね、モリアーティー教授」


「もり……えっ?なんて……・?」


 話す気なんてなかったのだが、聞き慣れない名前に思わず口が聞き返す。全治はそれに口を尖らせてからわざとらしく大きな溜め息をついた。


「なんだ知らないの……シャーロックホームズシリーズに出てくる天才犯罪者だよ。ホームズの宿敵」


「はぁ……」


「でも本当に一番好きなのはね、ワトソンなんだ。さすがにワトソンくんは知っているよね?」


 目を輝かせながら、全治は将太に対面のソファに座るよう、手で促す。


 ちょうど立ち続けるのも難儀していたところであった将太は、促されるままソファに腰かけた。


「知ってるよ……シャーロックホームズの弟子だろ」


「弟子じゃない。助手!……はあ本当に知らないのか。ガッカリだよ」


 全治はつまらなさそうに悪態をついた。


「いや、知ってたよ。ちょっと間違っただけだ」


 将太は慌てて繕って見せるがもう遅い。そもそも全治のなんぞに繕う理由もないと、それ以上は言い訳しなかった。


「でも、なんで助手が好きなんだよ。普通主人公が好きなもんじゃないのか?」


「もちろん。ホームズは大好きさ。愛しているって言っても過言じゃないね。俺は、物語は登場人物になりきって読むのが好きなんだよね。だから必ず、ワトソンくんに感情移入するようにしてる」


「なんで……」


「なんでって……ワトソンくんならずっと間近で大好きなホームズを見ていられるじゃないか!」


 興奮ぎみに全治は立ち上がるが、数秒の後、我に返ったようにソファの背もたれに吸いこまれた。


「だから僕はね。ワトソンくんになりたかったんだ」


「なりたかった?」


「なれなかったけどね」


 疲れたように全治は笑う。


「前に言ったでしょ。一咲ちゃんが本当に偶然巻き込まれた事件は殺人事件、バスジャック、そして誘拐事件が一件ずつだって」


「ああ……」 


 前に全治が言っていた。彼女の捲き込まれ体質の話が、ぼんやり将太の頭の中に浮かぶ。


「その、誘拐事件の被害者。俺なんだ」 


 さらりと告げる全治に将太は面食らう。


「被害者って」


「俺ん家金持ちだから。身代金めあての誘拐。たまたま居合わせた一咲ちゃんが一緒に連れ拐われちゃって。まぁ、申し訳ないことしたよ」


 爪の先をいじりながら、全治は懐かしさに目を細める。


「そん時は俺もまだ子供だったから、普通に怖くて、大好きなホームズの本抱えて、ただ震えてた」


 全治が恐怖で震える姿……。申し訳ないが全く想像できない。と将太は像を結ばない想像を頭の中で払った。代わりにそもそもこれに無垢な子供時代があったことすら驚きだ。と少し失礼なことを考える。


「でも一咲ちゃんは違ったんだ。推理して……機転を利かせて……あっという間に誘拐犯を出し抜いて、警察に逮捕させちゃった。痺れたねー。本当に名探偵っていうのはいるんだって感動した。そして俺はね、この人のそばにいて彼女が事件を解決していく様を間近で見続けたいって思ったんだよ。だからある時は事件を持ち込んだりしたよ。その度に一咲ちゃんは事件をあっという間に解決しちゃって。本当にかっこよかった。でも……そんな幸せな日々は長くは続きませんでしたとさ」


 夢見心地で語っていた全治の目がぎらりと光る。


「あの女が探偵としての彼女を殺した」


「あの女……?」


「わかるでしょ。彼女の足も一緒に壊した。あの女だよ。たかが旦那が死んだだけで……本当にいい迷惑だよ」


 一咲の母親。夫の死に心を病み、一咲が事件現場に出向けないようにと、彼女の足を包丁で刺した。一咲が長い間心を閉ざしたトラウマの原因。


 それを全治は心のそこから憎いと言わんばかりに「あの女」と再び呟いた。いつも飄々とした全治が見せたはじめての負の表情の冷たさに、将太の背筋がぞくりと震えた。


「俺はね。一咲ちゃんがもう一度探偵として輝く瞬間が。立ち直ってくれる瞬間が欲しくって、彼女を引き取ったんだ。でも……、俺はねワトソンにはなれなかった。どんなことをしたって、どんなものを与えたって……彼女は心を閉ざしたままだった。俺は彼女のワトソンにはなれなかったんだ」


 俯いて、全治は膝の上で手を握りしめる。その手が再び緩むのにはほんの少し時間がかかった。


「それで、考えたの。探偵助手以外に探偵のそばにいられるのは誰だろうって、探偵を輝かせられるのは誰だろつって……誰だと思う?」


「それが……モリアーティー教授?」


「その通り。彼はホームズの敵となる人物なんだ。彼が解く名事件の数々は教授が用意しているものも多い。彼が探偵足り得るのは教授がいるからなんだ」


 名探偵の助手になれないのなら、敵となる。あてはめているのだ。全治はホームズを一咲に。自分をモリアーティーに。それは、狂気以外の何物でもなかった。


 将太は理解はできなかった。ただ、彼は全治の狂気を把握し、ふつふつと沸き上がる怒りにをどう抑え込もうかと、歯を食いしばり、拳を握りしめた。


「だから東さんも、ミユキ死んだのか。お前のせいで」


「俺は事件のお膳立てをしただけ。用意しただけだよ。二人は勝手に死んだだけだ」


「ふざけるな!」


 将太は机を勢いよく叩くが、全治はまばたき1つだってしない。


 ただ淡々と、ひたすら冷静に将太を見据えていた。


「うるさいな。俺は本当はワトソンになりたかった。いつでも彼女のそばにいたかったのに、俺じゃダメだったから君に役をゆずったんだよ……。一咲ちゃんを支えるのは君でいい。でも俺は必ず彼女を輝かせてみせる。最高の宿敵として」


「お前……狂ってるよ」


「そりゃ、そうさ。みんな彼女に魅了されて中から壊れていくんだ。君もいずれ可笑しくなっていくよ」


「僕は狂わない」


「みたいだね。今は」


 何か言い返そうと、将太は必死で言葉を探したが、何を言っても彼に響く言葉ない。そう悟って口を結ぶ。ただ会話をやめた。全治もそれ以上、口を開くことは無かった。


 やることもないので、将太は手元の本を読み進めていく。


 天才的な頭脳をもつ探偵が、大活躍する様を、助手目線で描いた物語だった。

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