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探偵助手は狂わない  作者: にょん
17/24

第二の殺人

 がしゃん、ばたんと何かが倒れたり落ちたりする音がする。


「やめろ!こっちに来るな!」


 隣の部屋から響くのはミユキが誰かと言い争っている声。


「早く行って!」


 一咲に急かされ我に返った将太は部屋を飛び出す。202号室の前ではミツキがドンドンと扉を叩いていた。全治はそれをあくびをしながら眺めている。


「ミツキさんどうしたんですか?」


 声をかけると、ミツキは今にも泣きそうだしそうな顔をして将太を見た。


「それが……ミユキが中にいるんだけど。扉が開かなくて」


「代わってください」


 ミツキに代わり、将太がドアを叩く。ドアノブを回すが、内側から鍵がかかっているようで、開きはしない。 


「ミユキさん!開けてください!」


 返事はない。その代わりに、部屋からは何かが倒れる音がする。


「そうだ……窓を伝って隣に渡れば」


 将太は自室に戻ると、窓から身を乗りだし、手を伸ばす。窓は断崖絶壁に面しており、夕闇の谷底から吹き付ける風が恐怖心を煽ったが、そんなことを気にしている場合ではない。


 幸い、隣の窓も空いている。カーテンがなびいて、ミユキのシルエットがそこに見えた。


 将太は手を伸ばし、隣部屋の窓枠を掴んだ。


「ミユキさん!いま助けます!」


 彼が叫んだ瞬間。


 風でカーテンが大きく捲れ、現れたミユキと将太の目が合った。


 ただ。それだけだった。


 ―僕はこの先、一生この瞬間を後悔して生きていくのだと思う。


  真っ白になった将太の脳内に。そう思考が浮かんだ。


―もっと手をしっかり伸ばしていれば


―もっと早く窓づたいに助けに行くとことを思いつけば


―もっと身を乗り出せば。


―彼女に届いたかもしれないのに……。


 窓枠から、ミユキの体が投げ出され、谷に吸い込まれていく。


 落ちていく間。将太はずっと彼女と目があっていた。


 すでに死んでいるような空虚な目で、静かに彼女は落ちていく。


 音もなくただ暗い底に吸い込まれていく。


「あああ……ああ……」


 うろたえて将太はすぐに頭を振って白く染まった思想を払う。


 ―まだ彼女が死んだと決まったわけではない。すぐにでも引き上げれば助かるかもしれない。


 将太が急いで部屋を飛び出すと、ミツキが青い顔をして震えていた。


「益子さん……。ミユキは…」


 将太はその眼差しに応えることができない。


 階段を駆け降りて、館を飛び出す。


 建物と崖の絶壁の隙間を進み、202号室の真下までくると崖を覗き込んだ。あたりは、もう夕闇で暗い。崖の底は生い茂る木々で見えなかった。


「ミユキさん!」


 将太は崖に向かって彼女の名を叫ぶが、答えは帰ってこない。


「クソ……」


 館に戻り、将太はそこらじゅうをひっくりかえす。何か、ロープでもあれば、それを伝って降りていけると信じて。


「益子さん︎!」


 ミツキが階段の上から叫ぶ。


「ミユキさんが落ちたんです!すぐ降りて助けましょう」


 手を止めず、将太は声を荒げながらフロントの棚やタンスをひっくり返す。手斧や懐中電灯、古新聞などしか見つけられない。めぼしいものが出てこないことに焦りと苛立ちが募っていく。


「益子さん︎もう……やめて…!」


 ミツキが後ろから抱き着くようにして将太を静止させた。


 驚いた将太が手を止め、振り返るとミツキは泣き崩れながらその場に疼くまった。


「もうやめてください。わかるでしょ。この谷は深い……」


 将太は頭を抱えるが、すぐに我に返ってタンスから出てきた手斧を握り、再び2階に駆け上がった。ミユキを突き落とした犯人はきっとまだ202号室にいるのだ。


 怒りに任せて、将太は手斧をドアに向かって振り上げる。2度、3度力に任せてドアを叩くと、小さな穴が開いた。

穴から覗く部屋はひどい有り様だった。


 カーテンは引き裂かれ、棚はひっくり返り、枕も引きちぎられて、中身の羽は舞う。しかし犯人の姿は見当たらない。


―どこかに隠れているのだろうか。


 将太はその穴に手を突っ込むと、手探りで施錠されていた鍵を回した。

 ガチャリという音がしたことを確認し、将太は斧を振りあげたまま部屋に飛び込んだ。

 ドアが施錠されていたままになっていたということは、犯人がまだ部屋の中にいることを示す。


 武器の斧をしっかりと握ったままクローゼット、カーテンの裏、ベッドの下などを将太は覗きこむが、そこに犯人の姿はない。


「どうして……」


 まさか、一緒に下に落ちたのか……。


 開け放された窓の下を見つめるが、谷底は真っ暗で何も見えない。


 その時、後ろで「きゃあっ!」という短い悲鳴が聞こえた。将太が振り返ると、部屋に入ってきたミツキが一点を見つめてわなわなと震えている。


「ミツキさんどうしました!」


 ミツキは震えたまま、ドアを指をさす。


「ドアがどうかしました……?まさか!」


 開け放されたドアの裏側は、まだ見ていない。犯人はそこに潜んでいる。将太はそう確信し、斧を構えてドアノブを掴んで引っぱった。


 ドアと壁の隙間には、犯人の姿はなかった。


 隙間には何もなく。あるのは壁とその壁にかかった雪の結晶の写真だけ。


 ただし、その写真には東の彼岸花の写真と同様に、真っ赤なペンキでバツ印が描いてある。


 犯人からのメッセージだった。


「そんな……」


 壁に滴る絵具に。将太は触れる。絵具は乾ききっておらず、ついっさき塗られたようだった。


 これを描いた犯人は確かにこの部屋に居たはずなのに。煙のように姿を消してしまった。


 ただ加賀美ミユキは殺害された。消え去った犯人によって。


 雪が地面に落ちて消えるように、はるか崖下の地面へと吸い込まれていった。


 二人目の被害者だった。

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