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探偵助手は狂わない  作者: にょん
16/24

キャストチェンジ

 ロビーに戻ると、皆力なく、ソファに座り込んだ。


 紡ぎだす言葉もなく、時計の秒針の音だけが響く。


 最初に口を開いたのは将太だった。それでもまだ言葉にはなっていな。項垂れるだけのため息。しかし、誰かが口を開くきっかけには十分だった。


「これからどうするのよ」


 ミユキが頭を抱えながら声を漏らす。


「え?」


「そこにいる名探偵だか何だか知らんけど、その子が事件を解決すればアイツの望みは叶うわけでしょう」


「そうだろうけど……」


「じゃあとっとと、解決してもらえばいいじゃない。東さんを誰が殺したのかをさ」


「それができたら苦労はしないです」


「なんでよ、その子は天才なんでしょう。推理してもらえばいいでしょう」


「それは……」


「私たちは帰りたい。東さんは浮かばれる、犯人は捕まる。アイツも捕まる。いいじゃない」


 一咲にナマモノの推理はさせたくない。それは将太の本心だった。しかし、この状況では彼女の頭脳に頼らざるを得ない。

 将太はちらりと一咲に様子を伺うが、彼女は先きほどからずっと俯いたままでいる。


 将太は妙に思い声をかけるが、反応はない。


 近づいて顔を覗きこむと、彼女はまばたきひとつしないで、固まっていることが分かった。


 よく見ると唇がわずかに動いている。


 音にはなっていないが、彼女の唇は何度も何度も小さく開いたり閉じたりを繰り返す。将太は唇を読もうと、じっと彼女の様子を伺った。


 ごめんなさい。


 そう。一咲は呟き続けていた。


「一咲ちゃん!しっかりして!」


 将太が声をかけて揺さぶると、一咲はびくりと震えて、顔を上げた。 


 しばらく、呆けたように彼を見つめ返していたかと思うと、数秒の後その瞳からぼろぼろと大粒の涙が溢れ始めた。


「ああ……ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 一咲は騒ぐ。


 掌底で一咲は自分の頭を打ち続ける。ダンダンという音を立てた。


 将太は急いで一咲の手首を掴んで止める。想像以上の力で一咲はそれを振り払おうとする。打ち付けたところは肌が赤く変色していた。


「一咲ちゃん。落ち着いて!」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」


「汐崎一咲!」


 将太が大声でその名を呼ぶ。すると肩ではあはあと息をしながら一咲の瞳が将太を捉えた。


「落ち着いて一咲ちゃん」


 もう一度。将太が静かに告げると、一咲はしくしくと静かに泣き出した。


「一度、部屋で休んだら?」


 遠巻きにこちらを見つめていたミツキが、ミユキの背中に隠れながら心配そうに言う。


「そうします。行こう一咲ちゃん」


 将太は負ぶろうと背を向けるが、一咲は顔を覆ったまま動かない。


 将太は考え込むと、一咲に向き直って遠慮がちに両手を広げた。と、吸い込まれるように一咲はその顔をこちらの肩に埋めた。有り体言えば抱っこの要領で将太としては少し恥ずかしかったが、心配の方がずっと、勝っていた。


「じゃぁ、僕たち部屋に戻ります」


 続いてミツキも席を立った。


「私たちも戻りましょうよ」


「そうね。部屋で鍵でかけて閉じこもってた方が安全かもね」


 立ち上がり、階段まで一同は移動する。しかし、それを登り始めたのは将太とミツキだけだった。


「あれ、ねぇ。ミユキどうしたの?」


 ソファから立ち上がり、固まったままのミユキに、ミツキは声をかける。


 しかし彼女からの返事はない。


「ミユキさん?」


 ミユキの視線は壁に向かって一点に注がれている。


 将太とミツキは不思議に思い、階段を降り、ミユキが見つめているものを探す。


「ねぇ」


 ミユキは探し物を指さす。


 雪月花について書かれた書。


「東さんの部屋には、赤くバツ印のあった彼岸花の写真があった」


 ミユキのその言葉に、今まで将太の肩に顔をうずめていた一咲が顔を上げた。


「花は散った……じゃぁ、次は?」


 ミユキが顔をこわばらせながら、将太たちを見つめる。


「な……なんですか?」


 将太は聞き返す。本当は分かっていた。だが、認めたくはなかった。


「もし東さんがこの詩に準えて殺されたのなら?」


「まさか……雪と月」


 ミツキは口をおさえ、その顔を一気に青ざめさせる。


「まだ2人……殺されるかもしれない」


   *


 

 将太は部屋に入ると、一咲を手近な椅子に座らせた。


「ごめんなさい……」


 再びその言葉を呟く一咲の頭を将太はそっと撫でる。 先程よりもずっと落ち着いてはいるようで、一咲は鼻をすすりながらぽつぽつと言葉をもらす。


「わたしがいるから、わたしが外に出たから東さん死んじゃったんでしょ?」


 ―ああ、なんということか。


 将太はその言葉を聞いて愕然とした。


 お前が出歩くから事件は起きる。母親にかつてそう責められて傷つけられた彼女。十年ぶりに外へ出た。そして事件が起きた。そのトラウマが蘇らないわけがないのだ。


 消え入りそうな声に将太は両手で彼女の手を包み込むようにして強く握った。


「そんなことない。そんなことないんだよ。君のせいなんかじゃない。それは絶対だ」


「でも……」


「でもじゃない。それだけは絶対違う。そんな風には思っちゃダメだ……」


 根拠はない。根拠というよりも彼女を納得させてあげるだけの言葉を将太は見つけられなかった。ただ安っぽい言葉でもないよりはずっとマシだと思った。


「でも死んだじゃない!」


「死んだとしてもだ!」


 一咲の叫びをかき消すために出した将太のその声は、館中に響いた。自身の耳でさえキンとしているのだ、当の一咲も目を開いて固まっている。


「東さんが死んだとしても。それは犯人がやったこと。人を殺した奴が一番悪いに決まっているだろ。その罪悪感は犯人が背負うべきものだ。君が抱えるなんてそもそも見当違いなんだよ。そうだろう」


 暫しの沈黙のあと。一咲はこくりと頷く。


「だけど……、私まだ分かってないよ。東さんがどうやって毒殺されたのか」


 たどたどしく、ただ申し訳なさそうに一咲は俯く。将太は小さくため息をつくと、その落ちていくばかりの肩をとんとんと叩いた。


「分からなくていいんだ。君はただの女の子でいればいい」


「じゃぁ、事件は誰が解決するの?」


「そんなの決まってるだろう。汐崎一咲は今日をもって探偵を廃業!」


 将太は自分の胸をどんっと叩き立ち上がった。


「探偵役は、この天才刑事。益子将太におまかせあれ」


 まるで舞台俳優のように、高らかに声を上げた将太を一咲は呆然と見つめていた。何も言わない一咲に将太はだんだん自分の言動が恥ずかしくなり、そっと何事もなかったかのように椅子に座りなおした。


「将太。推理できるの?」


 痛いところを即座につくと、将太は頭を掻いた。自分の推理力は人並み。一咲のような天才的推理力がないことは、重々承知。


「なんとかする」


 将太は自信なく、それでもはっきり呟く。一咲はそれに目をぱちくりさせたあと、俯いて肩を震わせた。また泣き始めたかと、将太がおろおろしていると、どうやらそうではないらしい。くすくすという笑い声がしていた。


「なんとかするって……はは。将太らしい」


 俯いた顔が上がった時。彼女の目にはまだ涙が潤んでいたが、その顔は笑っていた。


「じゃあ。私は手伝う。推理の手伝いをしてあげる」


「それじゃあ意味が……」


「私はあくまでお手伝いするだけ。今までと一緒だよ。提示されたファイルを元に、状況を整理するだけ。推理するのは将太だよ。私だって東さんを殺した犯人を捕まえたい」


 ごしごしと、一咲は涙をぬぐった。その瞳はもう潤んではいない。決意を秘めた目だった。



 一咲の涙が乾いてから。始まったのは、東百合枝の捜査会議だった。


「じゃあ、新しい探偵さんに質問。東さんはどうやって死んだ?」


「それは毒だと思うよ」


「将太はどうしてそう思うの?」


「そりゃ、状況からみてさ」


 紅茶を飲んですぐ、東は血を吐いて倒れた。他に外傷はなにもない。病気の発作だとしてもあまりにも急すぎる。毒で死亡が妥当だろう。というのが将太の見解だった。それには一咲も異論はないようで、小さくこくりと頷いた。


「そうね。じゃあ、毒は何に入ってたの?」


「そりゃ紅茶だろう」


「……でも紅茶はみんな飲んだ。無差別殺人だったのか」


「そうなると容疑者は紅茶を飲まなかった人間……。でも食堂にそれをしなかった人間はいない」


「つまり紅茶を飲まなかった人間が犯人……」


 しかし、全治は犯人から外れる。全治の目的はこの殺人事件によって一咲を探偵に戻すことと。無差別殺人では探偵が初っ端に死んでしまう可能性がある。それでは意味がない。となると容疑者は遠西朔夜ただ一人。


 ただそれは、これが無差別殺人だった場合の話だ。


「……でも、東さんは狙って殺された」


 花は寂しく枯れる。


 そんな詩の一節に準えて、彼女は赤い血を吹いて死んだ。そして彼女の部屋に飾ってあったペンキが滴る真っ赤なヒガンバナの写真。将太はそれを思い出して、臓器の全てがむかむかと不快な感触が込みあげるを抑えた。


「それだと謎は深まるだけよ。そもそも紅茶を飲みたいといったのは東さん。カップやティーポットを用意したのも彼女でしょ。東さんを狙った犯行であるなら、毒はあの場で入れられたことになる。でも、カップを配ったのは将太」


「皆が触れられたのは自分のティーカップだけ。東さんのカップには誰にも毒を入れるチャンスはなかった……じゃあ砂糖やミルクに毒が入ってたとか。紅茶の好みで殺すやつ」


「砂糖は私が使った。ミルクは将太使ってたじゃない」


「じゃあどうやって犯人は毒を……」


「それを推理するんでしょう」


 探偵役になるといった手前、なにか画期的な推理をひねり出したい将太だったが、どんなに唸ってもひらめきのかけらもわかない。やれることと言えば。頭を抱え、がしがしと搔きむしるとぐらいだった。


 しかしそれは一咲も同じようで、頬に手を当てて虚空を見つめていた。


 それからどれぐらいの時間がたったのか。将太には数分にも1時間にも感じた。その瞑想ともいえる推理時間を終わらせたのは、突然館中で響き渡った。ガシャーンというガラスが割れる音だった。


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