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探偵助手は狂わない  作者: にょん
15/24

キャスト

 写真のバツ印が、犯人からのメッセージであれば、先程の一件は無差別殺人ではないということになる。


「でも紅茶を入れたのは東さんだ」


「紅茶を配った時に、毒を入れたんじゃないの?」


「それはない。だって紅茶を配ったのは僕で……」 


 言いかけて、将太はミツキに睨み付けられていることに気がついた。


「だからあんたがやったんじゃないの?」


「そんなことする訳ない!」


 将太が思わず声をあらげて言うと、ミツキはわざとらしく耳を塞ぎながらため息をつく。


「別に。本気で疑ってるわけじゃないわよ。あんたが配る動作に不自然なところはなかったしね……。ただそれだけじゃ。あんたを信じる価値に値しない。そもそもあんたはそこで寝てる犯罪者の仲間だしね」


「僕は刑事だ。そんなこと天地が逆転してもない」


「それもまだ信じたわけじゃないから」


 ミツキはそう吐き捨ててから部屋を出ると、つかつかと全治のそばまで歩みよる。そしてガンとソファを蹴っ飛ばした。その衝撃にびくりと震えた全治が目を開けた。


「あれ、どうしたのミユキちゃん。それに将太君も」


 呑気に伸びをしながら、まだ寝たりないと全治は大きくあくびをした。


「あんたが殺したんでしょ」


 ミツキの言葉に、全治はキョトンと目を丸くする。と、やがて合点がいったように口許を緩ませた。


「ああ、やっと、誰か死んだ?」


 はにかんだ顔に、思わず手が出る。ミユキではない。将太の手だった。


「お前……自分がなに言ってるのかわかってるのか?」


 将太は全治の胸ぐらを掴み、睨みつけるが、全治はあっけらかんとはにかんだままだ。


「俺はちゃんとした事前に言ってたけど」


「知ってたなら、防ぐことができただろ」


「なんども言わせないでよ。この事件は一咲ちゃんが探偵に戻るため。彼女が解くべき事件なんだ。俺が犯人教えちゃったらもともこもないじゃないか」


「お前……」


 将太が振りかざした拳を、ミユキが肘ごと、後ろから掴んだ。


「なに……?どういうこと。あんたたちは何を知ってるの」


「あれ、なんだミユキちゃんたちに説明してないの?」


「だから何を?」


「将太くんは知ってたんだよ。殺人事件が起きるって」


「は?」


 ミユキは将太の肘を掴んだまま、その顔を睨む。


「どういうこと……」


 将太は口ごもりながら、視線を逸らす。


「東さんが死ぬ前から、全治は言っていたんです。これから殺人事件が起きるって」


「は?」


「でも、あの……本当に起きるなんて俺、思っていなくて……」


 どんどん小さくなっていく声に、反し、将太の肘を掴むミユキの手にはどんどん力がこもっていく。爪までも食い込んでいくのを、将太は文字通り肌で感じた。


「何度でも言う。「は?」、あんたはここで、そういことが起きるって知っててそれで何も言わずに同じ食卓を囲んでいたってわけ?」


「それは……」


「自分は警察官だからなんて、そんな世迷言を呟いて。まんまと私たちに溶け込んでいたってわけね。……あー。分かったあんたが毒を入れたんだ。だって紅茶を運んでたのはあんただもん」


「それは違います!絶対そんなことない」


「じゃぁなんで黙っていたのよ」


「それは……」


 パンパンっと、その場の空気を切り裂くように全治が手を叩いた。


「まぁま、もめてないで。ぜーんぶ改めて説明してあげるから。一度全員で集まってよ」


   *


 広間には再び集まったのは、加賀美姉妹と将太、一咲だった。


 加賀美姉妹はいつでも、1階に逃れられるようにと階段のすぐそばで壁に背を預けていた。一咲はその近くに運ばれたソファに座っている。


 将太は全治のすぐそばで立っていた。居心地の悪さに押しつぶされそうなのを耐えていた。


「あれ……朔夜君は?」


 全治はソファのひじ掛けに持たれながらあたりを見渡した。


「居なかったんだ」


 将太が遠西を呼びに外に出た時、彼の姿はなかった。残されたのはほとんど手の付けられていないカレーの皿だけだった。


「困るなぁ。全員に聞いてほしかったんだけど」


「まぁ、いいじゃない。あんな奴いなくても。さっさと話しなさい」


「そうだね。じゃぁ朔夜君には後で教えといてあげて」


 ミユキに詰められて、全治は肩をすくめてから姿勢を正した。


「まず、はじめに。キャストを紹介しよう。改めてね」


「キャスト?」


 眉を顰める将太に、全治はにっこりと微笑み返す。


「そうそうキャスト。俺が求めているのはそれっぽさなんだ。双子が出てきたらそれっぽいだろ。ミスリードのために見るからに悪そうなやつが一人いたらそれっぽい。若者ばかりじゃ薄っぺらいから一人くらい年食った人間がいたほうがそれっぽい」


「は?」


「キャストって何、は?私たちがあんたに誘拐されたのって。私たちが双子だったからってこと?」


「うーんまぁ、そうなるかな。あっ、でもミツキちゃんが看護師だったってのもあるよ。死亡確認とかしてくれそうだから。ほら、ここっていわゆる陸の孤島じゃん。鑑識さんとかも事件解決までは介入できないし。一人くらい医療従事者がいてもいいかなって」


「は!?」


 全治に飛び掛からんとするミユキを、ミツキが止める。


「それっぽいって、キャストって……一体あなたは何をしようとしているんですか?ここを一体なんの舞台にしようとしているんですか」


「俺の目的は一つだけ。ねぇ、将太くん」


 加賀美姉妹の視線が将太に向けられる。


 将太は誰からも視線を逸らしながら、空気を一吸いしてから吐き出した。


「全治の目的は一つだけ」


「私を探偵に戻そうとしている」


 加賀美姉妹の視線が将太の言葉を奪った一咲に注がれる。


「ちがう?」


 静かに一咲に問われ、全治はとびきりの笑顔で「うん♪」と子供のように頷いた。


 一咲は将太と全治を見比べてから頭を抱えて「はぁ」と苦しそうに息をもらした。


「私は汐崎一咲。かつて、探偵でした」


 ミツキは一咲のその言葉に彼女の顔を覗き込んで「あっ」と声を上げた。


「あっ……あなたもしかして小学生探偵の?」


 ミツキの言葉に一咲は青い顔でこくりと頷く。


「一咲ちゃん……」


 駆け寄ろうとした将太を手で制し、一咲は続けた。


「いろいろあって……。私は探偵業から足を洗っていました。でも最近また、警察の捜査を手伝っていたんです。推理のアドバイザーとして。でも……そこにいる彼は、それだけじゃ納得できなかった。彼は私をかつてのような探偵に戻したいと考えたんでしょう」


「は?それが私たちと何の関係が……勝手に戻ればいいじゃない」


「簡単には戻れませんよ。探偵は難事件(、、、)が(、)ない(、、)といても意味がない」 


 消え入るような声。それでもはっきりと聞こえるように。喉の奥から絞り出すように一咲は言った。


「そう、だから!用意したの。難事件がおこるこのそれっぽい館を用意してね。ミステリーっぽいでしょ」


 にこにこと全治は笑う。


「私たちがただ双子だから誘拐した」


「だからそうそう」


「橋を落としたのもあんた」


「そだよー。ミステリーの物体はやっぱり『陸の孤島』じゃなきゃ」


 ミユキの声は怒りで震えている。それなのに全治の受け答えはまるで「良いことしたから誉めて」というように軽やかで楽しげであった。


「東さんを殺したのもあんたなのね」


「それはちがう」


 全治の言葉に、ミユキの顔が曇る。


「誓ってそんなことしてないさ。大体俺は手錠を掛けられているんだよ?どうやってそんな状態で人を殺せるのさ」


「毒ならあらかじめ仕込めるでしょ」


「そうだね。でも、狙った相手は殺せない。それとも俺がやったという証拠でもあるのかな?」


 その言葉にミユキは口を紡ぐ。


「あんたが言ったんでしょ。ミステリーの舞台を用意したって」


「俺は舞台を用意したに過ぎない。監督、舞台作家、照明係、音響係エトセトラ。つまり裏方。犯人役なんてやってられないよ。主演は一咲ちゃん。たよりないけど助演は将太君、君たちは脇役。だからちょっと、ミユキちゃんでしゃばりすぎかな」


「脇役?」


「犯人探しをしていいのは主演の探偵だけなのに……助演の探偵助手と連れだって歩いちゃって。将太くんも将太くんだよ?一咲ちゃんほっといてこんな子と一緒に推理ごっこなんて…二人ともちゃんと自分の役割守ってよ」


 口を尖らせて、全治は不機嫌そうに腕組みをした。わざとらしく拗ねたその姿に皆、悪寒すら感じる。


「人が死んだんだぞ?お前はいつまでふざけてるんだ」


「まぁ、お気の毒。でも、彼女は被害者って役割だったから。しかたないよ」


 鈍い音がした。将太が全治を殴りつけた音だった。


 全治はソファごと倒れ、びっくりしたように将太を見返していた。


 さらに拳を重ねようとした将太を止めたのはミユキで、全治とソファを助け起こしたのはミツキだった。


「なんだよ役、役って……一咲ちゃんはお前のおもちゃじゃないんだよ。ただの女の子なんだ。東さんだって被害者役なんか

じゃない。一人の人間だったんだ。俺だって助手なんかじゃない。刑事だ!」


「君ほど、一咲ちゃんに相応しい探偵助手はいないよ。自信もって!」


―話が通じない。


 将太は今まで辛うじて、それなりに全治とはコミュニケーションをとってきたつもりだった。それがどうだろう。今や同じ言語をしゃべっているのに全く何を言っているかがわからない。分かりたくもない。意思が通じない。通じたくもない。それでも将太は膝をついて、頭を下げて、懇願する。


「頼むよ。全治……犯人を知ってるならさっさと教えてくれ。これじゃ東さんが浮かばれない…………」


「や・だ」


 将太が顔をあげると、にこにこと笑ったままの全治がいた。


「お前……狂ってるよ」


「狂わされたんだよ。大好きな一咲ちゃんに」


 ぐいっと、将太は腕を引かれた。見上げると、ミユキが彼を引き上げていた。


「行こう。これ以上コイツと話している必要はない。時間の無駄」


 将太は促されるまま立ち上がる。項垂れたままミツキに引っ張られ、ミユキが一咲を背負った。


「そうそう。ミユキちゃんの役割はそれだよ。そのままで頼むよ」


 階段を降り始めると、後ろからそんな全治の声が響いた。

 

「下衆野郎」


 ミユキの小さな悪態は暗い廊下に響いていた。

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