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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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第一の殺人

 しんと静まり返った食堂に東はただ転がっている。


 将太ははたと我に返ると、東に駆け寄った。


「東さん。東さん!わかりますか!?」


 肩を叩きながら名前を呼んでも、彼女からの返事はない。


 将太が心臓マッサージをすると、胸部の圧迫に合わせて、東の体は力なく揺れた。


 ミツキがゆっくりとそばにより、それを制する。そして首筋に触れたり、瞼を捲って東の様子を伺う。胸を間近で見つめた後、ミツキは首を振った。


「脈がないです。呼吸も……もう亡くなってます」


「でも、もしかしたら心臓マッサージを続ければ!」


「無駄です……もう」


 ミツキは立ち上がると、ミユキのもとへと戻る。そうして彼女の胸に顔をうずめた。


「じゃあ……この人は、毒で殺されたってこと……?」


 殺された。ミユキの言葉がずしりとのしかかる。


「まだ殺されたとは……」


「だって、状況から見てそうじゃない!さっきまであんなに元気だったのよ!それが紅茶を飲んだ後で……急に倒れるなんて……」


 ミユキは取り乱しながら、大きな声をあげる。ミツキを支えていなければ今にでも掴みかかってきそうな勢いだった。


「あんたのツレの仕業じゃないの!」


「え……」


 殺人事件が起こる。全治のにやついた言葉が将太の頭の中でリフレインする。変な汗が背中から噴き出していた。

 一咲も青い顔をして将太の顔を見ていた。


「状況から見て……紅茶に毒が入ってたのは間違いないと思います」


 弱弱しい声で、それもミユキに応えるように、ミツキは呟く。


「でも……紅茶は東さんが入れてくれて皆で飲んだんですよ?それなのになんで死んだのは東さんだけなんですか?」


「そんなの、ティーカップにでも毒が塗ってあったんでしょ!誰が死んでもよかったの。私かミツキ姉が飲んでたらどう責任とってくれてたのよ!ティーセットはこの館のものを使ったのよ。そんなの用意した奴が犯人よ。私たちを、ここに連れてきたのは!ここを用意したのは誰!」


 ミユキの怒号に将太は返す言葉がなかった。


 無差別殺人。それなら確かに道理は通る。しかしそれは納得がいかないと将太は下唇を噛んだ。


―もし仮に全治が犯人、または犯人を知っているとして僕ならまだしも、一咲が死ぬ可能性のある殺害方法をみすみす放って

おくだろうか。彼の目的は、彼曰く。一咲を探偵に戻すこと。彼女が死んではもともこもない。


 しかしその胸のうちを根拠にすることはできない。そんなことを口にしようものなら、ミユキの感情を余計に煽るだけだ。ミユキに割って入ったのは「ねぇ」というミツキの声だった。


「東さんを、移動させてあげない?このまま床に寝かせておくのは……あまりにも可哀想じやない……」 


 ミツキの言葉に将太もミユキもばつが悪くなる。互いに顔を見合わせ、どちらともなく、ため息をついた。


「そうですね。運びましょう」


「そうね……」


 ミユキも呟いて、ミツキを適当な椅子に座らせた。


 将太は東の光を失った瞳をそっと閉じ、ナフキンで口元の血を拭う。


 ミツキがテーブルクロスをはがし、そっとそれを彼女にかけた。


「ないよりはマシでしょ。それに運びやすくなるから」


「そうですね……くるんであげましょう」


 将太はミユキと一緒に丁寧に東を包む。まだ暖かいさっきまで生きていた身体。それがまるで物のように布にくるまれていく姿が物悲しいかった。


「二階に運ぶんでしょ。私も運ぶの手伝う」


 ミツキがふらふらと立ち上がるが、ミユキがそれを制した。


「大丈夫。ミツキ姉はここにいて、私とコイツで運ぶから」


「でも……」


「そうしていただけると助かります。一咲ちゃんもいるから」


 ミツキは一咲とミユキを見比べて、しばらくしてから「えぇ」と小さく返事した。


「一咲ちゃん。ちょっと行ってくるから」


 ミユキと呼吸を合わせて、将太は東を持ち上げる。ずっしりと重いが、落とすわけにはいかない。ゆっくりと二人で食堂を出て、廊下を進む。


「落とさないでよね」


「わかってますよ。ミユキさん重くないですか?」 


「重いよ。人だから」


 ミユキは白布に視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。


*


 将太とミユキは階段をなんとか上りきり、広間にたどり着く。


 広間では、全治がのんきに寝息を立てて寝ていた。


「コイツが殺ったのよね」


 ぐらりと白布が揺れる。


「ミユキさん!……先に、東さんを部屋に運びましょう」


 もしミユキが全治に殴りかかったとしても将太は止めない。全治は殺人事件が起こることを知っていたのだ。知っていたなら止められた。東の死は防げたはずなのだから。


 将太は、今はただ、東を静かな。人間の尊厳を保つ場所に寝かせてあげたかった。

それはミユキも同じ気持ちだったようで、「わかってるわよ……」と小さく呟いて白布を持ち直した。


 二人は全治の横をすり抜けて、東が目覚めたといつ205号室に運びこむ。


 部屋の作りは、将太たちのところとさほど変わらなかった。


 シングルベッドが1つと、小さな机と椅子。ただそれだけ。


 ゆっくりと、東をベッドに寝かせる。ミツキの額には汗が滲んでいた。汗を吸った肌着が肌に張り付いて気持ち悪い。と。将太は服の首を掴んでぱたぱたと振った。


「取りあえず戻りましょうか……残してきた二人も心配ですし」


 将太が声をかけても、ミユキに反応はない。


 ミユキはただ部屋の一点を見つめて、微動だにしない。


 なにを見ているのかと、視線を追うと、そこには額に入れられた一枚の写真があった。


 真っ赤な彼岸花の写真。


 東が言っていた写真だった。白い壁に痛々しいほどの赤が良く映える。


 ただ、写真にはこれまた真っ赤な絵の具でバツ印がついていた。


 ミユキは部屋を飛び出し、202号室に飛び込む。将太も後を追って部屋に入り、四方の壁を確認した。壁には一枚。雪の結晶写真が飾ってあった。しかしそれだけで絵の具の跡はない。


 ミユキは再び部屋を出て、今度は203号室。遠西の部屋を開けた。


 203号室にはやはり月の写真が飾ってあった。朧月の美しい写真だが、やはり絵の具の跡はない。


「なんで東さんの部屋だけ……なんのために……」


「わからないの?」


 心底あきれたような、それでも震えた声がミツキから漏れた。


「あの絵具は犯人からのメッセージ。これは無差別殺人なんかじゃない……あの人は狙って殺されたってことよ」


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