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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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ジョワドヴィーヴル

 将太たちが一階に降りると、そこには受付らしきカウンターと高級そうなソファ。ロビーらしき空間が広がっていた。受付の横から奥に続く廊下が見えている。


 重厚なアンティーク調のドアを携えた玄関では、ミツキとミユキ、東が途方に暮れたように佇んでいた。


 将太の視線に気がついたミユキが、ミツキを守るように前に立ち、敵意を秘めた睨みを利かせる。東も後退りをし、いつでも外に出れるよう、後ろ手でドアノブに手をかけていた。


「あっ、あの……大丈夫ですよ、怖がらないで」


「あんたが警察官なんて信じてないのよこっちは」


 ミユキは馬鹿にしたように笑い、その警戒を解くことはない。


「信じてもらえないのは分かります。全治と僕たちは知り合いですし……彼が貴方たちを拉致してきたのはどうやら事実のようですから」


「そうお仲間ってわけね」


「いえ……僕たちもどうやら拉致されたようでして、詳しいことはなにも分かりませんが、とりあえず彼は持っていた手錠で拘束してありますので、この通り、銃も取り上げました。安心してください」


 将太は上着をめくって内ポケットを見せる。皆はハッと息をのみ、さらに後ずさった。


 ―しまった、逆効果だった。


 しかしもう、見せてしまったものはどうしようもない。


「そうよね。警察官に持っててもらうのが一番よね」

震えた声は、ミツキのものだった。 ミユキを押しのけて、ミツキはゆっくりと将太の前まで歩み寄る。


「益子さん。私はあなたが警察の方だと言うの。私は信じますよ」


「ミツキ姉なんで……」


「直感よ。悪いことするような人には見えない」


「危ないよ!コイツ銃を持っているのに!」

 

 ミユキはその腕を掴み、再び壁際へと連れて行こうとするが、ミツキはそれに応じなかった。


「じゃあ彼の言うことが本当か私が上まで言って確認してきてあげる」

階段へ向かおうとするミツキを追い抜き、ミユキは階段の中腹までかけ上った。


「……ミツキ姉が行くくらいなら。私が行く」


 キッと将太を睨みつけ、ミユキは残りの階段をかけ上がり、数秒の後に、階段を降りてきた。


「……私はまだ信じたわけじゃないから」 


 少し悔しそうにそう言って、ミユキはロビーのソファに座り込んだ。


「ほらね。言ったでしょ」


 微笑みながらミユキに語りかけ、ミツキは将太にウィンクをした。その可愛らしさに将太が惚けていると、首がぐっと締まるのを感じて我に返った。何故か一咲の親指が将太首に食い込んでいる。


「いたたた……一咲ちゃん。何?」


「別に……」


 そんなやり取りをしていると東も将太たちに近づいてきて頭を下げた。


「彼、手錠してたのね。ごめんなさい……私も疑ってしまっていて」


「いえ、彼と知り合いなのは確かなので。当然のことだと思います」


 東はじっと将太の胸部分を見つめる。その顔はまだおびえていた。


「あの……どうかしました」


「いっ……いえ」


 将太が一言発せば、東はびくりと震えて一歩後ずさる。どうしたものかと将太が考えあぐねていると、一咲がそっと耳打ちした。


「まだ半信半疑なんだよ。将太が警察だって」


 そうか。将太も合点がいった。確かに全てを信じてもらうには彼女たちにとってあまりに確証がない。半信半疑といよりは疑いの方がまだ強いだろう。


 将太は一咲をソファに下ろしてから、東の前まで歩み寄り、拳銃ゆっくり取り出す。東はそれを見て「きゃあ!」と悲鳴をあげてうずくまった。


「大丈夫です。撃ったりはしません」


 なるべく落ち着いて言ってから、手元を見せるようにして将太はその弾を全て抜いた。


 そうして銃口を向けないようにしてからカチャカチャと数回引き金を引いて見せる。


「ほら、東さん。弾は全て抜きました。これでこれはただのオモチャですよ」 


 東はへたりとその場に座り込むと深くため息をついた。


「そうね……ありがとう。でも腰が抜けたわ」


 将太が差し出した手を掴み、東はそのまま引っ張りあげられるようにして立った。その表情にはやっと本当の安堵が浮かんでいた。


「もし心配でしたら。弾はお預けしますよ。もちろん後で返していただくことになりますが」


 弾の乗った手に東は一瞬だけ手を伸ばそうとするが、すぐにそれを引っ込めてぶんぶんと首を振った。


「いいえ、いいわ。持ってるだけで怖いもの」


「じゃあ。私が持つ」


 ひょいっと伸びてきた手が、引ったくるように弾を持っていく。いつの間にか近づいてきたミユキだった。


「あっ」


「なに悪い?」


「いえ……後で返してもらえるなら」


「返すわよ。この場所から帰ったらその足で警察に乗り込んでやる」


「じゃぁ、とっとと乗り込めばいいじゃないですか?どうしてまだこの館にいるんです?」


 ミユキの横柄な態度に将太は思わず疑問に嫌みを含んでしまう。ミユキは舌打ちをすると押し黙った。


「それが戻らざるを得なかったんですよ」


 ミユキの代わりに、ミツキが浮かない表情で口を開く。


「何があったんですか?」


「外に出るとね。なんというか。駐車場が向かいあるんですよ。そこから道も続いてたので。たどっていけば大きな道に出れ

ると思うんですけど……」


「じゃあすぐ行きましょう」


 将太はドアを指差すが、ミツキは首を横にふってそれを制した。


「駐車場は、谷を挟んで向かいにあるんです。……だから本当は橋を通って向こう岸に渡るみたいで」


「でもその橋も見当たらないの。多分アイツが落としたんじゃないの?」


「橋を落とすなんてそんな……他に帰り道は?」


「ここがどこかも、どれだけ広い森か山かもわからないのに。なんの装備もなしに崖を下れと?」


「それに……木でぱっとは分からないけど随分深い崖みたいですよ。降りようもないです」


 将太は言葉に詰まる。それを見てミユキは不機嫌そうに顔をそむけた。


「そ、そういえば遠西さんは」


「ああ、彼なら絶対建物には入らないって行って。外にいるわよ」


「それだけはよかったわ。暴力団員なんてほとんど犯罪者みたいなものでしょ。上にいるのだけでも十分なのに……これ以上近くに悪者がいたら嫌になっちゃう」


 ミユキは羽虫でも追い払うように手を振ると、そのままロビーの奥に歩みだす。


「ちょっとミユキどこいくの?」


「携帯もないのよ。助けだって呼べないなら。ここにいつまでいるのかも分からないし。食べ物か何かないか見てくる」


「私も行く……東さんも行きますか?」


 東は少し悩んだような素振りを見せたが、すぐに首を横に振り、一咲の隣に腰を下ろした。


「いいえ。……少しここで休むわ」


 ミツキは頷くと、ペコリと会釈をしてから、ミユキの後を追って廊下を駆けていった。


「東さん。大丈夫ですか?」


 ソファに座った東の顔色は悪い。隣に座る一咲も心配そうにその顔を見つめていた。


「ありがとう。大丈夫よ。ただいろいろあったから疲れちゃって」


「そうですよね。すいません」


「あなたが謝ることじゃないわよ」


 口許に手をあてて、東は上品にくすくすと笑う。


「そうですけど……」 


「お兄さんとお嬢さん……えっと益子さんと汐崎さんは恋人かなにか……」


「ちがう!……うっ、ちがいます……」

 一咲が大きな声で東に食ってかかるが、すぐに俯いて、消え入りそう声になる。力強い否定に将太は少し悲しくなった。


「違うんですよ。彼女は同僚です」


「あらそうなの?おんぶしてたからてっきり」


「ああ、それは……」


 一咲の足を見つめ、将太が口ごもっていると東は焦ったように「ちがうわよ」と両手を振った。


「彼女の足が不自由なのは見れば分かるわ。ただとても大事そうに抱えてたから」


 なんだか照れると将太が、一咲に視線を向けると、俯いた彼女の耳は真っ赤だった。一咲は肌が白いから、赤くなるとすぐに分かる。


「まぁ、落としたら大変ですから。ハハハ」


 照れ隠しに将太は笑う。一咲の顔から一瞬で赤みが引く。ジトっとした彼女の視線が将太には痛かった。


「あ、そうだ。東さんすいません。ちょっと僕も外の様子をみたいので、一咲ちゃんをおまかせしてもいいですか?一緒に居ていただけるだけでいいので」


「えっ!」 


「ええ。もちろん」


 にこにこと微笑む東の表情とはうってかわり、一咲は不安げな表情を浮かべた。


「一咲ちゃん。ちょっと外を見てくるから」


「で……でも」


「大丈夫だよ。すぐ戻ってくるから」


 今にも泣き出しそうにしている一咲に東はにこりと微笑んだ。


「汐崎さん……。いいえ、一咲さんって呼んでいいかしら? ……おばさんの話し相手になってくれる?こんな状況でしょ。私も少し不安で」 


 一咲はしばらく東と将太の顔を見比べてから意を決したようにコクリと頷いた。


「…………よろしく……です……」


 蚊の鳴くような声にも東は「えぇよろしく」と優しい声で答えた。


 全治の「一咲を引きこもりから探偵に戻す」というのには納得しかねる部分が多すぎるが、脱引きこもりというところには

 

 将太は賛成だった。どんなに過去が重く辛くても、彼女は少しずつ社会復帰をしていくべきであり、亡くした幸せを取り戻していくべきである。

 

 全治や自分以外ともコミュニケーションをとれるようになるのは全治の言葉を借りるなら彼女にとっては立派なリハビリになる。


「じゃあよろしくお願いします」


「ええ、いってらっしゃい」


 将太はそのリハビリを見届けたい気持ちもあったが、外が気になる気持ちも大きかった。


 東と一咲に見送られ、一人。重い玄関のドアを開けて、彼は外へと出た。


   *


 外は空気が湿って、肌寒かった。


 薄曇りの空のてっぺんには、ぼんやりと太陽が光っている。


 ということはお昼なのか。など、適当なことを考えながら将太は歩く。確かに建物の向かい。谷を挟んだすぐ先に、大きな車が一台止まっていた。他にも白線やパーキングブロックが置いてあることから、立派な駐車場であることが分かる。


 この崖の上には館以外何もない。小さな崖の上に、わざわざ建てたらしかった。将太はぐるりと館の周りを一周したが、見晴らしがいいだけで、橋の1つも見当たらなかった。


 将太は建物の正面に戻ってきて、まじまじとその外観を見つめる。


 かなり古い洋館である。しかし、綺麗に整備はされている。花壇にはひまわりが植えられ、壁は所々漆喰が剥がれているが、何度も塗り直しているのか、全体的には白っぽく、小汚ない感じはなかった。


 看板にはペンション ジョワドヴィーヴルと建物名が書かれている。


「なんて意味だろ……」


「生きる喜び。フランス語だよ」


 後ろから声がして振り替えると、そこには遠西が立っていた。


 先ほど一件から、一触即発にもなりかねないと将太は身構えるが、遠西は目をぱちくりさせながら、「はは」と笑った。


「さっきは殴って悪かったよ。俺も自分の身が危ないと思ってね。銃を取り戻したかったんだ」


「じゅっ……銃は返せませんよ」


「分かってるよ。さっきの身のこなし……お前は本当に警察官だ。しかも相当場数踏んでるな。俺もバカじゃない……銃は惜しいけど本物には逆らわないよ」


 遠西は肩をすくめてため息をついた。


 将太は警戒を解くと、肩の力をやっと抜いた。


「遠西さんはどうして外に……?中には戻らないんですか?」


 遠西は「ああ」と興味なさそうに呟く。


「俺は、橋以外にも道がないか探してたんだよ。谷に降りる階段とかな」


「あったんですか?」


 遠西は肩をすくめると、ゆっくりと首を振った。


「いんや。ないね、足場もないし、無理やり降りれば滑落だ」


 遠西はどかりと玄関に続く段差に座り込んだ。将太は何か会話のきっかけを探して、その横に座る。


「遠西さんフランス語わかるんですね」


「まあね。人生暇だったから……勉強できることは勉強したんだ」


「意外ですね……」


「暴力団には似合わないかな」


「そんなことは言ってないです」


 将太が焦って言うと、遠西は「冗談だよ」と、苦笑いしていた。


「道は残念でしたね。遠西さんも中に戻りませんか?今、ミツキさんたちは中で食糧探してくれているんです」


「俺は戻らないよ。外にいる。だって殺人事件がおこるんだろ?みすみす被害者になんかないさ」


「遠西さんは自分が殺されると思ってるんですか?」


 何気なく口にしてしまったが、後で失言だったと気付き将太は口を閉じる。遠西は一瞬顔を強ばらせるが、すぐに笑顔にもどった。無機質な口角をただ上げただけの笑顔だが。


「そりゃ、集められた面子の中で一番、恨み買ってそうなのって暴力団の俺だろ」


 はははと声だけで笑う。肯定もするわけにもいかず、将太が沈黙を続けていると、遠西はその場にごろりと寝ころがった。


「遠西さん。そんなところで寝たら……」


「いいだろ、別に。ちょっと疲れたんだ。寝かせてくれ」 


「遠西さ……」 

 

 ごろりと寝返りをうち、遠西は将太に背中を向けた。

  話したくないという意思表示だった。


 将太は立ち上がると、遠西の背に、一応会釈してペンションの中に戻った。


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