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探偵助手は狂わない  作者: にょん
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リハビリ

 殺人事件が起きる。あまりにも淡々と全治はそれを告げた。 


「お前何言って!」


「だからね。これから人が死ぬの。一咲ちゃんにはその事件を解決してほしいんだ。俺が用意したんだよ」


 得意げに、まるで力作の絵を見せる子供のように、全治は笑う。


「だから何を言って……」


「将太くん。君の分類係での仕事はなんだっけ」

 

 将太は思い出す。分類係きた初日。全治が言っていた言葉を、記憶の端をつかみ取る。


 汐崎一咲を引きこもりから探偵に戻す。


「君は実に見事に仕事を遂行してくれた。俺が何をしたって、一咲ちゃんは探偵に戻ってくれなかったのに。君が髪を切って、一言励ましただけで、彼女はファイルの中の事件と向き合うようになったんだ。正直妬けたね」


 目を輝かせながら、全治は音を立てずに静かに拍手をした。


「でもまぁ、ファーストステップってとこかな。だって僕が取り戻したいのは、あの天才小学生探偵だったころの一咲ちゃんなんだもん。終わった事件なんかじゃない。ナマモノの事件を解決するアクティブな名探偵!だから事件を用意したんだよ。今から起きる事件を解決できたとき、本当の意味でこの子は探偵に戻ることができるんだ」


 天を仰ぎ、全治はうっとりと口元を緩ませる。


―わからない。


 その事件は一体誰が起こすというのだ。一体誰が死ぬと、誰が殺すというのだ。問い詰めたいことが多すぎて、将太はそれを言葉にすることができない。考えれば考えるほど理解に苦しむ。いや、彼は分かりたくないのだ。


 たかが一人の少女の引きこもりを直したいというだけで、誰かが死ぬというのを、機嫌よく話している知人の頭の中を。


 瞬間。ぐるぐると回る思考を切り裂くように、将太の腹部に鈍い衝撃が走った。床に頬を付けた時。殴られたと将太が理解できたのは。ずんという重い痛みに気が付いたのと、全治が遠西に数発パンチを入れられているのが見えたからだ。


 遠西はソファの上で呻き声を上げてる全治から拳銃を取り出すと、再び、将太の方に歩み寄る。その上着をまくり上げ、その内ポケットを探って手錠を取り出した。将太はまだ痛みがひどく、抵抗することもできない。


「遠西さん何を……」


「あっ?うるせぇな。黙ってろ」


 遠西は全治の手首に手錠をかけた。


 将太はやっとの思いで立ち上がり、遠西に向かって手を伸ばす。


「遠西さん。それをこちらに」


「は?これ俺のだから」


「僕は警察なんです。それは銃刀法違反ですよ」


「お前が警察なんて信じてない。コイツの仲間なんだろ?」


「それは……僕も戸惑ってて」


「彼に警察だったとして、コイツを逮捕しろよ。何を長々話しているか知らねぇけどな。コイツの話じゃ、俺らはコイツに拉致られてんだよ。まずは一般市民を誘拐犯から守るのがお巡りさんの仕事じゃないの?」


 拳銃を握ったまま、遠西は馬鹿にしたように笑う。


「コイツこれから人殺すんだろ。誰を殺るつもりかは知らねぇけどさ。俺はごめんだね。お前が逮捕しないから俺が逮捕してやったってわけ。善良な市民の協力に表彰もんだろ」


 けだるそうに言って、遠西は拳銃を持った手で全治を殴る。


 「うっ」という呻き声が全治から漏れ、その額からは血が滴っていた。


「遠西さんやめてください!」


 将太は遠西を押しのけるようにして全治から離す。また殴られるかと覚悟したが、遠西は舌打ちをしたまま顔を背けるだけだった。


 振り返り、将太は全治の額にハンカチを当てる。幸い、傷は浅く、抑えていればすぐに血は止まりそうだった。


「ひどいなぁ朔夜くん」


「あ?」


 呑気に呟く全治に、遠西は睨みを利かせる。今にでもまた殴りかかってきそうな迫力に。将太は「黙ってろ」と、小声で言うが、全治は気にしないと肩をすくめるだけだった。


「誓って僕は犯人じゃないよ」


 その言葉に、遠西は要領を得ないようでただ顔をしかめる。


 将太としては少しほっとしていた。一咲のために殺人事件が起こるなんて、全治がそんなことをしでかそうとしているなんて信じたくなかったからだ。


「お前が言ったんだろ。殺人事件を起こすって。ま、手錠もかけられちゃ何もできないだろうがな」


 嫌味たっぷり。勝ち誇ったように笑う遠西に、全治は相変わらずにこにこと微笑み返す。


「嫌だな。そんなこと言ってないよ。俺は殺人事件が「起こる」って言ったの」


 シンと。部屋が静まり返る。


「誰がそんなことしようとしているんだよ」


「馬鹿だなー。将太くん。それ言ったら一咲ちゃんのリハビリにならないでしょ」

どこまでが冗談で、どこまでが本気かわからない。ただ、全部が冗談であってほしいと、将太は頭を抱えた。


「は、まぁお前が犯人だろうと、そうでなかろうと関係ないね。俺はここから帰ればいいだけの話だから」


 そう言って、広間から出ようとする遠西の前に将太は立ちはだかる。


 あからさまに不機嫌そうな顔をして、遠西は将太を睨んだ。


「どけよ」


「遠西さん。こちらに拳銃を渡してください」


 将太は手のひらを遠西に差し出す。


「どけ」


 遠西は拳を握るとそれを振りかざす。将太はそれを身をひるがえして避けるとその手首を掴んで後ろ手にし、遠西の膝をつかせた。


 遠西は驚いたように将太を見る。


 将太はこの一年。様々な未解決事件に関わってきた。その中には刃物や銃をもった犯人もいた。不意打ちには弱いが、殴られると分かっていればそれをいなすことは彼にとってはそこまで、難しいことではない。


「渡してください。拳銃を」 


 将太は軽く、握ったままの遠西の腕をひねる。遠西は痛みに顔をしかめると、舌打ちをしながら拳銃を渡す。

 将太はそれを受け取ると、遠西の腕から手を離した。


「くれてやるよそんなもん」


 遠西は吐き捨てて、肩をさすりながら、どかどかと逃げるように階段を下りて行った。


 将太は懐に拳銃を仕舞うと深くため息をついた。修羅場には慣れているといっても得意なわけではない。殴られるのも殴られそうになるのもどっちにしろ一緒だった。遠西の銃の所持を咎めようにも、手錠が1つしかない今、拘束すべきは銃を使った全治の方だった。幸い遠西の名前は割れている。後で令状もって行く方が得策だと、将太は自分を納得させた。


「全治。とりあえず、お前はここにいろ。あとで、戻ってくるから、一咲ちゃん。俺たちも行こうか……」


 声をかけても、一咲に反応はない。


「一咲ちゃん?」


「…の……わた……せ……」


 何かを小さく呟いている。あまりに小さすぎて将太は聞き取れなかったが、その顔を蒼白で、酷くおびえていることは分かった。


 将太は返答のないままの一咲の手を引っ張って無理やりにおぶる。抵抗はしなかったので、その手を肩に回してからはスムーズに負うことができた。


「まぁ、いってらっしゃい」


 ひらひらと呑気に手を振る全治を置いて、将太たちは階段をゆっくりと降りた。



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