第七十五話
1年A組の生徒は日を改めるということを知らないらしい。
満身創痍の柴田は遅れてやってきた流華や山川らによって、打ち上げ会場である激安焼肉食べ放題店に強制連行。
道すがらのわずか数分で男子に馴染んだ須々木も参加しており、当たり前みたいな顔をしてクラスの輪に溶け込んでいる。
「え、バスケ部なんだ! いつか大会で会うかもなー!」
「いやその前に練習試合やるんじゃねぇかな~、うちの監督、そっちの監督と知り合いらしいし」
「マジで⁉」
男子の決起会で使用したファミレスと同じく、チェーン店がひしめく国道沿いの一角。例に漏れず無駄に広い駐車場の奥にその店はある。
オレンジ色の明るい店内にはタレと肉の焼ける匂いが充満し、食べ放題の激安店といえど、動きまくった高校生の食欲を刺激するには十分な破壊力だ。
「ミノって何の肉? 豚?」
「いやミノタウロスって言うから牛じゃねぇか?」
「牛であってるけど、ミノタウロスは全然関係ないな。胃のことだ」
冷静にツッコミを入れつつ柴田はうめき声を上げる。
「あーもう……腹減ったぁぁぁぁ……」
聞いた途端、山川がお冷を吹き出した。
「ぶははははは! おいお前ら聞いたか⁉ シバケンが腹減ったってよ!」
「そらそうだ! あんだけぶちまけりゃ胃の中スッカラカンだろうさ!」
「あっはは! ちょっと男子ぃ~、これから食べるのにやめてよ~!」
「全校生徒の前で場ゲロするとか、とんでもない名場面だよなぁ~!」
「卒アルに載せよう!」
「載せるわけねぇだろ! つーかイジるの早ぇんだよ! こっちはまだショックが抜けてないのにっ!」
基本的に男子は男子、女子は女子のグループにテーブルが分かれて40人が収まる。ドリンクバーで悪ふざけのオリジナルジュースを作ったり、割り箸を綺麗に割る選手権を開催したり、各自が撮影した写真を送り合ったり、乾杯前だというのに大忙しである。
注文した肉が届けられるまでの間、クラスの話題は概ね体育祭の各競技だったり、柴田のゲロについて盛り上がっているのだが、柴田、山川と長谷川、バレーメンバー+須々木のいる島では少し様子が違った。
テーブル越しに山川がニヤリと笑う。
「シバケン君。いい加減腹割って話してもらおか……」
「んぁ? 何だそのテンション」
「川合とはどうなったかって聞いてんだよぉっ! 流華ちゃんが怖いこと言うから慌てて駆け付けてみれば、加納は血だるまでボッコボコだし、マッシュ君はいるし、川合はいねぇし! たった数分目を離しただけで何が何やらあああ⁉」
「急にエンジンかけるじゃん」
「答えろ! シバケン!」
「あー……それはな……」
柴田は左隣に座る須々木をチラリと見た。
須々木はグラスに入ったウーロン茶を口に含み、目だけで頷いた。
任せる、ということらしい。
木場が加納をやっちまって、山川達が現場に到着するまでの間は2分も無かった。
しばらく起き上がりそうにないヤンキーと無傷で返り血に塗れた生徒会長。言い訳のしようもない状況だったが、柴田が機転を利かせた。
この件に木場は全くかかわっておらず、柴田と須々木、加納の三人がケンカをした。ということにしたのだ。
当然、木場は「後輩に責任押し付けるなんてダサい事できるか!」としぶっていたのだが、万が一にでも問題になったら受験に響くこと、加納の性格上、警察沙汰にはならないだろうということ、元よりこの一件は柴田が招いたことであり、最終的な責任は柴田が取るべきだということを説明すると、しかめっ面をして引き下がった。
特に効いたのは最後の部分だろう。なにせ彼は柴田と似ている部分がある。そういう言い方をされたら受け入れるしかなくなるのは分かり切っていた。
加えて、ここで木場に恩を売っておくのも悪くないだろう、という打算的な目論見もあったのだが、詳しくは語るまい。
問題となりそうだったのは川合という女子だったが、木場がお願いすると、首が取れる程頷くと、あっさりと逃げ出した。どうやら木場の暴れっぷりが恐怖を刻み込んだらしい。
というわけで、多少無理があっても嘘を突き通さねばならない。
事情に明るくない須々木が慌てて説明してボロが出るのはマズい。ここは柴田が言わねばなるまい。
「加納が逆ギレしてな。危ないところを明と一緒に撃退したんだ!」
おおー、と卓を囲む男子が感嘆の声を上げた。
少し心苦しいがしょうがない。それに嘘とも言い切れない言い方だ。
「それで⁉ 川合は⁉」
「あーそれはな……! ただ連絡先を交換しただけだ。わざわざ呼び出しなんてことしなくても、いくらでも教えるのになー……ははは……」
「えぇ? あいつがそんな回りくどい事するかな……、超肉食のアイツらしくないな……」
「う、噂は噂だろ⁉ 普通に良い子だったぞ……!」
本当はトラウマになりかける程ショックだったし、庇ってやる義理も無いのだが、わざわざ貶める必要はないだろう。彼女の行いを吹聴して面倒なことになるのも避けたい。
「2対1とはいえ、加納に勝っちゃうなんて流石だね。体育祭ギャンブルなんて面倒事になる前にやっつければよかったのにー」
「運が良かっただけだ……はは」
「……ふふっ……良く言うわ」
バレないように笑いを堪えている須々木に肘打ちを食らわせる。
早くこの話題終わらねぇかなー、という柴田の想いとは裏腹に、彼のテーブルの盛り上がりに気づいた男子が集まり始め、
「なになに! シバケン、加納やっちまったん⁉」
「やっべー……流石っすわ!」
「体育祭完全勝利じゃん!」
と、男子だけの内緒話ということも忘れ騒ぎ立つ野郎どもを必死に取り押さえていると、山川がまたも余計なことを言う。
「いやまだだ! まだシバケンに聞きたいことがある!」
卓に集まる男子が山川に注目する。
「流華ちゃんとシバケンは今後、どうなっ———!」
「皆―! 肉来たぞおおおおっ! 食って食って食いまくれいっ!」
山川の口におしぼりを突っ込むことで阻止。
この後もゲスな男子からの追及が続くかもしれないが、今は無理やりにでも止めなければならない。
なぜなら、山川が『流華ちゃんとシバケン』という単語を口にした瞬間、遠くのテーブルについた流華本人がド迫力の殺気を孕んだ目でこちらを見たからだ。
そんな具合で全てのテーブルに肉が行き渡った頃。ようやく打ち上げが始まる。
音頭をとるのは流れで山川に決まった。口では嫌々言いつつ、結局まんざらでもない様子で立ち上がった。
「えぇ~皆さん! 二日間の体育祭お疲れさまでした! 一人一人の活躍のおかげで我々1年A組は見事! 総合優勝を成し遂げることができました! 誰か一人でも欠けていたらこの結果は得られなかったと思います! 入学から2か月、体育祭を通じてこのクラスの結束はより確かなものになったと確信すると共に、ほんっとうにこのメンバーで良かったと思っています! 夏休みの後には学祭もあります! この勢いのまま、クラス発表1位も目指しましょう! それでは乾杯のご唱和をお願いします。1年A組の体育祭総合優勝を祝い、またクラスの更なる飛躍を祈念いたしまして…………乾杯‼」
『かんぱーーーーーーーーーーーーい‼』
山川のおっさん臭い挨拶で宴会が始まった。
育ち盛りの高校生にとって食べ放題形式の食事は戦争のようなもので、矢継ぎ早に注文しては、片っ端から貪り尽くす。初めのうちは柴田も動物の如く食べ進めていたのだが、大ライスを食べ切ったあたりで、大量のカロリー摂取が日常である運動部についていけなくなった。1時間が経過した頃には大半が離脱し、ジュース片手にお喋りしたり、デザートのアイスを食べたりして打ち上げは終盤に入っている。
黙って食べていれば良いものを、テーブルの男子は恋バナに夢中で、柴田は逃げるように外に出て一休みだ。
(終わったなぁ)
クラスメイト達と食事をし、バカ騒ぎをしているうちに実感が沸いてきた。
テールランプの軌跡がまばらに伸びる夜の国道。後方から暖かな店内の喧騒が聞こえる。
すっかり日が暮れた国道を眺めて柴田はふと思い浮かべる。
ほんの少し前までギャンブルだの優勝だの殴り合いだのに神経を尖らせていたのが嘘のようだった。当初の目的など忘れてしまうほどに、じんわりとした充足感が体に満ちている。
友達ができた。
今更だな、と自分でも思う。
怪物の生徒会長相手に大立ち回りを演じ、クラスの総合優勝にも貢献、有名な不良さえ撃退した。これだけのことをやっておいて、「友達ができて良かった」程度の感想しか持たないなんて、おかしいだろ。
でも、それで良い。
スクールカーストの上位にいたいわけでも、人気者になりたいわけでもない。きっと週明けの登校日には柴田健星という存在はただのクラスメイトになっている。体育祭は彼の背中を押すだけの舞台装置に過ぎないのだ。
でも、それが良い。
背が高いだけで勉強が苦手で、格好つけたがりで見栄っ張りな、ただのクラスメイト。
そんなポジションに収まることに不満なぞあるはずがない。
だって、そんな自分でありたいと、昔と同じでありたいと思っていただけなのだから。
柴田健星の戦いは終わった。十分すぎる戦果だ。
(ゴールだと思っていたものが道の途中にあったような、そんな感じかね……。結構なことじゃねぇか。だって、このまま走り続けたらもっとすげぇ物が掴めるかもしれないしな。そう考えると、思ったほど損な性格じゃないのかも)
せっかくの打ち上げである。いつまでも一人でいるのは勿体ない。
「シバケン」
と、店へ戻ろうと振り返った先に、流華が立っていた。
「なに一人で黄昏てんの。優勝の立役者がいないと打ち上げにならないんじゃない?」
「バレーもリレーも俺一人の活躍じゃねぇよ。MVPならむしろ内田とか栗田さんあたりだろう」
いつ着替えたのか。流華はいつものなんちゃって制服だった。プリーツスカートから伸びる脚が今日も眩しい。
「それ、焼肉の匂いつくだろ。ダサくてもジャージの方が良くないか?」
「いいのいいの。もうそろ夏服に変えるし、これはクリーニングに出す予定だから~」
「そうか」
流華の見た目はいつも通りだ。しかし、仕草はどこかぎこちない。口調はいつも通りでも、しきりに視線を泳がせ、毛先を弄る手が止まらない。
まさかとは思うが、もしかしてわざわざ自分を探しに外まで出てきたのだろうか、と柴田は体を強張らせた。
「ちょっと……話したくてさ……」
どうやら本当らしい。
だが、ここで慌てふためいてはいけない。
何せつい先ほど、告白の雰囲気かと思っていたら、トラウマレベルの暴言で切り捨てられたばかりである。一皮も二皮も剥けた男はこの程度では動じないのだ。
「ごめん」
「……え」
頭を下げる流華。
身構えていたとはいえ、あまりに予想外な言葉で、返答に窮する。
「明を呼んだの私なの……。余計なお世話だって分かってたんだけど、どうしても明にも見て欲しかったから、シバケンの走るとこ…………。あの頃、私たちはシバケンが苦しい時、見て見ぬふりをした。菅野の言うことが嘘だって、どこかで分かっていたはずなのに……。時間は戻らないし、あの頃を取り戻すことなんてできない。そ、それでも、私は……っ!」
「かああああ! んだよ、そんなこと伝える為にわざわざ⁉ もっと甘酸っぱくて、アオハルなセリフは⁉ 流石にご褒美の一つくらいあっても良いだろうが!」
「は、えっ、何……私はただシバケンが嫌な思いをしたかなって、謝ろうと———」
「謝罪なんているかぁっ! 俺は何も気にしてない! 勝手に思いつめて罪悪感持ってんじゃねぇーよ。三橋はよかれと思ってそうしたんだろ? それだけで十分なんだよ! まさか俺が怒ってるとでも思ったんか⁉」
「そうじゃ、ないけど……」
「そんな顔されたら、せっかくの勝利の余韻も台無しだ。……ったく、本当……謝るとか、一番あり得ないんだよ……」
その声を聞いて、流華は思わずといった感じで笑った。
「そっか。やっぱりシバケンはシバケンだわ」
「あん? 含みがある言い方。どういう意味だよ」
「教えない。ふふっ……、ねね、ご褒美だったら何が欲しいの?」
ずずい、と近寄る彼女は蠱惑的な笑みを浮かべる。
(くっそ、フォローしてやったのに弄る気満々な顔しやがって……! よーし、ここはからかってやるかっ)
冗談でも堂々とした態度で臨めば、この少女は怯む。この2か月の付き合いでそれくらいは学習していた。
「そりゃご褒美つったら、キス! あるいはそれ以上の———」
「は、キモ。そういう事言っちゃうあたり、本当シバケンだわー……川合とかいう女呼んでしてもらえばー?」
路傍にぶちまけられたゲロを見る目だった。
「ごめんなさい」
「ふん」
店内の喧騒が一瞬大きくなった。どうやら誰かがドアを開けたらしい。
「やーやーお二人さん……あれ、邪魔だったかな」
「「何⁉」」
マッシュヘアにジャージ姿、腹をさすって須々木が歩いてくる。
「いやー気の良い奴らだな。部外者の俺でも一瞬で馴染めたぞ。今度ゲームする約束までしちゃった!」
「お前が特殊なんだよ、人たらしめ……、ん、もう帰るのか?」
「あぁ、お金はもう山川とかいう奴に払っておいた……。今日は嘘ついてサボっちまったから、明日は部活休めねぇんだ」
それじゃ、と軽い調子で須々木は去って行く。
柴田の瞳に遠ざかっていく友の背が映る。
そこで、信号までは距離があるというのに、須々木はふと立ち止まって振り返った。
「健星! ごめ———」
「明!」
彼の言葉を柴田が遮る。
「またな」
「! あぁ………………また電車で!」
信号を渡り、角を曲がって見えなくなるまで彼の姿を見送った。
「良いの? つもる話でもあるんじゃない? 終電まで時間はあるんだしファミレスにでも行けば良いのに」
「良いさ。第一、気まずい。これから先、電車で顔を合わせる時なんていくらでもあるだろ。その時話せば良いさ……。昔話でもしながらな」
「男子って不器用だね~」
「お前が言うか……」
尻に響くローキックのツッコミを無視して、耳を赤くしながら柴田が、
「それに……今日は済ませたいこともあるしな。三橋、この後時間あるか?」
言われた流華の肩がビクッと跳ねる。
「え、急に何? も、もしかして私誘われてる?」
「まぁな。俺は約束を守る男だ。お詫びと礼を兼ねて、アイスでもパフェでも奢ってやるよ」
一瞬、ため息をついた後、ギャルが背中をバンバン叩く。
「しょーがないなー! 付き合ってあげますかっ! やふー! 口の中サッパリしたかったんだー!」
駆け出した流華は一足先に店に入っていく。閉まりかけたドアの隙間で彼女が何かを言った。
「焼肉臭いままじゃ、ご褒美にならないもんね……」
聞き取れたのか否か。
柴田は少し遅れて店に戻った。
そして戻った瞬間、嫌な予感が噴き出した。
「おいシバケン! 学祭のクラス発表なんやけど! バック宙とかできる⁉ ダンス部の佐々木ちゃんが振付けを考えてくれるらしいんだけどっ!」
「ダンスだけより、動画とアクションと音楽を融合させたエンターテインメントをだな! そうだ、シバケン! 楽器できるんだって⁉」
「いや最大限活かすなら身体能力でしょ! ダンクコンテストとかどう⁉ トランポリンを使えば異次元のパフォーマンスが可能だと思うんだけど! 柴田くんなら絶対できるよー!」
「うわ出たよ! 秋穂の脳筋プラン! 流石のシバケンでもそれは無茶」
「ねぇねぇ、できるよね、柴田くん?」
できるか?
そんなもの決まっている。
できようが、できまいが、最終的にはどうにかする。
これまでも、これからもそうだ。
それが彼、柴田健星。
学校祭までは3か月ほどもある。
気の早い友人らを宥めるように柴田は言う。
「おう! 全部俺に任せろ!」




