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第六十七話

 木場がいた。

 案の定と言うべきだろうか。

 徐々に人が増え始めた競技場のトラックのど真ん中で柴田は嘆息した。

 柴田以上の高身長にツイストパーマを小さいアフロの様にセットした筋骨隆々の男。一体どこから引っ張り出してきたのか、陸上競技で用いる短い丈のランニングパンツにタンクトップ姿だった。

「まさか私物か? ったく、バレーもそうだったけど、本気過ぎかよ」

 柴田が忌々しげに言うと隣に立つ赤井はそれ以上に苦い顔をする。

「厳しいね……」

「あぁ、でも今更何ができるわけでもねぇ。練習通りやるだけだ」

 何となく、こうなる気はしていた。

 目立ちたがり屋の木場がバレーの活躍だけで満足するとは到底思えなかったし、何より、木場は柴田がリレーに出場することを知っていただろうから、『品定め』とやらにとって、これはうってつけの展開だろう。

「それなんだけどさ……」

「?」

 赤井は言いづらそうに語尾をすぼめ、チラリと後ろを振り返る。柴田もその視線と同じ方向を見ると、リレーに出場する1年生の4人がいた。皆、苦笑いのような曖昧な顔をしている。

 そして信じられない提案をされた。

「はぁ⁉ このタイミングで走順入れ替えだ⁉ 何言ってんだお前!」

 今にも胸倉を掴みそうな勢いで赤井に詰め寄る柴田。

「お、俺だって、普通に練習通り俺がアンカーで出るべきだとは思ってるよ! で、でも木場さんが……」

「会長が、俺をアンカーに指名したのか……?」

「そ、そうじゃないけど……うん、そういう事なんだと思う……」

 赤井曰く、つい先ほど更衣室で木場と遭遇した時、「残念だけどお前は失格だ。アンカーは他の奴にやらせろ。頼む」と言われたらしい。

 柴田はバレーの試合が終わったばかりだった為、先に他のメンバーと相談したのだったが、

 そこまで聞いた柴田が改めてリレーメンバーを見ると、男たちは示し合わせたように同時に視線を逸らした。

「誰もアンカーやりたくないって……」

「お、お前らなぁ……、リレーって別に一人に責任を押し付けるようなもんじゃねぇよ⁉ 全員でバトンを繋いで総合力を競うもんだ! 例えアンカーになって、木場にボロ負けしたって誰も責めやしねぇって! 少なくとも俺は責めない! だからどうだ? 帰宅部の俺なんかより、普段から鍛えてる運動部のお前らの誰かの方がまだ勝算あんだろ!」

 言っても男たちの反応は変わらない。「柴田が引き受けてくれないかなぁ」という淡い期待が顔に滲みでていた。

「ぐ……、そもそも! 奴の言う事を聞く必要はねぇ! 赤井、お前やれよ」

「柴田くん、こういう状況じゃなかったら、俺が君にお願いすることは無かったよ。俺だってアンカーを任されたことに少なからずプライドを持っているしね。でも……俺は柴田くんこそ、アンカーにふさわしいと思うんだ。まるでそうした方が自然、いや、そうなるべきだと思う位」

 いつもの涼しげな表情ではない。赤井の目には明らかに意思が感じられた。

「どういう意味……………………あ……」

 サァー、と設置された大きなスピーカーからノイズ音が発せられた。

 

「まもなく、学年別対抗リレーが始まります。観戦希望のお客様は野球グラウンド横のトラックフィールドにお集まりください。尚、本競技が体育祭の最終競技となるため、全校生徒は荷物を持って集合してください。…………ごほん、本校生徒会長、木場からのメッセージです」


 もはや聞きなれた進行役の女子のアナウンスが終わった数秒後、全く別の声が競技場に響く。


『現在、私が所属する3年C組が獅子奮迅の働きによってクラス順位1位をキープしている。が、そこに僅差で迫るは1年A組! 知っている人も多いだろうが、男子バレー決勝で俺を追い詰めた男、柴田健星も俺と同様にリレーに出場する! 3年生対1年生! 勝った方が総合優勝だ! Don’t miss out!』


 にわかに騒ぎ立つ会場をしり目に柴田が呟いた。

「そういうことかよ……」

「いやーそうなんだよ。多分、木場さんはアンカーになるだろし、俺たちの誰かがアンカーになるより、直接対決って構図にした方が面白いかなって」

 他のメンバーも同様のことを考えていたらしい。複雑に見えた表情がいくらか朗らかに見える。何かワクワクするような、そんな期待感を顔に表している。

 こうなっては何を抗議したところで無駄だ。

(俺を逃がさない為にわざわざ録音メッセージまで用意したのか……。勝った学年が総合優勝。そんな単純な構図が存在するってことを伝えるのは、やっぱり体育祭を盛り上げる為か…………)

 木場がこちらに向けて親指を突き立てるジェスチャーをしているのが見える。

「…………ったく……」

 後頭部を掻く柴田に赤井が尋ねる。

「やってくれる、柴田くん?」


「あぁ、任せろ」




 木場のボイスメッセージが流され、最終競技への期待が高まる観客席。

 試合を終えた流華をはじめとした1年A組の生徒が集結し始めている。

「いや~本当おつかれウッチー! 練習した甲斐があったね!」

「はい! お疲れ様です。三橋さんのカバーがあったおかげですよ」

「またまたぁ~、得点はほとんどウッチーが決めてたじゃん! 私はただラリーを続けただけ、謙遜しない~」

「しっかし、内田。お前、ラケット無くなってたなんてな~、備品のしょぼいラケットで良く優勝できたよな~」

「俺たちのバレーも激戦だったけど、まさか自分たちの知らないところでそんな戦いがあったなんてね。内田、お疲れさま! おかげで総合優勝の可能性が首の皮一枚でつながったよ」

「いえいえ、自分はそんな……。個人もダブルスも優勝できましたし、ラケットも戻って来ましたから……柴田くんを思えば自分の苦労なんて些細なものです」

「紗季、ごめん、始まるまでには戻るから、ちょっと行ってくる」

「え、待ってよ流華~、私も行こうか⁉ つーかどこに?」

「んー、ちょっとね……野暮用? んじゃ!」

「お、シバケンに会いに行ったんかな」

「そろそろ競技開始だし、シバケンはもうフィールドに出ちゃってるからそれは無いでしょ」

「えぇっ⁉ 柴田くんと流華ちゃんって、やっぱりそういう関係なの⁉」

「秋穂は鈍すぎる」

「え~! ミッコまで⁉ もう皆知ってるぐらいの感じなの~⁉」

「まぁ、流華ちゃんって誰とでも仲良くなれる陽キャだけど、シバケンといる時、ちょっと遠慮してる感じあったしなあ~、何となく分かるだろ? それに一緒に札幌で遊んでたって話もあるし! 許せん!」

「ちょっと、ちょっと。シバケンは否定してるし、勝手に決めつけるのはヤバいよ。そ、そうだ、紗季ちゃんは三橋さんから何か聞いたりしてない?」

「ん~私も何も聞いてないし、正直よー分からん。ただの同級生で友達って感じもするし付き合ってるって言われたら、やっぱりってなる気もするし。つーか流華が教えてないなら私がベラベラ喋るわけないから!」

「柴田くんって彼女いるの⁉ その話詳しく聞かせて!」

「川合やん。なんだお前、わざわざA組のところまで来て。また新しい男探してんの? 絡みねぇのにシバケンと写真撮ったって聞いたぞ」

「も~ひどい~、ただ聞いてみただけなのに~。ね、秋穂?」

「う、うん……」

「あれ、並び順がおかしい。シバケンが最後だ」

「どうしたの、ミッコ?」

「シバケンが何故かアンカーの位置にいる」

「お~やるなぁ」

「あっはっは、流石シバケンだよ!」

「急遽変更? 会長に再挑戦するつもりでしょうか」

「へ~、頑張れー」

「やったぁ! 柴田くんが一番目立つじゃん!」

「漫画みたいな展開、ふふ、流石シバケン、面白い」

「柴田くん、頑張れー!」


 1年生のほとんどが赤井がアンカーを務めるものだと思っていた。急な変更にざわつく1年生席。しかし、少なくとも、1年A組の中に不満を口にする者はいない。

 優勝を目前にし、最後の勝負を柴田に託すという状況を当たり前に受け入れていた。

 客席の最後方、通路脇。アナウンスが聞こえ、耳に当てたスマホを離すと、流華が微笑む。


「私も……皆も応援してるよ……できるよね、シバケン?」


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