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第六十六話

 スポーツセンター・トラックフィールド。一帯の地区で数少ない陸上競技場であり、かつての柴田も一度だけ訪れたことがある。スポーツセンターは二つの体育館と野球グラウンドを併せ持ち、ここに陸上競技場もあるのだから相当な広さである。第一体育館から道路を渡り、数分ほど歩いていると、北海道の広大な土地を存分に利用しているということを実感させられる。

 ようやく到着すると山川と長谷川は柴田をリレー選手団の中へ放り込み、観客席の最前列に座った。

 選手達のアップ風景を眺めて、

「シバケンって速いん?」

「さぁ? 陸上辞めてしばらく経ってるらしいけど、ここ一か月はずっと練習してたみたいだから、そこそこ速いんじゃないかな」

 時刻は午後3時30分。初夏と言うにはかなり気温が高いが、時折吹く風は湿度が低く、心地よい。熱戦を繰り広げたばかりの彼らには良い休息となっている。

 プログラム上では現在、卓球ダブルスの決勝と女子バスケの決勝が行われている頃だ。外の競技場観客席にいる人影はまばらで、山川はベンチに寝そべる。内田と流華がプレーしている最中だと知ってはいたが、今来た道を数分かけて引き返す労力を考えると、このままリレーの時間まで待っていた方が良いという結論に達したのだ。

「アンカーって誰なん?」

「赤井じゃない? 元陸上部だしサッカー部でもかなり足速いらしいよ」

「けっ、器用でイケメンで彼女持ちとか好かんな!」

「そう言うなって。赤井だって中学時代は加納に付きまとわれて迷惑してたみたいだよ? 高校進学を機に離れられて青春を満喫してるんだ、きっと」

「そうかぁ? 昔から結構、女の噂あったろ。いじめられっ子ってイメージねぇな。誰にでも良い顔して無難に人付き合いする、要領の良いタイプだろ」

「まぁ八方美人ではあったかもね」

「ハッポー? なんだそれ……。あ、女と言えば、お前、紗季ちゃんとどうなった? もう告った?」

「……」

「あれ、もしかしてフラれた?」

「違う! まだ何もアクションしてないんだよ! 二人きりになるタイミングが全然ないんだ!」

「はっはっは! お前それ、完全にタイミング逃してるやん! バレーの後が最大のチャンスだったのによぉ、この後、見せ場があんのは今試合中の奴とリレーに出る奴らしかねぇんだぞ。もうお前が主人公になることはないな!」

「別に最大瞬間風速のタイミングで告白しなきゃいけない、なんてルールはないだろ! 放課後だって良いわけだし」

「どうかな、一番輝いている時に告白した方が成功率は高いはずだし……そもそもイケそうなん?」

「………………ワンチャン……?」

「うはっ、ダメそー!」

 二人がもみ合っていると、後方から声があった。

「あの、すみません……」

「いって! 離せやこら! ……んぁあ? えっと、はい。何すか?」

 長谷川を引きはがしつつ山川が振り返った。

 黒髪のマッシュヘアにジャージ姿の少年が少し緊張した様子で立っていた。

 黒地に紫のライン、胸元には金色の刺繍が入ったジャージだ。ありふれたデザインで山川と長谷川ら野球部が着用する部活ジャージと似ており、メーカーも同一。だが細部を見ると微妙に違っており、他校の学生だと予想できた。

「もしかして、1年A組の人ですか?」

「そうっすけど……」

「これ、流華が来たら渡してくれませんか。頼まれた物だって言えば分かると思います」

「るか……って、三橋さん? 背の高い派手な感じの女子の?」

「あ、はい。そうです、その流華です」

 マッシュの少年が何かを差し出し、長谷川がそれを受け取る。

「卓球ラケット? なんか埃だらけ」

 少年は口角を上げ微笑んでいるが、どこか複雑そうな顔で言う。

「それと……流華には、帰ったって言っておいてください。……それじゃ」

 少年がくるりと背を向けて歩き出ししたのを見て、山川が何気なく引き留める。

「あんた、流華ちゃんの友達っすか?」

「まぁ、そうですけど……」

「あ、もしかして地元中学が一緒だったりする?」

「はい、流華は結構遠いところから通ってたんで、地元が一緒ってわけでもないですけど、中学は一緒でした」

「ならちょうど良いや! 多分、顔見知りがいんぞ。 おーい! シーバーケーン‼ お友達が来てるでぇー!」

「!」

 山川がフィールドに向けて大きく手を振った。

 遠くで柔軟をしていた柴田がそれに気づくと、気だるそうに小走りでやってくる。

 準備運動の最中だったこともあり、感覚を確認するように徐々に加速し、あっという間に客席の前までやってきた。

「なんだ? 俺、クラス以外に友達なんて全くいねぇけど」

「おん、流華ちゃんと同じ中学で友達らしいんだけど、シバケンの知り合いかなって………………、あれ、どこ行った?」

 山川と長谷川が振り返った時、マッシュの少年の姿が無かった。

「何なんだよ、こっちはアップ中だぞ、用がねぇのに呼ぶなよな」

「いや本当なんだって! 今そこにいたんだって! なぁ⁉」

「う、うん。えっと、これを流華ちゃんに渡してほしいって言ってたよ」

「あ…………ラケット……それ! 内田のか⁉」

 客席に身を乗り出して確認する柴田。ラケットの柄まで隅々を見る。

「名前が彫られてるってわけでもないか……これがそうなのか……どこにあったって言ってた?」

「さぁ? とにかく流華ちゃんに渡してくれって言っただけだから……。あと、自分は帰るってことも伝えてくれって言ってたよ……それで、そのラケット、内田のなの? どういうこと?」

「そうか……、あぁ、どうやら盗まれたみたいでな、俺が探しに行こうかと思ってたんだけど、三橋に断られちまって」

 柴田は二人の奥の通路を見る。人影は無く、どうやら本当に立ち去ってしまったらしい。

(いったい誰だ? 三橋の友達? 田舎からわざわざ体育祭を見学に来たのか……)

 柴田はその場で柔軟を再開しつつ聞く。

「それで、その届けに来た友達ってのはどんな奴だ?」

「うちの学校とは違うジャージの黒髪マッシュの男子だったよ」

「胸元に名前の刺繍も入ってたんだけど、ぐちゃぐちゃの筆記体だったから読めんかったわ~」

「多分、他校の運動部だと思うけど」

「……分からんな……」

 つま先を地面に立ててグリグリ回していると、手すりに肘をついた山川が、

「流華ちゃんの彼氏だったりして―!」

「……」

「おい、止めとけって」

「分からんぜ? 流華ちゃんモテるだろうし、一人や二人、そういう奴がいても不思議じゃないっつーか!」

「それはないだろ」

 ピシャリ、と柴田が遮る。横目で睨まれた山川が気まずそうに唇を尖らせる。

「な、何でそう言い切れるんだよ~、はっ! まさかシバケンお前! やっぱり俺たちに黙ってこっそり⁉ テメェ、長谷川なんてフラれる未来が確定してんだぞ! 少しはジシュクせんかぁっ!」

「縁起でもないこと言うな!」

「別にそんなんじゃねぇよ。そいつ、三橋や俺と同じ中学だって言ったんだろ? あのギャルが、あんな狭い中学の元同級生なんぞを今更相手にするとは思えない。それに、アイツのタイプを前に聞いたことがあるんだ」

「へぇー、それは?」

「自分よりもずっと背が高い男」

「「……へえ……」」

「え、何その反応……」

 長谷川がパッと表情を明るく切り替える。

「まぁ、確かに。それが絶対的な条件ならあのマッシュ男は微妙かな。三橋さんと大体同じくらいだった気がするし」

「だろ? 中学では俺が一番高身長だったから可能性は低いと思ったわけ」

「男の人権って170センチって聞いたことあるけど、流華ちゃんにとっては180センチが最低ラインなのかね~、長谷川、お前は不合格やな」

「は? お前も180無いだろ」

「ぷっぷー残念でしたぁ~、170も無い奴に何言われても悔しくありまっせぇ~ん!」

「殺す!」

 二人はまたしても取っ組み合い始めた。

「なぁ、俺もう戻って良いか?」


 誰であれ、何であれ、内田のラケットが発見されて一安心。

 ジョギングで軽く流しつつ柴田は考える。

(本当に見つけちまうとはなぁ……加納が素知らぬ顔で隠し持ってたり、壊されたりしているもんだと思ってたんだが……、しっかし三橋もやるな、そんな便利な駒を持っているなんて……もしかしてそいつの弱みでも握ってたり?)

 いよいよ近づく最終決戦を前に、意外にも柴田に緊張は無かった。

 バレーで吹っ切れたのか、それとも自分でも気づかない内に自暴自棄になっているのか。ともかく、プレッシャーに押しつぶされるような感覚は無い。

 ふと、レーンの端に目をやると、日陰になっているあたりに鳩の群れが集まっているのが見えた。

 泣いても笑ってもこれで最後。

 ここまでつながったバトンを落とすわけにはいかない。

 柴田はギアを入れるように加速する。


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