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第六十五話

「何で……」

 男子バレー決勝と時を同じくして、個人・男子卓球の決勝が行われた。バレーやバスケなどが行われる第1体育館ほどではないものの、決勝とあって客入りはそこそこ。客席の7割ほどが埋まっていた。

 生徒と一般観客の席は分けられ、出場選手の荷物は生徒用のベンチにまとめられていたのだが、問題はそこで起こった。荷物番としてベンチに常駐する体育祭実行委員の係が仕事の打ち合わせの為、一瞬、目を離したのだという。内田本人もトイレの為に離席しており、ほんの数分の間、荷物は無防備になっていたようで、どうやらそこで紛失したようだ。

 事の経緯を聞いた柴田は、

「内田、ごめん! 本っ当ごめん!」

 青い顔をしながら頭を下げた。

「ど、どうして、柴田くんが謝るんですか……? 頭を上げてください」と、逆に申し訳なさそうな表情を内田がしなければ、柴田はそのまま土下座する勢いだ。

「いや本当……俺のせいだ……」

「どういうことです……?」

 拳を握り締めて柴田が言う。

「いくら体育祭で勝ちたいからって言っても、対戦相手がわざわざ相手選手のラケットを盗むとは思えない……。分かるだろ? 加納だ」

「え……、で、でも、盗まれたって確証は……。誰かが借りていったのかもしれないですし」

「これから決勝だって選手のラケットをわざわざ? それこそあり得ないだろ。何より、借りたならすぐ返しに来るはずだ! 決勝が終わってもう何分経ってる⁉ 今、内田の手元にないのが何よりの証拠だろ! クッソ、アイツ……そこまで俺が気に入らないなら、直接俺に向かって来いよ! 何で関係のない内田の……っ」

 柴田の震える腕に血管が浮かび上がり、すぐさま踵を返してあの男を探しに行こうとした時、

「落ち着いて、シバケン」

 ポン、と肩に手が置かれる。流華だった。

「興奮しちゃダメ。また、鼻血吹き出すよ?」

「黙っていられるわけねぇだろ。俺が馬鹿な約束をしたせいで内田に迷惑がかかってんだ、これは俺の責任なんだよ!」

「だから、今すぐアイツを探し出すっていう訳? 分かってんの? 混合ダブルスが終わったらリレーがあるでしょ。もしシバケンが無茶して怪我でもしたら誰が走るの?」

「それでも他の奴に任せるなんてできない」

 振りほどくように、柴田は出て行こうとした。

「ねぇ、アイツをぶっ飛ばすのが目的だったっけ?」

「……」

 それでも流華の掴む力は緩まない。

「会長の時もそうだったけど、頭に血ぃ上り過ぎ。熱くなるのは良いけど、シバケンの目的ってそれじゃないっしょ……。昔から変わらないよね、そういうとこ」

「何の話だ」

「突っ走り過ぎるなってこと。ここでシバケンが問題起こしたらそれこそアイツの思惑通りって考えられない?」

「それは…………挑発されてるってことか……」

「そそ。もしかしたら、賭けとか約束とか全部うやむやにしてやろう、って魂胆かもよ?」

「っ……、それでもっ! 物が盗まれたかもしれないんだ。今すぐ探しに行かねぇと、ダブルスに間に合わなくなる……」

「だぁかぁらっ! 突っ走らないでって言ってるの! ほら見て」

 流華が内田を指差した。

 眉を八の字にして気まずそうな顔をした内田が手にしているのは赤い面の団扇状の、

「ラケット……? あるの……?」

「う、うん……、学校の備品を借りたんです…………すみません……」

「そ、そうか……でも、そんな大昔からあるようなラバーじゃ、ズルズルに滑って試合にならないだろ?」

「あ……その……か、勝ちました……」

「え?」

「勝ったの。ウッチーは普段シェークハンド型しか使わないんだけど、学校の備品はペンホルダー型しかなくて、ヤバいってなったんだけど、普通に勝ったよ。個人・男子卓球優勝。ウッチーおめー!」

「あ、はい……ありがとうございます……」

 気まずい沈黙が流れた。急激に柴田の顔が赤くなる。

「だから、ラケットが変わった位で試合の勝ち負けは変わんないの。このままダブルスの優勝も奪ってくるからそんなに焦らなくてもオーケーて事」

「先に言えよ! つーか知ってたんかい!」

「ダブルでも一緒だし、ここ一か月ずっと練習してたんだから連絡とり合うのは当たり前っしょ! だから、突っ走るなって言ったじゃん! 説明よりも先に飛び出そうとする方が悪い!」

「俺はてっきり、他クラスの奴にもラケット借りられなくて試合にも出れず、内田がひっそりと泣いてるもんだとばかり……俺の一瞬のシリアスを返せ!」

「はぁ⁉ ウッチーはそんなバカじゃないけど⁉ 確かに知らない他クラスの子にラケット借りるなんてことはできない陰キャかもしれないけど、運営に確認しに行くくらいの冷静さはあるわ!」

「二人とも、さりげなくひどいこと言ってるの気づいてる……?」

「「ごめん!」」


 それはそれとしても、やはり内田の卓球ラケットが盗まれたという疑いは変わらない。そして、その犯人はおそらく加納、もしくは加納に指示された者だろう。

 自分のせいで友達が被害に遭っているのだ。ここまでされて黙っている柴田ではない。

 ダブルスの試合には間に合わなくても、ラケットは必ず内田の元へ届けなくてはならない。それが自分の責任なのだ。

 決意は変わらず、柴田が再び出て行こうとした時、またも流華がそれを止めた。

「私に任せて」

「任せてったって……三橋も内田もこれから試合だろ?」

「シバケンだってリレーのウォーミングアップしなきゃならないでしょ? 大丈夫、使える駒があるから」

「駒ってお前……誰だか知らねぇけどそれこそダメだ。関係ない奴を巻き込むことはできない」

「大丈夫大丈夫、こういうことには積極的に動く奴だから。それに…………多分、本人も役に立ちたがってるはずだから……」

「は? それってどういう……」

「いいから! ほら行った行った!」

 柴田の質問を遮るように、流華が背中をグイグイ押す。

「おい、ちょ……! そんなんで『はい、分かりました』ってなるか! おいコラ!」

 全然納得できていないのだが、流華が、山川と長谷川に柴田の監視&護送を上目遣いでお願いしたところ、事態は一気に解決した。特に長谷川が頑張って働いた。




 ギャーギャー騒ぎながら会場を出ていく男子3人を見送った流華と内田。

「何かごめんね、ウッチー。決勝も頑張ろうね」

「いえ、あ、はい……正直、あのラケットは昔からずっと使っていた物なんですけど、特に思い入れが強いわけでもなくて、いくつかあるラケットの内の一本でしかないんです……。だから、別に盗まれたとしても柴田くんがあそこまで深刻になる必要は……」

「関係ないと思うな」

「?」

「あいつは、シバケンは、一度背負い込んだら途中で投げ出すことは絶対にしない奴なの。はっきり言えば、異常なほど自分の責任っていうものに執着してるんだと思う。自分に酔ってるナルシストって言えばいいかな。ははっ……。だから、盗まれた物がウッチーにとってどうでもいい物でも、シバケンにとってはどうでも良くない。『自分のせいでこうなった』って事自体が許せないんだと思う」

「なるほど……?」

「マジメな性格ってわけでもないのに、責任感だけは強い。損なへきしてるよね~」

「それは……つまり……柴田くんは、やっぱり、優しい、ってことだと思います」

「え~そうかな~? う~ん……、ま、そうとも言えるかもね~」

 笑いながら流華は少しだけ遠い目をした。

 そしてすぐにポケットからスマホを取り出し、誰かと通話し始める。


「コラ、すぐ出てよね! うん……そう……じゃあ第一体育館のゴミ箱とか……は⁉ 当たり前っしょ! 全部、全部だって! シバケン? あぁ……今、グラウンドに向かった~、つーかアンタまだ……はぁ~、もういい! 私、これから試合だから! うん、うん、んじゃ、後で……まったく……」


 自分がやろうとしていることは単なるおせっかいなのかもしれない。

 それでも、きっとやらないよりはマシなはずだ、と盲目的に言い聞かせる。そうでもしないとこんな事、とてもシラフではできそうにない。酒など飲んだことは無いが。

「あーもう! 男って女より女々しい! なんで私がこんな役を……っ!」

「ひ……っ」

 画面が割れるんじゃないか、という勢いで通話終了ボタンをタップ。

 隣でビクついた内田が反射的に謝ってしまい。それに気づいた流華は少しだけ反省した。

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